カラオケルーム作戦会議
「よく分かる前回の復習」
カラオケボックスの個室に入るなり、親友君がマイクを持って変なことを言い出した。親友君はテレビから流れる音声が気になったようで、音量をミュートにして画面まで消してしまってから咳払いし、改めて言った。
「よく分かる前回の復習。記憶から消えていた恋人が参戦した!」
親友君が大声を出すのは珍しく、それを囃し立てるように彼の向かい側に座っているアキラが拍手をした。僕は、テンションの高い二人に突っ込みを入れるのが面倒だったので、ドリンクバーのコーラを飲んで、もやもやした気分を掻き消した。
アキラがもう一つのマイクを握って立ち上がり、僕を挑発してくる。
「ヘイヘーイ! 暗いぞ根暗ボーイ。盛り上がっていこうヨ!」
ハウリングが起きてすっげえうるさかった。
「うっせえよ、イガラシアキラ。盛り上がれるか」
「つれないなぁ。恋人のラブを受け取らないなんて」
自称恋人のアキラは口を尖らせて着席した。室内の席順はテレビに向かって、Uの字に並んだソファの中央に僕、右辺のソファに親友君。左辺のソファに五十嵐玲、アキラが座っている。『玲』という字は訓読みで『あきら』とも読む。
僕は二人の勘違いを訂正した。
「恋人じゃない。僕は認めたわけじゃないからな」
「とか何とか言っちゃって、アキラって呼んでくれるんだから、優しいよね」
「『諦めた』の『アキラ』だ。あと、お前にさん付けとかあり得ない。せいぜい名前をいじくって、呼び捨てしてやらなきゃ気が済まないんだよ」
「そこまで行けば立派な愛情表現だ」
親友君が腕を組んで、まとめてきた。
「そう邪険にするでない。二人の齟齬はすぐには解消しないだろうが、今は協力者として、仲良く行こうではないか」
僕らの中で一番大人っぽいこの子は、本当に八歳児なんだよな。親友君にたしなめられると僕もわがままを貫けないのだ。
「へいへい……」僕は頬杖を突いて、そっぽ向く。
「やめたまえ。僕が味方してやらないからといって、いじけるな」
「……別にいじけてなんかないし~。いつも通りの捻くれだし」
僕と親友君のやり取りを、クスクスと笑っているアキラが苛立たしい。くっそ、この二人が揃うとやりにくいな。
「やれやれ、子供みたいな真似を。ああ、すまない五十嵐君。彼は少しばかり虫の居所が悪いようだ」
「あはは、それはいつものことじゃん?」アキラが笑った。
「それもそうだ」親友君は微笑みを返した。「空腹時と眠いときは特に機嫌が悪い」
「分かる分かる。こいつの仏頂面がさらに仏頂面になるんだよ。微妙な変化だけど。それでポーカーフェイスを気取っているところとか、あれれ、わざとやってんじゃね、ってくらい隙だらけだよね!」
「気取り屋であるところは、ときおり危なっかしいと感じる。五十嵐君も注意して見ておいてくれ」
僕の意思を無視して、僕という共通の話題で盛り上がる二人に、置いてけぼりにされた気分を味わいながら、僕はさっきのことを回想する。
川沿いであった角ツバメとの衝突のあと、無事復活した親友君は、クリアレスの事情に詳しそうなアキラに話を伺おうとした。落ち着いて話せる場所、そしてクリアレスが出現しないポイントとしてアキラが提案したのは、カラオケボックスだった。建物内にはクリアレスは侵入してこられないらしい。しかし、ファミレスのような外から見えてしまう屋内だと建物ごと攻撃を受ける恐れがあるので、カラオケの個室のような完全に窓がない場所が最適らしい。
僕たちはクリアレスを警戒しながら、駅前のカラオケボックスに行った。その移動中、親友君に彼が死んでいる間に起きたこと、クリアレスの対処法と奴らの次元での戦い方を話した。僕とアキラがバラバラに話すものだから、どこまで正確に伝わったか不安だが、親友君の理解力がちゃんと補ってくれたと信じよう。
カラオケに到着し、利用方法はよく分からなかったので、店員に薦められるまま、三時間コースドリンクバー付きを選んだ。どう見ても中学生の僕たち(親友君とアキラは制服姿。親友君に至っては、見た目が小学生)を見ても店員さんは気にせず、マニュアル通りに個室へ案内してくれた。
そして今である。
入店は三時五分だった。まだ学校にいる時間帯か、と僕は思い出す。
「初めてのカラオケが学校をサボって、怪物対策の作戦会議か……」
いったい自分でも何を言っているのか分からない状況だった。
