10-10 両親の回想
外が寒すぎるので僕は店の中に入った。家族にはLINEで、もうすでに店の中にいるということを伝えた。
「池下という名前で予約しているはずですが、入っていますか?」
僕は店員に聞いてみる。店員はタブレットを使って確認してくれた。
「3名でご予約の池下様ですね、こちらにお越しください」
そう言って店員は席に案内してくれた。質素だが綺麗なテーブル席だった。僕はそこに座り、両親が来るのを待つことにした。
店内ではどこかで聞いたことがあるようなジャズの明るい音楽が流れている。音楽については詳しくないが、サックスの音色が印象的だった。
「こちら、おしぼりとお冷になります」
店員は3人分持ってきてくれた。僕は店員が持ってきてくれたお冷を口にしながら、SNSを眺めていた。
5分後、両親が同時にやってきた。店員は両親を僕の席に案内してくれた。
「お疲れ」
親はそう言ってくれた。父親はさっきまでパートをしていたらしい。
「もう俺も55だからな、もしかしたら店長的な人だと思われてるかもしれん」
父親はそういった。元専業主夫というのもかなり珍しく感じる。母親がキャリアウーマンということで、父は母親を支えることを選んだらしい。父はそれが自分の役目だと思っているとのことだ。僕は子供の頃から父親を見て過ごしてきた。家事・育児は全て父親がやってくれていた。片方が仕事、もう片方が家庭を支えると聞くと現代の実態から離れているように感じる人も多いようだが、少なくとも自分にとってはそれが普通だった。
「母親の方が家事を支えている人が多いと思うけど、逆に凪は俺が家事を支えていることについて疑問を持ったことはないかい?」
父はそう聞いた。僕は一切疑問に思ったことがなかった。そのような疑問は女性が家を支えていることが多いということを知らないと出てこないものだろう。僕は、少なくとも小学生の頃は一切変だと思ったことはなかった。
「それはよかった」
父はそう言った。
「今思うと父親が働いている家庭の方が多いなって思うけどね、実際うちの家族について話すと驚かれることも多いけど、それでも変だと思ったことはないかな」
僕はそう伝える。良くも悪くも偏見がない自分に対して、父親は嬉しかったようだ。
「お前は俺の一人息子だからな、そうあってくれてよかったよ」
父はそう言った。彼の態度を見ていると、自分の人生があと1週間以内に終わると伝えると衝撃そうだ。
「本当はもう1人産もうとしてたけど、自分の身体的に無理だったんだよね。今でもたまに夢に見る」
母はそう言った。そのもう1人がおそらく千織ということのだろう。
「自分もたまに夢にみるかもしれない」
僕はそう伝えた。たまに妹がいるという設定の夢を見ることがあるのは事実だ。妹は凪ちゃんから聞いている実際の千織とは異なる。母は話した。
「凪とは全く違う感じの子で、病弱ってわけじゃないけど細身で落ち着いているタイプの女の子ってイメージがあるんだよね。私はもう産めないから、本当に完全な想像なんだろうけど」
自分が凪ちゃんから聞いた話と一致しているように感じる。母親に、それって千織って名前だったりしない?と聞いてみた。母親はピンとは来ていないようだった。
「前にも話したと思うけど、凪は元々女子として生まれてくるはずだったと聞いていて、その名前の候補に千織ってあったんだよね」
母はそう言った。夢の中で見るその子の名前はわからないようだった。
「凪は女子として生まれていても活発だったのかねぇ」
父親はそう言った。今としては確かめようもない事実だ。自分は運動経験もそこまでないので、自分自身が活発だという印象もないが、それでも女子だと思っていた両親にとっては活発に見えるようだった。




