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Air Cloud Spot...  作者: ampoule
13/15

vol.13...For seasons and Four seasons

『私は彼女の手に触れた。一瞬だけ震える……その手の先には』

『何も無かったんでしょう?』

『どうして分かったの?』

『冬の寒さに恋したのだわ』





 授業が始まったが、なぜだか分からないが集中できなかった。今まではずっと集中していたのに、彼女のことが気になってしまって手が付かない。でも大学なんて単なる通過点に過ぎないと堅苦しいことを思っていたが、結局、「思考」をするべきだ。




 彼女に会いたい。

 彼女の心に。

 少しでも近づけたなら、分かるだろうか。この瞬間の悩みも解けるかもしれない。彼女は意地悪だ。最後のプライドまで保ってまで、分からないと答えたのだろうか。

 本当に分からないのかも知れない。

 彼女の思考は混沌としている。彼女も迷っているのかもしれない。理解出来ない思考だ。




 私は、放課後居残ることにした。勉強のためではない。エリザを一緒に連れ出すためだ。エリザはずっと矢沢と話していたが、話が終わると、矢沢にグッバイマイ・ダーリンヤザワ、と言った。単なるジョークだろう。

「家に行ってもいいかな?」

「良いよ。家に行って何が分かる?」

「さあ、何を知りたいんだろう」

「あたしの家、ぬいぐるみがあるの。大事にはしていないけど、一緒に寝るんだ」

「大事なぬいぐるみなんだね」

「そう。大事にするとさよならしてしまうの。あたしのクマさん」

「さようなら、って言いたがっているのはどうしてだろうね?」

「分からない」そう言ってしゃがみ込む。宝石のような石を見つけたみたいだ。「宝石ってさ、人をどうして惑わせるんだろう?」

「さあ、分からないな。宝石も猫も一緒かもしれない。分かってほしくないんだろう」

「そうかもね。あたしの家ネコ飼ってるけど、メスなんだ。だから喧嘩しちゃうよ、きっとあんたのことで」

「そうか」

「あたし、察しが良いんだ」

「そうだろうね」

「あんた、ヤキモチ焼かれるの好き?猫とあたし、どっちが好き?」

「高度な思考を持っている方が好きかな」

「だったらあたしだろうね」そう言って含み笑いをする。「あたしと矢沢、どっちが好き?」

「矢沢は、悩んでいる。私達に近づきたくて」そう、彼は悩んでいるのだ。私という存在を知ろうともがいている。水中に潜るように、深く、深く……。

「知ってるよ。だから教えてあげた。あんたの事。不思議ちゃん気取ってるだけだってそうしたら、彼納得してた」

「そうだろうね。彼くらいならそのくらいで理解するだろう」

「あたしは、そうじゃない、と思うけどね。無論彼氏にした理由、聞きたい?鵲さんの友達なんだ。あたし。紹介されたの鵲さんに」私はハッとした。

「そうか。それは良かった。君くらいのレベルで十分だ。鵲さんの思考にはまだ追いつけない」

「彼女を追っかけないようにしたほうが良いよ。彼女と一緒にいたら、死ぬわ」そう言ってキスをした。

「それってどういう意味?」

「彼女って危険なことをして、私達を惑わすの、好きなの。だからいつか私達の思考止まってしまうわ」

「それは辞めておこう。彼女は危険すぎる」本当にそう思ったわけじゃない。エリザの嘘かも知れない。彼女は、天使のような顔で微笑んでいたのだ。あの微笑みを写真に取ってみたかった。彼女は随分詩的である。「彼女は詩的だと思わないかい」

「それが危険なの。彼女の詩のような文句に騙されてあなた、きっともう少しで死ぬ所だったわ」そう言って背後から何かを取り出した。




 背後には、鋭利なキッチンナイフがあった。




「あたしの言うこと、聞いて」

「聞いてもいいよ。余裕があれば」そう言って笑顔になった。どうして笑顔になったんだろう。

「あなた、わたしが殺すかも知れない状況にあってもそんな事どうして言えるの?」

「君が結婚しなければ、あまり意味のない出来事かも知れないから」

「よくそんなジョークが言えるわね」

「今度は本気だ」

 そう言って、私の方から長いキスをした。深い余韻があった。

「もう、アイシャドー取れそうなくらい嬉しい」

「君が考えているのは愛だ。恋じゃない」

「そうね。反省するわ」エリザは微笑んだ。女性の笑顔ってどうして天使みたいなんだろうか。天使が心の中に居るのかも知れない。そうして、天使が代わりに微笑んでいるのだろうか。そんなことを思った。「別れましょう。家には来ないで」

「お菓子でも食べにおいで。いつか。ショコラトリュフ作っておくから」

「そうね。店に行かない?鵲さんの通っていたカフェ。彼女何が好きなの?」

「ポーチドチョコグラッセだったな。確か。よく覚えている。彼女が温かいチョコを冷まして食べている所が印象的だった」

「あたし、何食べようかな」暫く歩くと、見つけた。カフェ「サンタナ」とあった。

「いらっしゃいませ。ご注文は」ウェイターが注文を聞いた。私は、カーボンチョコシガレットクッキーとアップルティーソーダにした。エリザは、エンジェルズレモンパイにした。天使の輪っかが純白の菓子状に出来ており、それをサクサク食べていた。そんな姿を時折見つめながら、外を見た。秋は時期の早くから生えていた紅葉が勢い良く風に吹かれていた。秋の葉を探しに出かけても良いかな、と思える。クリも良いかも知れない。キノコ刈りも良いな、と考えていると、エリザは、言った。