何をやっているんだろう、僕たち。
「ああ、僕も初めてだ。このような娯楽施設とは、とんと縁がなかった。僅かながら興奮している」
「実を言うと、私もこれが初カラオケ。楽しみ!」
親友君とアキラが同意してくれたけど、いや、そういう意味じゃないから。
二人がじっと僕のこと見てきた。話の司会役は僕に任されたようだ。
「……それでアキラ。説明するって言ったよな。クリアレスのこと。この世界でいったい何が起きているのか、全部話してもらうぞ」
「うん。どこから話したらいいかな……」アキラは顎に触れて、言葉を選んだ。「まず、ね。百までは語れないからそこは我慢してね。語り過ぎると私も次元同調しちゃって、落とされるから」
「落とされるとどう困るんだ?」僕は聞いた。
「完全にこの次元の人間になる。遣い魔の姿が見れなくなる」
アキラは答えてから、慎重に喋り出した。
「遣い魔……クリアレスは、この世界のものではないんだ。私が使い魔って呼んでいるのは、奴らを放ってくる存在がいるから。ここまではオーケー?」
「全然オーケーじゃない」僕は言い返した。
「結構だ」
親友君は頷いて、アキラに質問した。
「この世界のものではないということは、こことは別の世界が存在するということか? そしてクリアレスは、その別世界からどうやってこの世界に移動してきている?」
「うん、そこは別の世界なんだけど、離れた場所にあるわけじゃないんだよ。薄皮一枚の隣にあって、けれど普通の人間には永遠に届かない彼方にある。この世界は多重の世界が重なるようにして創られているんだ。私はこの構造を多重次元界と呼んでいる」
「多重次元界……」僕は呟いた。
漢字は思い浮かぶが、現実にどういうものなのか想像もつかなかった。
親友君は伝わるものがあったのか、深く頷いた。
「確認する。僕らが住む世界が、いわば三次元の界で、五十嵐君が住む世界はもっと高位の次元の界ということか」
「うん、その通り。私は五次元界の住人だよ。……あ、次元って呼んでいるけど、物理学のとはちょっと意味合いが違うから気をつけてね。まあ、親不知君に限って、混同しないと思うけど」
「了解した」親友君は頷いた。
二人の話に付いていけない僕は、口を挟まずにコーラを飲むことにした。次元って言われても、僕にはルパン三世のイカす相棒しか思い浮かばないぜ。
「段階があるということだ」
親友君が、僕を見かねて噛み砕いて説明してくれた。
「人間は可視領域の範囲内の光しか見えない。もし人間がX線を感知できるようになれば、物体を透視することが可能になるだろう。君は今日からそういう感覚を得たのだ」
「ドヤ顔で説明してくれても、よく分からないんだけど」
「そうか……。済まない。僕の力量不足だ」
「駄目だよ。彼は馬鹿なんだからもっとレベルを落として話さないと」
「おい、おいコラ。そこの脳筋コラ」
アキラは僕に振り向いた。いいかい、と始めに言って。
「これまで君は、外国語で書かれた本が読めなかった。音も意味も分からないし当然お話も伝わらない。だけど急にある朝目覚めたら、その外国語を完璧にマスターして、読めなかった本が面白い物語として楽しめるようになれました。こういうことだよ、分かりましたぁ?」
「くっそ馬鹿にしやがってでも分かりやすい!」
僕は全力で悔しがる。アキラが説明を続ける。
「言語を覚えるにしても、いくつもの段階があるはずだよね。単語の意味を知って、文法を知って、でもそれだけじゃ文章は読めないし、作文することもできない。何度も練習して少しずつ上達していくものなんだ。間違いのないように読めても、それを楽しめるかはまた別の話じゃない? だけどダーリンはそういう煩わしい過程を吹っ飛ばしていきなりマスターした状態なんだ」
「マスターって言っているけど、その、上の次元を認識できる力ってのは知識みたいなもんなのか? つーかダーリンって言うな」
「知識みたいなものとは、どういう意味での言葉か?」親友君が聞いてくる。
「知識ってのは、要するに、真理とか究極原理とか悟りとか……、うーんと、概念っていうか……」
言葉が出てこない僕を、親友君がフォローする。
「つまり、体系化できるものなのかという質問かな? どうだろう、五十嵐君。普通の人間には到達できないようだが、では到達できる人間はどういった共通項があるのか? またその彼らは、同じ過程を踏んで上の領域の世界に行くのか?」
