第八話 無情なる現実
※注意※ 作中で「シェフ」と「店長」の二つの表記がありますが、これらは同一人物ですので、ご了承下さい。
「――あっ。雨か」
ツルギ達が店で戦いの休息をとっていると、雷鳴が鳴り始め、雨が降ってきた。
ドドーッ
「わわっ、結構強くなってきたなー」
最初は小雨程度の雨だったが、それは嵐の前の静けさだったようで、雨は徐々に強くなり、今ではもう台風並みの土砂降りになってしまった。
「もうかなり遅い時間だ。今日はここに泊まらせてもらおう」
食料を食べて、すっかり元気になったアレイシスがツルギに提案する。
「まあ確かに、今日のところはそうするしかないよな」
もう外はすっかり日が暮れ、辺りは暗い闇に包まれている。
そしてうかつに外に出ると、魔獣に出くわす可能性がある。そのようなことを考慮して、今日ばかりはこの店で夜明けを待つしかない。
「飯は食わせてもらったし、泊まらせてもらうってのも、ちょっと申し訳ないけどな」
ツルギが苦笑いを浮かべてそう言う。内心、後ろめたさはあるが、店の人達が許してくれると信じるしかない。
「おい、二階にいいもんがあったぞ」
「げっ、二階のもの物色してたのかフォース……二階は確か住居だったからマジで怒られちまうぞ」
フォーティンスはまだ何やら物色しているようだった。そして何か見つけたのか、ツルギに話しかける。
「いやそんな余計なものじゃなくてよ、ほら、こう、なんだ……? そう、生活必需品ってやつだ」
「生活必需品?」
するとフォーティンスは階段を上がり、ガサゴソと何か大きなものを抱えて降りてきた。
「あっ、それは……布団か」
「そうだ。奥の方漁ってたら布団を見つけたんだ」
フォーティンスは鼻高々に大きな布団をツルギ達に見せつけた。しかも三つである。
「これで硬い床で寝なくて済むだろ?」
「ああそうだな。ありがとうフォース」
(使わせてもらうからには後で洗って返しとかないとな)
その後、三人は椅子とテーブルをどかし、すぐさま布団に入った。戦いの疲れからだろうか、体がやけに重かった。
そして店の電気を消した。
―――
「あー」
「どうしたんだよフォース……早く寝ろよ……アレイシスが起きるだろ?」
明かりを消したのはいいものの、フォーティンスは中々寝てくれない。
「いや、なんか無性にゲームしたくってよ。この世界、ゲーム機ってあんのか?」
「はっ、ゲーム依存症かよ……フォース地球だと何歳よ」
「けっ、俺が言うと思ったか? 聞きたいならお前が先に何歳だか言うんだな」
「……いや、やっぱ言わんわ」
「はあっ、なんだよ、言いそうな素振りだったのによ」
(ここで年齢公開したら、勝手に話繋げられていつまでも寝られなさそうだからだよ)
「フォースも疲れてるだろ? 早く寝ないと、任務という名のゲームのコンディションが悪くなるぞ?」
「――ッ。まあ、そう言われてみればそうだな」
(よしっ、俺にしては上手く言えたんじゃないか? 今のやつ)
「だから、早く寝・ろ。わかったか?」
「ったく、わかったよ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そしてフォーティンスはツルギによる説得の末、ようやく眠りについてくれたのだった――。
―――
(――カナリア……ちゃんと、住民の人たちを連れて逃げてくれただろうか)
ツルギは真っ暗な外を眺めていた。土砂降りの雨はすでに止んだようで、月明かりが水溜りに反射していた。
(――ッ。何言ってんだ俺。これじゃカナリアのこと信用してないみたいじゃないか)
ツルギは自分の頬をペチンと叩く。
(大丈夫だ。カナリアは絶対無事だ、そう信じよう)
そう祈ってツルギは布団の中で深い眠りについた。
*************************
チュンチュンチュン
――さん
(――ん……眩しい……もう朝か)
翌朝、鳥の鳴き声によってツルギは目を覚ました。
(アレイシスとフォースは……まだ寝てるか)
横をチラッと見ると、アレイシスとフォーティンスはまだ寝ているようだった。
――ギさん
(ん? なんだ……誰かの声がする)
ツルギさん!
