1 屈辱と決意の目覚め
わたくしはルージュ・コレルリ、9歳。
この公爵家に生まれた長女であり、最も麗しく、最も高貴で、最も愛されるべき存在ですわ。
周りの召使いたちはわたくしのことを、まるで陶器の人形のようだと褒め称え、夢中にならない者などいなくてよ。
…だというのに、わたくしにはとても邪魔な存在がおりますの、それも、最も身近に!!
この、横に立って私の手を握りつぶそうとしてくる男こそ、愚弟、スカーレット・コレルリ!
あろうことかこの最も高貴なわたくしと、全く同じ歳、全く同じ顔、全く同じ身長、そして、全く同じ性格をしてますの!!
わたくしはこの男の考えてることが手にとるように分かるわ。あまり帰ってこないお父さまとお母さまに、隙あらばわたくしよりも気に入られて、甘やかされて、甘い汁をすすって生きる気なのよ!!
そんなの絶対に許せませんわ。
両親の愛はわたくしだけのものですし、この世界の全てはわたくしのためにあるのですわ!
そう心で思ってスカーレットを睨みつけると、見るからに生意気そうな紅い瞳の少年が、フンッて鼻で笑ってきましたわ。
その1秒後にはビンタしてやりましたけれど。
ーーーーーー
十歳になったある日のこと。
わたくしとスカーレットは協会に来ていましたの。
この国では、十歳になった子どもはみな、協会にて洗礼を受けることになっていますのよ。そこで精霊と契約を結んで、魔法が使えるようになりますの。
馬車に乗ってスカーレットと横並びに座っていたところ、わたくし段々イライラしてきましたの。
それはスカーレットも同じなようで、車内はすっかり険悪なムードになっていますわ。
どうしてイライラするかって?
窓の外を眺めていたせいですわ。
平民も貴族も、みな両親に連れられてやってきてますの。
だというのに、この高貴な公爵家の馬車の中にはわたくしとスカーレットの二人だけ。
…お父さまもお母さまも、来てはくださらなかったわ。それもこれもきっと、スカーレットがわがままばっかり言うせいだわ。
はぁ、とため息をつくと、スカーレットがわたくしと反対側の窓を眺めながら、舌打ちをしたのが聴こえましたわ。
「下品な真似、やめてくださらない?」
「…なんのこと?言いがかりはよしてよ」
「あなたがそうやって、舌打ちしたりメイドにお茶をかけたり、廊下に泥水を撒き散らすから、お父さまもお母さまも帰ってきてくださらないのよ」
「僕のせいだって言いたいのか?そういう姉さまこそ、メイドの籠の中に大きな音のなる火薬仕掛けたり、気に入らない執事の服燃やしたりしたくせにっ!」
「まあっ!なんて口の聞き方をするのかしら!」
「たかだか数刻の差で、年上ぶらないでよね」
ヒートアップして思わず向き合って怒鳴り合っていたわたくしたちは、再びふんっと窓の外を見つめましたわ。
しかしイライラは収まらず、私たちは「退屈だ」「いつまで馬車で幼気な少女を待たせるのかしら」とわがままを言って、順番抜かしをするために馬車を停めさせたのでした。
馬車を降りると、そこには何組もの親子がいて…。わたくしとスカーレットはどちらからともなく手を取り合い、そっと握りあったのです。
そして不安な気持ちを少しでも無視するべく、わたくしたちは列の前の方へと歩き出しました。
「セバスチャン、もしかしてこれは公爵家たる僕たちに、平民の後ろに並べということかな?」
そしてまずはスカーレットが、周りに聞こえる声で執事のセバスチャンに尋ねましたの。
「スカーレット、そんな子どもみたいなこと言わないでくださる?そこらを歩く犬にだって、序列というものは身についているのよ?」
