妹の必要性と非実在性について
あ……更新忘れてた
妹について考えてみよう。
毎朝恒例の熟考の今朝のテーマが「妹」というわけだが、ここに来て妹の存在が発覚したとか、現実が辛過ぎてとうとう妄想に逃げ始めたとか、そういうのではないから安心してくれ。このテーマにしても、「妹」というより「年下の家族」という意味合いだ。始めはただ何となく、自分に兄弟がいたらどうなっていたのかな、と考えてみたのだ。僕は一人っ子であり、一人っ子の特性上、両親に甘やかされて育てられてきた。僕が変なことしても、父と母は大抵見逃してくれる(それはもしかしたら、見放されているのかもしれないけれど)。一人っ子が理由で不利な状況に合ったこともないし、一人っ子であることに寂しさを感じたことはない。ただ、自分の性格を見直してみたところ、幾つかの欠点が自覚できていて、その一つが優しさの欠如だった。優しい人間になりたいと思ったことはない。僕は正しくないし善人ではないだろう。でもそんな自分が嫌いではない。けれど僕は、冷たい人間にもなれないらしい。どこか他人を甘やかす部分があり、他人に甘えたがる部分がある。それは事実だ。優しいことは何のステータスにはならないが、僕の周りにいる人、例えば親友君やアキラ、クラスメイトと担任の先生、両親に部活のチームメイトは、僕が優しい方が助かるだろう。いや、「助かる」なんて傲慢なことを言ってはいけないな。せいぜい「困らない」程度だ。
こんな謙虚もどきの言い訳はともかく、僕もたまには「この相手には優しくしなきゃなあ」と気を遣うときがある。そんなときにふと自分の欠点である優しさの欠如を思い出すわけだ。しかし、いざ真面目に考えてみると、人に優しくするってどうやればいいのか、ちっとも分からないことに気付かされる。誰かが困っていることを助けてやるのは、確かにそうなんだろうけど、他人が困っている場面って現実にはあまりないものだ。では助けを求められて応えてやること? それって優しさというより断れないだけなのでは? 意志薄弱の体の良い言い訳みたいでずるい。
結局、僕にはよく分からない、という結論に至る。自然にできているものなんだろうけど、意識した途端、その優しさが不自然に思えてくるのだ。今まで何気なくやっていたことって優しさだったんだ。でも、そうだと分かっていて実行するのは違うんじゃないかな――みたいな。僕は「善行」に対して潔癖なきらいがあるようだ。
話がなかなか妹に繋がらないな。僕は、少しは優しくなろうかなと思ったけど、優しくなる仕方が分からなかった。そこで僕が閃いたのが、もし僕に兄弟姉妹がいたら、もっと善良な性格になっていたんじゃないのかなという仮定である。
兄姉がいたら僕を甘やかす存在を増やすだけだから、求めるのは弟妹。同性の兄弟は自分の幼い頃を思い出して苛立たしいから、ベストは年下の異性の家族。
妹だ。
僕に妹がいたら僕はもっと優しくなれていたに違いない、と。まるで、僕に優しさが足りない理由を、両親の家族計画の杜撰さに押し付けているような話だ。一人っ子でも充分心優しい人はいるっていうのに。例えば親友君とか。
親友君を例に出すのは卑怯だけど、それを言ったら僕をテーマの主軸にするのもだいぶ特殊例だし、どっこいどっこいだろう。
いやいや、寝起きの思いつきにいちいち噛み付いていても仕方あるまい。あくまでイフストーリー、妄想の一つだ。
やっと最初の一言を言えるな。
妹について考えてみよう。