「わわっ、な、なんでしょうか!?」
ツルギは自分の名前を呼ばれたことにより、完全に目を覚ました。その声は、なんと外から聞こえた。
「え!? 店長!? と……住民の皆さん!?」
窓の外にいたのは、カナリアに連れられて逃げた住民の人々だった。
無事であったのはなによりだが、ツルギは何か別のことに焦っていた。
そしてツルギはすぐさま扉の鍵をガチャリと開ける。
ツルギは何故焦っているか。その理由は、鍵を勝手に締めてしまったことと、店内を荒らしたままにして寝てしまったことを見られてしまったからである。
「すみません! 勝手にお店のものを使ってしまって! ここしか寝泊まりする場所がなかったものでしたから!」
ツルギは言い訳を言いつつ、深々と頭を下げた。
「いえいえ、いいんですよ。我々も、先ほどここに到着したばかりでして。そんなことより、カナリアさんはここに来てはいないのですか?」
「え、カナリア……ですか?」
店の店長は特に怒りもしなかった。そのことは良かったのだが、カナリアのことについて気がかりな様子であった。
「もしかして、カナリアに何かあったんですか?」
ツルギが不安そうな顔で店長に尋ねる。
そして、店長が今までにあったことを話し始めた。
「はい。実は逃げてる最中に大通りに繋がる道で、魔物の群れに襲われましてね。絶体絶命の状況でしたが、運良く救援に来てくれた水色の髪の少女に助けてもらいました」
(水色の髪の少女って、多分、会議で会ったあの子のことだよな)
水色髪の少女の正体がアルネブの助手であることはツルギは一瞬で勘づいた。
「それで、その後は?」
「我々はその少女の魔法によって、マラドーラ中央広場まで逃してもらいました。しかし、カナリアさんはその少女と一緒に戦うとのことで、あの場に残りました」
「カナリアが戦いを!?」
(あいつは確か、武器を持っていなかったはずだ。大丈夫なのか?)
「そして、夜が明けて我々はカナリアさん達が戦ったであろう場所に行ってみました。しかし、そこにカナリアさんの姿はありませんでした。もしかしてと思い、私の店に向かったところで、今に至ります」
「そんなことが、あったんですね……」
ツルギは話しを聞き終わると、曇った表情で下を向いた。
武器を持っていなかったカナリアが魔獣相手に戦うのは流石に無理があった。それが不安な感情にさらに拍車をかけてしまった。
すると――、
「でも、あのカナリアが戦う意思があったっつうことは、策があったか、あの青色女がクソほど強かったのどっちかだろ。だから心配する必要ないんじゃないか?」
目を覚ましたフォーティンスが後ろからツルギの肩をポンと叩く。それに続いて
「ああ僕も、フォースと同意見だ。それにね――、」
「彼女を信頼してこそ、仲間というものだろ」
アレイシスも目を覚ましていたようで、励ましの言葉を投げかける。
彼らなりの気遣いなのか、それはわからないがツルギはその言葉に大いに助けられた。そう感じた。
「二人とも……。ああ、そうだな。そう、だよな」
ツルギは先ほどとは変わり、晴れ晴れとした顔で店長、住民の人々に顔を向ける。
「カナリアは絶対無事です。あいつはとても、強いですから」
「ツルギさん……」
「だから皆さん、心配ご無用です! カナリアのことは俺たちでなんとかしますから、ですから皆さんはこの、歴史ある街の復興をお願いします」
ツルギは店長の後ろにいた他の住民にも聞こえる声でそう言った。これが今のツルギが言える唯一の言葉だった。
「そうですね。ツルギさんの言うとおりです。この地域の伝統を、食を守ることが私たちの使命です。気づかせてくれて、ありがとう」
「いえ、いいんですよ。これが俺たちの仕事なので」
すると店長は空を見上げた。
「カナリアさんには感謝しきっても仕切れません。我々も無事を祈っています。ですから、復興が終わったら、皆さんでまた食べに来てください」
「ええ、絶対また来ます。それまで、頑張ってください」
そして、ツルギは店長と握手を交わしてから、店の整理をし、アレイシスとフォーティンスを連れて飲食店街を出た――。