「ううん。私は『落とす』ことはできても、『上がる』ことはできないから、上手く説明できないけど、決まったルールがあるわけではないみたい。普通、上位の次元は限られた人にしか見えないはずなんだよね。何百年も修行した人とか、突然変異とか……。これをこうすれば、っていうお手本はなくて、たまにそういう人間が現れる」
「ふうん。この世界の他に認識できないはずの世界があって、僕がそっちの世界も見えるようになった原因は、分からないってわけか」
僕はざっくらばらんにまとめて、次の疑問を聞いた。
「じゃあ、クリアレスって何なんだ? アキラみたいに四次元とか五次元の人間なのか、あれが」
「いいや、あれは人間じゃないよ」
「いや、それは見れば分かるわ」僕はビシッと突っ込んだ。
「話の腰を折らないでよ! 君が人間だって言ったんでしょ。だからあれは遣い魔。高次元のとある魔女が下位の次元に送り込んでくる魔物だよ」
「何のために?」親友君が聞く。
「以前までは、魔女たちの魔法の練習だった」
「っていうか、その前に魔女ってなに?」
僕は挙手して質問したけど、アキラは反応しなかった。
「私みたいに自分が『落ちる』のは、色々とリスクもあるからね。下位の世界に働きかけるとき、遣い魔を介するのがセオリーだ。でも……、この魔女の目的は練習じゃない。侵略だ。この三次元界を破壊しようとしている。多重次元界の下敷きになっている三次元界の法則を乱すことで、多重次元界全体のバランスを崩すつもりなんだ」
アキラは硬い声で言って、ドリンクバーのココアに口を付ける。
「秩序の破壊。それが目的か」親友君は確認する。
アキラは頷いた。
「……君たちはクリアレスって呼んでいたけど、普通の人間に見えないのも、殺したらその影響が消えるのも、異次元の存在だからだよ。むしろ多重次元界の法則をクリアレスって呼ぶべきかもね。遣い魔の特性は、相互認識の部分。『目を合わせたらバトル開始』や『信じさせたらその通りになる』。遣い魔って妙に変てこなデザインの多かったでしょ? 遣い魔がどれも醜悪なかたちをしているのは、一目でこちらに脅威を知らしめるためなんだ。体格がでかければ力が強いと思ったり、凶暴だって感じたりする。怖がらなきゃ怖くないって言っても、無茶だよね。怖いものは怖いよ」
「君たちは想像力を利用して、別の次元に働きかけていく。そういうことか?」
親友君が聞いて、アキラが答える。このパターンが出来上がりつつあった。
「そう。想像は平穏への反逆。創造は秩序の破壊だよ。私が遣い魔と戦うのはこの世界が壊れるのを防ぐためだ。たとえその結果、死んでしまってもね」
アキラは口を閉じて、ゆっくりまばたきしてから顔をこちらに向けてくる。
「これで、ひと通り話したかな? 他にも聞きたいことはある? ああ、でも私の世界のことは聞かないでね。ルール違反になっちゃうから」
「興味は尽きないが、堪えよう。僕からはない」
親友君はそう言って、僕の方を見てきた。
「さあね、何から疑問に思っていいのかさっぱりだ」僕は肩を竦めた。
途中から異国の言語を聞いているような気分だった。遠い話過ぎて実感が掴めない。せっかく説明してくれているのに、理解を放棄するのもだいぶ無節操な話だけど、逆ギレのようなことを言うが、もっと僕に分かるように話してくれないかなぁ。僕はそんなに頭の良くないんだよ。
僕の顔をじっと見ていた親友君が、ふっと笑った。
「眠たい顔をしているな、君は。しかし、当事者意識に欠けているのが君の持ち味でもある。そのお陰でイレギュラーに巻き込まれようとも深入りせずに、無事に元の生活に戻ってこられる。不可思議なバランス感覚だ」
「それは褒めているのかな、もしかして」
「はっは。褒めていない。妬んでいるだけだ」
「そらどうも。親友君に妬まれて嬉しいよ」
とりあえず僕の頭でも把握できるように、噛み砕いてみるとしよう。
ここ以外に異なる世界があって、そこに住む魔女って奴が遣い魔を送ってきて、僕たちの世界を壊そうとしている。それを防ごうと戦っているのが五十嵐玲。僕がいきなりランクアップした原因は分からない。
……おお、たった三行にまとめてしまった。略し過ぎたかな。
「うーん、とりあえず聞きたいことは三つかな。一つは、僕は元に戻れるのか?」
アキラが顔を曇らせ、首を振った。