僕に妹がいたら、きっと僕を反面教師に育って、両親や教師の言うことをよく聞く優等生に育ったことだろう。そして、僕の親友の、年上のお兄さんだけど実は年下の親友君に片思いしたりするわけだ。顔立ちはノーコメントにしたいけど、うっかり僕に似ちゃったのを気にしているとか在りそうだ。運動神経はきっと良いだろう。僕と掴み合いの喧嘩をするくらいおてんばのはずだ。僕が、大人しい女は飼い殺しにされる、と幼少時から教え込ませるからだ。女子の成長は早いというから、さっさと大人びた可愛くない女に育つと思われる。捻くれた兄貴の僕は、そんな良い子ちゃんの妹を他人の紹介する際、「可愛くも面白みもない、女の皮を被った男」と罵倒することだろう。
つーか、ここまで考えてみたけど、なんて最悪な兄だよ。僕だけど。
優しさの欠片も芽生えなかったな。一般的に言われる妹の良さというものがさっぱり共感できなかった。やはり妄想だとそこが限界なのかな。妹が欲しい奴はどんな妄想を抱くのだろうか。当然の話だけど、妹といっても他人なんだから、他人が一人増えたくらいで僕の性格が改善するはずもないよな。年下ってことは立場が下に思えるってことで、立場が下の相手には強気にも意地悪にもなるだろう。だけど弱いものいじめは趣味じゃない僕は、妹に強くなってもらうことを願って、妹を鍛えるだろう。安心していじめるために強く育てるって、これって優しさ? 歪んだ愛情表現? 歪みすぎだ。
もし僕に妹がいたら、僕はもうちょっと優しくなれただろうか、の仮定の結論。生まれつき性根が腐っているので、意味はありません。
思考が一段落したのでそろそろ起きようかと意識を揺り動かしたとき、
「おっきろー!」
大声とともに何かが僕の腹の上に飛び乗ってきた。僕は呼吸器官が麻痺して悶絶する。一瞬にしての覚醒は一瞬で殺意を膨らませる。
剣呑とした目つきで腹の上の存在を睨みつけた。
「おっきなさーい!」
黒い円盤が顔面を襲った。硬い衝撃が走り、目の前に火花が散った。頭がくらくらして意識が跳びかける。顔面に残った鋼鉄の感触をフライパンの底だと判断した。僕の腹の上に乗った奴が、フライパンを振りかざして襲撃してきたのだ。
そこまで思考が回って、僕はかっと目を見開いた。二打撃目が構えられていた。僕の上にいる奴は、僕と目が合ったにも関わらず、フライパンを下げようとしない。それどころかにやりと笑った気がした。僕はたちまち殺意を霧散させた。
「おっきなーい!」襲ってくるフライパン。
「起きた! 起きた起きた起きた! 起きたよ!」
僕は跳ね起きて、フライパンを振り下ろしてきた手首を掴んだ。
無言で睨み合ったのち、僕を襲ってきたそいつは、僕の上からどいた。
「なんだ、起きてんじゃん」襲撃者が笑いながら言う。
襲撃者は少女の姿をしていた。服装は黒のセーラー服で、僕の通っている中学校の女子制服だった。髪の毛でリボンを作るような髪形をしている。背は僕と同じくらいで、歳はよく分からない。同い年にも見えるし、年下や年上にも見える。
そして肝心なことなのだが、僕はその少女の顔をまったく知らなかった。
知らない少女が家にいて、僕を襲ってきた。どういう状況だ。
片手にフライパンを持って、母の代わりに僕を叩き起こした少女は言う。
「みんな待っているんだから、早く起きてよね、お兄ちゃん」
「……誰だよ、お前」
僕に妹はいない。血の繋がっていない、とか近所の幼馴染、とか、遠い親戚の子っていうような、広義的にお兄ちゃんと呼んでくる存在もいない。
「誰だよ、お前!」
もう一回同じことを言った。少女は含み笑いで言う。
「あれー? ワンのことを忘れたの? いつもはあんなに優しくしてくれるのに。昨日だって沢山可愛がってくれたじゃない」
「知らない知らない覚えてない。たとえ僕に妹がいたとしても、僕のことをお兄ちゃんと呼んで甘えてくるはずがないんだ。そんな妹に僕が育てない」