「それもそうだね、姉さま。平民に失礼だったよ。平民は犬より賢いから、僕達を後ろに並ばせるなんてしないよね」
わざとらしくニコニコと話していると、並んでいた平民が話しかけてきましたわ。
「あの、こ、こちら、どうぞ…」
しかし、わたくしたちはあまりにイライラしてましたの。だって、その平民、なんだか幸せそうな四人家族でしたもの。
「無礼ね!話しかけないでくださる!?」
「僕たちに話しかけるなんて、何様のつもりだ!?」
「も、申し訳ありません!!申し訳っ、ありませんっ…!」
必死で頭を下げる平民になおも苛立ちながらも、平民の前に並ぶわたくしたち。
貴族がちらほらわたくしたちの後ろに並んでいるのが見えましたが、どうせ名も知れぬ下位貴族ですわ。
順番はその後すぐに回ってきて、洗礼を受け、私たちは宣告されました。
「ルージュ・コレルリ。あなたは多くの神と渡りを得られました。属性は闇魔法と火魔法!」
「スカーレット・コレルリ。あなたも多くの神と渡りを得られました。属性は闇魔法と水魔法!」
ーーーーーー
わたくしたちは再び荒れましたわ。
もちろん平民の前で暴れるなんてはしたない真似はせず、馬車を停めた裏路地で荒れてましたの。
「なんでわたくしが闇魔法なの!?なんで炎魔法なの!?」
「なんで僕が闇魔法と水魔法で、姉さまが炎魔法なんだ!僕が炎が良かったのに!」
「わたくしだって水魔法がいいわよ!」
「闇魔法なんて馬鹿にされるじゃないか!」
「闇魔法なんて憧れられないじゃない!!」
そう言ってしばらく、やいのやいのと愚弟と言い争いをしていた時、一人の少女が現れましたの。
おそらくわたくしたちと同じ十歳。
…だけどその少女は、ひどく大人びて見えましたわ。
ぷっくすくすくす、と笑い声が聞こえて、思わず愚弟のほっぺたを引っ張る手を止めて振り向きましたの。
そうしたら、汚らしい平民の格好をした、ピンクブロンドの髪の子が笑ってそこにいましたわ。そして、私たちを見てにんまり笑って指さしてきましたの。
「なぁ〜んだっ!悪役令嬢と悪役令息って言うから子供の頃から極悪なんだろうなって見に来てみれば、ただのクソガキじゃない!
確かに見た目はゲームそのまんまだけど、こんなの私にかかればクソガキもクソガキよ!
そもそも10代が舞台の設定だもんねえ、こんなもんかぁ。
あ〜あ、早く攻略対象現れないかなぁ、こんなんヌルゲーじゃん。やっぱ私のための世界なんだこれって〜。学園あと何年後よ、やってらんないわ…」
そしてその少女は、固まるわたくしたちを置き去りしてさっさと去っていってしまったわ。
残されたわたくし達は、震える手を重ね合わせて、向き合いましたの。
…そう、屈辱で震える手を。
「い、今、なんていいましたの、あの女」
「ぼ、僕たちを、クソガキだって…?」
「闇魔法だから、クソガキなんですの?」
「それとも僕たちそのものが、クソガキ?」
「「…許せない」」
「世界はわたくしのためにありますの」
「世界は僕のために存在してるんだ」
「…スカーレット、わたくしあの女みたいに、わたくしを嘲る者がいることが許せませんわ」
「…姉さま、僕も許せないんだ。僕を侮る人物が。生き物が」
「あなたは私、世間の評価はあなたと私で表裏一体ね」
「姉さまは僕、地位も名誉も魂のレベルで分かち合ってきたんだ」
「「この屈辱、絶対に晴らしますわよ(晴らそうね)」」
そう言って倒錯の世界に入ってしまったようにも見える、美しき双子のわたくしたちの影で、セバスチャンは涙を流してわたくしたちの姉弟愛を喜んだそうですわ。
いつも喧嘩ばかりしていた2人が突然仲良くなって、心労はかりかけられていたお爺さんは涙腺がゆるくなったのかしらね。