「原因が分からないことには……。一生このままの可能性もあるし、まだ位階が『上がって』いく途中なのかもしれない。私にはどうにも言えない。ごめんね」
「謝るなよ。ムカつくな」
「そうだね」とアキラは呟いて、にぱりと笑った。
笑われたら笑われたで僕の居心地は悪くなるのだが、まあ、そこまで文句は言えない。好きに笑わせておこう。
「二つ目は、アキラに仲間はいるのか? まさか、全部の遣い魔を一人で潰そうってわけじゃないだろ。アキラの仲間はどのくらいいる?」
「いっぱいいるよ。君らが思っているより大規模な戦争なんだ。七次元の魔女VS下位の次元界の戦いだ。ここよりもっと高い次元に行って、魔女と直接戦っている部隊もいる。私の役目は防衛で、この辺の地域が管轄だね」
「少し気になったのだが……」
カルピスをちびちび飲んでいた親友君が挙手して発言する。
「五十嵐君の話しようが、どうも総称として魔女と呼んでいるより、個人を指しているように聞こえた。攻め込んできているのは、一人の魔女なのか?」
「……そうだよ」
アキラは目を大きく開いて言った。
「たった一人の魔女に、それより下の世界の全勢力が翻弄されているんだ。こちらと七次元の住人の間には、それほどまでに圧倒的な力の差がある」
僕は呆れるように相槌を打った。
「へえ。その魔女に勝てる見込みはあるのかい?」
「それが三つ目の質問?」アキラが言った。
「似ているけど違う。ついでに聞いてみた。で、どうなの」
「はっきり言って勝算は薄い。負けが増えてきている。仲間も年々減ってきているよ。このままでは魔女の野望が果たされてしまう日も近いだろうね」
「絶望的だな」
「それはずっとだよ。みんな、気づいていない振りをしているけどね」
アキラは皮肉気に笑った。こいつには似合わない笑い方だ。
「じゃあ、三つ目の質問。その魔女、殺せないの?」
「はあ……?」
アキラが素っ頓狂な声を挙げた。
親友君が吹き出していたが、僕はアキラをじっと見ていた。
アキラはしばらく目を白黒させて言葉を失っていた。彼女は喋ろうとしたが、途中で口の中を噛んで、痛みに悶える。
やっと口を開き、涙目でアキラが責め立ててきた。
「……馬鹿じゃない! 無理に決まっているじゃん。私の話聞いていなかったの! 勝てもしない相手を殺すだなんて……、馬鹿すぎて笑っちゃうよ……」
そう言ってアキラは、泣きそうな顔になる。全然笑えていない。
「鬱陶しい顔をするなよ。まったく」僕は目を逸らして、溜め息する。「ラスボスがいるんならさっさと終わらせたかったけど、まあ、アキラがそう言うんならそれでいいよ。可能か不可能かで聞いて悪かったね。そんなの答えられるわけがないよな、悪い悪い」
明るく謝ったつもりが、アキラはますます眉をしかめて睨んできた。
と、そのとき。
「……っ!」
地面が激しく揺れた。重力がなくなったかのように身体が浮き上がり、一緒にテレビやソファが攪拌される。雷が連続で落ちるような音が四方八方から響き続け、テレビがあった側の壁と天井が吹っ飛んだ。
瓦礫と粉塵が僕たちの頭上に雪崩落ちてきて、壁がぶっ飛んだ向こうの空間に何百メートルもの大きさの桃色の壁が突き立った。さらに立て続けに暴風と地震が発生し、コンクリの瓦礫が吹き飛ばされる。
僕は地面が揺れたのと同時に、咄嗟に親友君の上に覆いかぶさって、落石から庇った。桃色の壁の発生により生じた暴風には、思いっきり身を伏せることで耐えた。通常なら耐えられるはずなかったが、そのときは必死に耐えることだけを念じていた。
破壊の嵐は、永遠に続くように感じられた。
「…………」
風と地震が止み、僕はゆっくりと頭を持ち上げた。背中に乗っていたコンクリートの破片がパラパラと落ちていく。僕の身体の下には無傷の親友君がいる。ほっと一安心した僕は、周りの景色が一変しているのを知った。
遮蔽物がなくなり、屋外に変化している。見渡す限り、ビルや信号機や電柱は軒並み破壊され、道路は何十台もの乗用車を巻き込んで、捲れ上がっている。
空が翳っていることに気付き、僕は空を見上げた。空が不気味な桃色に染まっていた。超巨大な物体が大空を覆っているのだと気づくのに、十秒必要だった。四方の端に夕暮れの空を見つける。
桃色の天蓋は、遥か遠くにあるため遠近感が狂いそうだったが、
それは超巨大生物の腹部だった。