「お兄ちゃん、頭のおかしいこと言っている自覚はある?」
「お前、誰だよ……。話はそこからだ……」
「だから、ワンはカチューシャだよ」
「知らない……」
「知らないはずがない! ずっとワンと暮していた家族なのに!」
ところどころ突っ込みどころがあるな。ワンって何だよ、一人称なのか? カチューシャって髪を押さえる装飾品のことだよな、それが名前だってのかよ。すごいセンスだな。名付け親誰だよ。あと、ずっと暮らしていた家族だったら忘れるはずがないだろ。
「お前は、家族ではない」
ダラダラと戯言に付き合ってやるつもりはない。はっきりと言ってやろう。昨日の妄想大戦の余波が残っていたのだろうか。僕が妹について思考したから? いやあ、そんなのありか? 妄想したら家族が増えちゃうって。ただ、カチューシャって名前どこかで聞き覚えがあるんだよな……。
少女、カチューシャは傷ついた顔をして、よろよろと倒れる。
「シ、シどい……! 兄に感動されるなんて! 家族がヴァらヴァらになっちゃうよ……! お母さんとお父さん、悲しむだろうな」
「子芝居はいいからさっさと出て行け。ほら、しっしっ」
僕はカチューシャを部屋から蹴り出してから、中学校の制服に着替えた。一階に下りていって洗面台に行き、顔を洗う。顔を上げて、鏡に映った自分の顔を見つめる。
「おはよう。……カチューシャって知ってる? 知らない」
そこにトイレから出てきたカチューシャが僕を半目で眺めて、聞いてきた。
「いつも思っていたけど、何の儀式、それ?」
「さあ、何だろう。自分を見失わないための訓練かな」
「うわ、ナルシスト。お兄ちゃん、自分の顔と名前、大嫌いだもんね」
「お兄ちゃんって呼ぶな、装飾品」
キッチンに行くと、母と父が朝食を取っていた。その正面の席には二人分の朝食が用意されている。僕が左の椅子に座ると、カチューシャが右に座った。
「いっただっきまーす」カチューシャが言う。
僕はその様子を見ながら、いつもと同じ様子の両親の顔を見る。カチューシャの存在を容認している。どうして? どういう存在として? 家族の一員なの?
「父さん」僕は、納豆を掻き混ぜているカチューシャを指差した。「こいつって何?」
「ん? カチューシャだろ。何を言っているんだ」
「いや、だから、カチューシャってどういう奴? 僕の何?」
「あなたの妹」母がぼそりと答えた。「双子の妹。可愛がりなさい」
「……妹、ですか」母がそう言うのなら、そうなのだろう。
無理やり納得させられて、僕は大人しく朝食を取ることにした。時間が解決してくれるとは思えないけど、ここに僕の味方はいないようだ。観念しよう。
納豆に玉子を割って、ご飯にかける。四人が静かに朝食を取る。僕は、足りない存在があることを思い出した。ペットの姿を朝から見ていない。
ペットのコリー犬。母が溺愛しており、ほとんどの世話を母一人でしている犬だ。名前も母が付けたものがあり、僕はそれを覚えようとしなかった。母は基本無口だし、名前を呼ばずとも犬の方から僕に寄ってくるので、呼ぶ機会が少なかったのもある。コリー犬を名前で呼んでいたのは、せいぜい父くらいだ。
コリー犬の名前を、僕は思い出した。
「……ッ!」
僕は手が震えて、箸を取り落とした。僕は右に座っている妹に振り向いた。
「カチュー、シャ……?」
「やっと思い出してくれたの? お兄ちゃん」
カチューシャはくすくすと笑い、リボンみたいな髪型を跳ねさせた。
彼女は、ペットのコリー犬の名前を持つ妹は、舌を出して小声で言った。
「……人間に、なっちゃったぁ♪」
「……あ、おめでと」
それ以上は何も言えなくて、そのあとは、僕は無言で朝食を食べきった。