「ねえ、キノコ刈り行かない。矢沢達連れて」

「良いね。私も丁度考えていた所だよ」

「じゃあ、帰ろうか。食べたし。バイバイ」

 彼女は口の周りの汚れをナプキンで拭くと、一緒に会計を済ませ、出ていった。

 暖房が聞いていた室内から出てきたら、温度差が、私達を覆い隠している。冬への近づきが、私達を穏やかにさせるのだろう。

 ナプキンを使っていた彼女の顔を思い出す。

 どこかで見たことのない、独特な雰囲気を持ったエリザの表情に思わず、ドキッとした。

 それじゃあ、タイム・トゥ・セイ・グッバイ。

 散り際に混じった桜の、羽のような葉が、一葉混じっていた。

 私は、宝石を見つけたような気がした。




 宝石は、きっと何の価値も持たないものになってしまうだろう。醒めた面をして歩く私に、石井はそんな事ないよ、って言ってくれる。

『そんな事ないよ、鍋島君は優しいよ、十分に』

『まあ、人は選ぶけどね』

『人は選んだ方が良い。人間ロクでなしの体たらくがのさばる世の中だしね』

 石井がそんな事を言うのは意外だった。聞いてみると、父が普段昼間から酒飲んで酔っ払っているそうだ。

『そっか、家から出たいと思ったことあるだろう?』

『それは何度もあるよ。だけど母が心配で』

『なるほどね』

『だけど母も飽きてきた。この家という鎖を断ち切ろうと思う将来は』

『そっか』

『鍋島くんはどうする。この島に残るの?』




 私は、どこにもいかないだろう。どこからもやって来ない。どこからかこの片田舎にやってきて、戯言を使って弄んでいるだけに過ぎない。そんな事を神は許しはしないだろうか―――。

 だがしかし、私には何も意志のない、人形だった。というよりも、人と話すことが大好きなお節介だというのが正解だろう。

 お節介はお節介らしく。エリザにラインで送った。

『時は繰り返すんだね』

『何のことかな?』

『君というオシャレな彼女と一緒に話す事ができたからさ』

『それは、鵲さんの紹介だって言ったじゃん』

『そう?それだけで動いた』

『……嘘よ。たかが彼女の紹介ごときで動かないわ。あの子あんたのことかなり評価していたわ。理系のくせにカッコいいって』

『動かない球って知っているかい?』

『知らないわ』

『水って凍らせると氷になるだろう?』

『ええ』

『氷を固定してみよう。そこに球を吊るす』

『それで?』

『0℃の状態では、摩擦熱で上昇して紐は落下する方向に滑り落ちそうになるが、きちんとした純粋の氷だとそれが起こらず、球は動かない』

『なるほど』

『それと同じでね。寒いと、私たちは心を温めようとするだろう?』

『そんな事なら日常だわ』

『心だって、冬の寒さを感じれば、そんな事言っていられなくなるのと一緒の理論さ』

『貴方ってアインシュタイン博士みたいなこと言うのね』

 すぐに、ラインを閉じた。そして、私は、沈んでいくように静かに眠った。



 未来は、エリザと共に生きる事を選んだ。子供は幾人か作った。大学にも言った。島の大学でサークルに入らず、二人でイルミネーションを見に旅行したこともある。

『光は幻想じゃないんだ』

『そうよ、光は幻想というよりは、安心させるためにあるの』

『幻想の中の光って所謂ファンタジーにあるんだ』

『今、ファンタジーなものと言えば空かしら?闇夜ってファンタジーよね。月こそは出ていないけれど、その代り星が瞬いている』

『飛行機も飛ぶしね』

『ねえ、このまま、二人で消えてしまわない?両親に内緒で』

『達朗君、いいアイディアだわ。それって』



 

 彼女は抱きついた。




 呼び合う名前は寒い夜に消えていった。



 数十年の季節を、彼女と呼応するために生きてきた。



 まるで心臓のように。まるで生命の脈動のように。ひたすら確かめ合いながら生きていく。そんな僕たちを他所に、鵲はイタリアからエア・メールが届いた。




 『ハロー・グッバイ。達郎君。貴方、もっとエリザちゃんと絡んで彼女と生きていって下さいな。はいな!……』




 はいな!とはなんだろうか。よく分からない挨拶もあったものだが、放って置くことにした。そんな手紙を傍らに置き、エリザの子供を風呂に入れる。二人とも女の子だった。そんな幾ばくのない生命を費やし、ホタルの光のように淡く弱い存在が生きていることに驚くばかりだ。日常は分からない。




 『エリザ、今日はお前飯作らないのか?』

 『アンタやって』

 『またか……デザートは作れよ』

 『分かってるよ。今日はラングドシャ』

 『凄いのに挑戦するんだね。難しくないか?』

 『挑戦していないと、子供食べてくれないし。作るの難しいものばっか要求して困るのよ』

 『エリザも苦労してるんだな』


 


 そんなカオスな日常に、2つの生命の意志が宿る。

 さあ、生きていこう。

 進んでいこう。

 未来は私達の元にしか存在しないんだから、ね。

 



 暖かくなり、桜の葉が舞う季節がやってきた。




 『お父さん、この、翅のようにか弱い花、宝石にしようよ』



 

 はて、どこで聞いたセリフだろうか。




 私も忘れることにしよう。                        




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