024.ヒーローショーの前座のヒーロー
部員たちはそれぞれの席に座り、譜面台に譜面を置いた。
船田先輩が立ち上がり、部員を見渡す。
全員と目を合わせ確認できたところで、クラリネットでチューニングのB♭(ベー)の音を出した。
それに合わせてチューバから順番に、低い音から高い音域へと音が重なっていく。
一通り全員が出し切ると、音は自然に消えていった。
ステージの前には、「なんだなんだ?」というように人が集まり始めている。
山田先輩と船田先輩が前に立ち、マイクを持って話し始めた。
司会原稿やカンペは持っていない。
それどころか、身振り手振りなどの動きまで付いている。
「みなさん、こんにちはー! 鶴花中学校吹奏楽部です!」
ニコニコと笑顔で手を振っている。
まるでアイドルのようだ。
「今日はここ、鶴花都立公園に、元気いっぱいの音楽を届けにやってきました!
おいしい食べ物の香りに負けないくらい、おいしいメロディをたっぷり演奏します!
それでは最初の曲、『ハッピー・ジャムジャム』です。
小さなお友達も、お父さんお母さんも、みんなで一緒に踊っちゃおう!
指揮は顧問の内田亜沙子先生です」
そう言ってお辞儀をした司会の二人と交差するように、内田先生が指揮台の前へと進み出た。
客席に向かって一礼し、指揮台へ上がる。
先生の構えた指揮棒の動きに合わせて、自分たちも一斉に楽器を構えた。
先生の指揮棒が振り上がると同時に、前奏に合わせて先輩二人が叫ぶ。
「ハッピー! ジャムジャム、UH~レッツダンス!」
完璧なアニメボイスだ。
司会の二人のダンスは、先日見せてもらったときよりさらに磨きがかかっていた。
(……これ、客席からちゃんと見たいなあ)
なんて一瞬考えてしまった。
自分の音と先生の指揮に集中していたつもりだったけれど、前の方にいた子供が満面の笑顔で、
「あ、しまじろうの歌だ!」
「僕、踊る!」
「私も!」
と歌ったり踊ったりし始めた。
もちろん、ポカーンと口を開けて見ている子もたくさんいる。
曲が進むにつれて親子連れが集まってきたり、遠くの方から子供がだーっと走ってきて、親があわてて追いかけてくる様子も見えた。
短けれど、テンポが速く意外と難しい曲。
『ハッピー・ジャムジャム』が終わると、内田先生は指揮台から降り、一旦舞台袖へと移動した。
船田先輩がマイクを持って、
「楽しかったお友達、手あげてー!」
と言うと、園児くらいの子供たちが満面の笑顔で「はーい!」と手を挙げていた。
こういう演奏イベントって、お客さんの反応がダイレクトに見えてすごく嬉しいものだなと思う。
目の前で自分の演奏を聞いて喜んでくれるのが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
「ありがとうございます!
さて、続いては『マツケンサンバⅡ』です。
この会場を一気に『お祭り』に変えちゃいます!
豪華な衣装は見えないかもしれないけれど、私たちの音と『マツケンスマイル』で、みなさんの心をキラキラに輝かせます!
大きいお友達も準備はいいですかー?!」
子どもたちの元気な「はーい!」という声が響く。
その無邪気さに、演奏の緊張が少しほぐれて癒される。
船田先輩がマイクのスイッチを切り、自分の席に座ると、舞台袖から内田先生が出てきた。
指揮台まで歩いてきて客席に向かって礼をすると、温かい拍手が湧き起こる。
先生が振り向いて指揮台に上がり、指揮棒を上げた。
自分もホルンをしっかり構える。
指揮の合図一発で、マツケンサンバの冒頭の音をドカンとぶつけた。
客席がざわつき始める。
先生とは反対側の舞台袖から、マツケンに扮した岩尾先輩が出てきたのだ。
音楽に合わせてキレッキレのマツケンダンスを披露している。
これには子供たちより、大人たち、特におじいちゃんおばあちゃん世代のウケが良いようだった。
中には声を上げて笑っている人もいる。
演奏自体は難しくて結構キツいのだが、岩尾先輩のハジけぶりのおかげで会場は大盛り上がりだ。
曲が終わり、内田先生が指揮台を降りて礼をすると、さっきよりさらに大きな拍手が送られた。
船田先輩が椅子の下からマイクを取り出し、スイッチを入れて話し始める。
「みなさん、楽しんでいただけましたでしょうか?」
問いかけに、また大きな拍手が応える。
「ありがとうございます。それでは次で最後の曲です。
優しいヒーロー、アンパンマンのマーチです。お聞きください!」
船田先輩はマイクを切り、席に着く。
ふと横を見ると、岩尾先輩はマツケンの扮装のままサックスの席に座っていた。
そのシュールな絵面に吹き出しそうになる。
舞台袖から内田先生が出てきて、客席に一礼。
指揮棒に合わせて楽器を構える。
音がいっせいに鳴り響いた。
『アンパンマンのマーチ』
指揮から目を離さず、楽譜も追いながら必死で演奏する。
子供たちが一緒に歌ったり、はしゃいでジャンプしたり、「アンパンマンくるの?」とワクワク話していたりする。そしてふと目に入った大人の中には、涙ぐんでいる人もいた。
きっとこの曲、大人のほうに響くんだな……歌詞の意味とか考えると
演奏が終わり、先生が礼をすると、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
船田先輩が立ち上がり、マイクを握る。
「以上を持ちまして、鶴花中学校吹奏楽部の演奏を終わります。
お聞きいただきありがとうございました!
