023.音出し5分で本番ですか!?
チューニングのあと、ロングトーンの練習を終えた。
内田先生による合奏練習が始まる。
ギリギリまで音量やタイミング、伸ばした音の切り方について細かく指示が飛んできた。
船田先輩が「先生、時間が……」と切り出すと、内田先生は言った。
「全員、今言ったことは本番で全部やるように。今からトラックに楽器を運び込んで!」
「はい!」
部員たちは元気に返事をすると、自分の楽器をケースにしまい、打楽器や大型の楽器を運び出して音楽室を後にした。
こういう時、男子部員はフル活用される。
筋力の違いがあるから仕方ないと分かってはいるけれど、やっぱり大変だ。
白川先輩と田中先輩のコンビが手順を確認しながら、手の空いている部員を見つけて指示を出していく。
「チューバとユーフォの順で奥の方に詰め込んで!」
「シロフォンはバラして包む! 力入れて縛ったら毛布でくるんで、男子に渡して!」
次々と部員たちが動いていく。
夏のコンクールの練習や本番でも運んだはずなのに、まだ要領を得ていない感じがする。
楽器を積み終わる頃には、みんな息が上がっていた。
会場は電車やバスを使うほどではないが、微妙に遠い。
そして外はまだ暑い。この暑さの中、会場まで約20分歩くのだ。
朝早くからの練習、楽器の積み込み、そして徒歩移動……どんだけハードなんだろう。
これだけでかなりの運動量だ。
女子の中には、あきらかに疲労が出ている人もいた。
本番前に大丈夫なのだろうか。
俺だってかなり疲れている。
すると、山田先輩と船田先輩が声を上げた。
「今から経口補水液と塩分タブレットを配るから!
ちゃんと飲んで食べてね。
足りなくなったら言って。
今日暑いから熱中症に気をつけて!」
先輩たちが部員へ配り始める。
岩尾先輩や絵馬先輩たち2年生も寄っていき、自分たちの分を持ってきてくれた。
「たくみん、これね。ちゃんと飲んでね」
そう言って、ポカリスエット2本とクエン酸入りの塩分タブレット5個を渡してくれた。
「ありがとうございます」と受け取り、タブレットをポケットに突っ込んでポカリを1本飲み干す。
空になったペットボトルをつぶしてキャップをし、バッグに適当に詰め込んだ。
タブレットを1つ口に入れて歩き始める。
汗も出ているし結構な運動量だったはずだが、ポカリとタブレットのおかげだろうか。
なんとなく気分が落ち着いてきた。
自覚していた以上に疲れていたみたいだ。
しばらく歩くと、広場が見えてきた。
受付を済ませると、法被を着た大人の男性が内田先生に駆け寄ってきた。
「内田先生、どうも! 暑い中ありがとうございます! 本日はよろしくお願いいたします!」
そう言って深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
挨拶を交わすと、先生は部員に向き直った。
「こちらが今日ご依頼いただいた商工会議所の井出さんです。挨拶!」
山田先輩が「よろしくお願いします!」と声を張ると、続いて部員たちも声をそろえた。
「よろしくお願いいたします!」
井出さんは笑顔で説明してくれた。
「トラックはあちらに到着していまして、裏手にテントがあります。
そこが鶴花中吹奏楽部の控えスペースです。
前のステージが終わったあと20分ほど時間がありますので、
そこで音出しや準備を進めていただいて、アナウンスがあったら舞台進行をお願いいたします」
……そうだ、ここからまた楽器を下ろさなきゃいけないんだ。
部員たちはトラックまで走り、再び楽器を運び出す。
そして舞台裏のテントへ搬入した。
組み立てなどは他の部員に任せ、特に男子はひたすら運ぶことに特化して動き回る。
もう全員汗だくだ。
急いでテントに運び込み、自分たちの楽器と譜面台、楽譜、チューナーを用意して音出し……の前に、隅っこに行って丸まり、顔だけ「アイーン」の柔軟体操をする。
朝のインパクトがすごかったから、やらずにはいられない。
いざ音出しをしてみると、朝よりずっとスムーズだった。
歩いて、楽器を運んで……いろいろ動いたことで体も目覚めたのかもしれない。
ひたすらB♭のロングトーンを吹く。
楽譜をさらいたい気持ちもあるけれど、まずは基本だ。
そこへ内田先生がやってきた。
「全員集合」
その合図で全員が一瞬で集まる。
「あと10分後にステージセッティング。
10分で完了できるようにしておくこと。
演奏はもちろん、司会やダンスの確認もしておくように。
今からは音出しはしない。
舞台に上がってから船田の音で合わせるように。」
「はい!」と答える部員たち。
……うそでしょ。
音出しこれだけで本番!?
せめてリハーサルくらいさせてもらえないのだろうか。
今ステージでは、鶴花ふれあい館で習い事をしている小学生たちのフラダンス発表が行われている。
ゆったりとしたハワイアンミュージックが流れ、客席からは保護者の方々の温かい声援が聞こえていた。
音楽が止まり、拍手のあと子どもたちが舞台裏へ戻ってきた。
カラフルでひらひらした衣装を着た女の子たちが
「緊張したー!」
「楽しかったー!」
「パパとママ来てた!」
と元気に走り去っていく。
アナウンスが入った。
『鶴花中学校吹奏楽部の皆さん、ご準備をお願いいたします』
「はい!」と返事をして、一斉に動き出す。
楽器運びもセッティングも何度もやってきたはずなのに、外のステージとなると勝手が違って要領がつかめない。
音楽室と廊下2つ分ほどの広さだろうか。
ダンスの動線を考慮しながら配置を考えていく。
プロのいない中でのセッティングは、結局15分もかかってしまった。
ふと客席を見ると、「何が始まるんだろう?」という好奇の目でこちらを見つめるたくさんのお客さんの姿があった。
「鈴木! ティンパニもう少し舞台中央に動かして!」
白川先輩の声に「はい!」と返事をしてティンパニを動かす。
椅子と譜面台のセッティングを終え、舞台裏へ自分の楽器と譜面台を取りに戻った。
するとそこには、キラキラの着物を羽織った岩尾先輩がいた。
「マツケンになってんのよ」
岩尾先輩は楽しそうに帯を締めている。
「えっと……1曲目はハッピージャムジャムでしたよね。その格好で出るんですか?」
尋ねると、岩尾先輩はニッと笑った。
「俺、ハッピージャムジャムは出ないんだ。
他のメンバーに頑張ってもらう。
途中で着替えのために舞台袖に引っ込むと、お客さんを待たせちゃうだろ?
そうなると客席が冷めちゃうんだよな。
俺らの役目はヒーローショーの前座だからさ。
通りがかりの人を集めて、期待感をあおる。
『何か楽しいことが始まるぞ、ワクワク♪』
って思わせるのが仕事だから」
俺は自分の演奏のことで精一杯で、そんなイベント全体のお客さんの気持ちまで考えが及んでいなかった。
「それにさ、鈴木たち1年男子も学芸発表会の吹部演奏の時にダンスやるだろ?
1年生だけに押し付けるのも違うじゃん。
俺も部長になったんだし、いろいろ先頭切って行動しようと思ってさ。」
俺は無茶振りされて逆らえないというか、奢りにつられて踊るハメになり、いろんな出来事に巻き込まれて若干疲れていた。
岩尾先輩はそれを見抜いて、何か思うところがあったのだろうか。
「ほら、もう時間だぞ。鈴木、行け」
「あ、はい!」
舞台袖に向かって歩き出す。
ふと振り返ると、岩尾先輩はちょんまげのカツラをかぶるのに必死になっていた。