次は皆さんお待ちかねのヒーローショーです!
楽しみに待っててね!」
再び大きな拍手が送られた。
後ろの方から、山田先輩の「急いで片付けて!」という指示が飛ぶ。
部員たちが「はい!」と返事をして、急いで撤収にかかった。
その時、客席の方から「アンコール! アンコール!」という声が聞こえてきた。
その声はどんどん大きくなり、手拍子まで広がり始める。
えっ、どうしよう……アンコール用意してない……!
部員同士が戸惑いながら片付けを続けていると、会場のアナウンスが流れた。
『次はヒーローショーとなります。約10分の休憩をいただきます』
ホッと胸を撫で下ろす。
良かった……。
そういえば、そもそものご依頼は「前座」だった。
前座としての役割は、十分に果たせたと思う。
急いで楽器をケースにしまい、打楽器や大型楽器のトラック積み込み作業へと向かう。
その移動中——
「あー! さっきのアンパンマンのお兄ちゃんたちだ!」
「しまじろうだよ!」
子供たちが無邪気に寄ってきた。
(あ、危ない危ないっ!)
子供たち自身もそうだが、こちらは重くて硬い楽器を持っている。
ぶつかったら大ケガをしてしまう。
ここは今、撤収作業で一番殺気立っているエリアだ。
俺が焦って止めようとした瞬間、後ろから親御さんらしき人たちが全力で走ってきた。
あわてて子供を捕まえて抱きかかえ、
「すみません!」
と言って走り去っていく。
抱っこされた子供はこちらを向き、ニコニコ顔でバイバイと手を振っていた。
俺もほっこりした気持ちで手を振り返す。
「可愛い〜〜〜〜っ!」
近くにいた女子部員が悶絶していた。
トラックへの積み込みを終えて集合したところに、依頼主の井出さんがやってきた。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。
前座としてお願い致しましたが、期待以上に会場を盛り上げてくださり、心から感謝いたします。
こちらは『お車代』として内田先生にお渡ししますね。
それから皆様には昼食をご用意しております。
あちらの部屋をお使いいただけますので、ごゆっくりお休みください」
内田先生が深々と頭を下げる。
「お心遣い、本当にありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」
案内された会議室のような部屋に入り、外から見えないよう窓のカーテンを閉めて、みんなでお弁当を開いた。
用意されていたのは、想像以上に豪華な幕の内弁当だった。
うわあ……大変だったけど、すごく報われる感じがする……。
お弁当を食べながら、内田先生がぽつりと呟いた。
「今年は前座だったけど、会場の盛り上がりを見て、井出さんが『来年は“鶴花中学吹奏楽部ステージ”として枠を取ろうか考えてる』って言ってくださったのよね……そうなったら、ギャラ交渉とかできるのか?
いやいや、欲張るのも良くない!
演奏の機会をいただいた上に、お車代とお弁当、お茶までいただいているんだし……」
独り言のようでもあり、誰かに相談しているようでもある先生の言葉を聴きながら、俺は思った。
10万円という決して安くはないお金をいただいて、俺たち部員は今日、立派な『お仕事』をしたんだ——と。
★参考音源★
『ハッピー・ジャムジャム』
https://www.youtube.com/watch?v=85ernhXjbco
『マツケンサンバ』
https://www.youtube.com/watch?v=_AEo-PsrXyU&list=RD_AEo-PsrXyU&start_radio=1
『アンパンマンのマーチ』
https://www.youtube.com/watch?v=huPYyGpehfY&list=RDhuPYyGpehfY&start_radio=1