しかし、ツルギ達は知ることになる。
自分たちが気づけなかった、目を逸らしたかった、現実を、惨状を――。
*************************
「――で、本当にここにいるんだろうな」
「さぁな、でもここ以外、俺にはさっぱり見当がつかねえ」
ツルギ達は飲食店街を出た後、自分たちの拠点である、アルネブの基地に戻ってきた。
ここに戻ってきてくれていると、そう信じて。
「てか、この服で来ちまったけど、いいのか?」
「ああ、まあ平気だろ。あの人なら」
ツルギ達は、通常の剣士の服装ではなく、寝間着のまま、基地に来てしまった。
急ぎの用事だったため、しょうがなかったのだが。
そしてツルギ達は草むらを掻き分け、あるものを探す。
「おっ、あったぞ。魔法陣」
アルネブの基地は地中に埋まっている。敵に居場所を知られるのを防ぐため、外からは見えないようになっているのだ。
そのため中に入るには、特定の場所で暗号を唱えなければならない。その特定の場所が、草むらの奥にある魔法陣なのである。
出る時は簡単だが、入るのは難しいのだ。
「それで魔法陣の上で、暗号を唱えると……んー、何言うか忘れちまったな」
「それなら僕が」
「お、もしかしてできるのか?」
「もちろん。でも、これを覚えないと基地の中に入れないから、覚えるのは当然のことだと思うのだが……」
ギクッ
「ま、まあそれはいいから、ささ、早く」
「あ、あはは……」
アレイシスはツルギの出来のなさに苦笑いを浮かべた。しかし内心、結構馬鹿にしていた。
「じゃあ、始めるぞ」
「ああ、頼んだぜ」
そしてアレイシスが暗号を唱える。
『雄大なる大地よ。今こそ我々に、天の恵みと数多の興隆を与えたまえ』
ギギィー
「おおっ、すげえ! さすがアレイシス」
アレイシスが暗号を唱えると、地面がまるで扉のように音を立てて開いた。奥には階段がある。
これが基地の入り口だ。
「ふっ、そんな大したことはないさ。それより中でカナリアが待ってるかもしれない。先を急ごう」
「そうだな。おーい、フォース早く行くぞ」
ツルギは草むらで遊んでいたフォーティンスを呼び寄せ、全員で中に入った。
―――
「――あれ、アルネブさんだ。何してるんだろう」
ツルギ達が階段を駆け降りて、会議が行われた大広間に行くと、ソファに座っているアルネブを見つけた。
だが、アルネブの様子がおかしかった。下を俯き、顔を曇らせ、意気消沈しているようだった。
「おーい、アルネブさん。一体ここで何を?」
「ああ、君たちですか。やはりここに……来てくれたのですね」
「あっ……」
話し方からも彼が疲弊しているのが目に見えてわかった。
ツルギは嫌な予感がしてたまらなかった。しかし、聞きたかったことを聞くしかなかった。
「あの、カナリアは……カナリアは、来ていませんか?」
「―――」
するとアルネブは下を向き、黙り込んでしまった。
「ちょっ、アルネブさん、なんで黙るんですか? 教えてくださいよ!」
ツルギは思わず声を張る。そして、アルネブに掴みかかろうとした。
ガシッ
「ツルギ、ダメだ」
それをアレイシスが腕を掴み、静止させた。
「アレイシス……! なんで」
「見てわかるだろう。アルネブ様も相当疲れているご様子だ。何かあったことは間違いないが、それを無理に聞くのはよそう」
「――ッ」
アレイシスの言葉にツルギは何も言い返せなかった。もちろん、アレイシスもなるべく早く事を知りたいのは山々だった。
「すみませんね……長である私が、こんな姿を見せてしまって」
「アルネブさん――」
するとアルネブがソファからゆっくり立ち上がり、口を開いた。このまま黙り込んでいるのはツルギ達に申し訳ないと思ったのだろうか。
「……アルネブさん、何があったか、教えてくれますか?」
ツルギが改めて、アルネブに質問する。
「アルネブ様、僕にもどうか、教えていただきたく存じます」
「俺もだ。何があったか説明してもらわねぇと」
アレイシスとフォーティンスもどうやら同じようだ。
「……はい、そうですね……わかりました。では、君たちに、昨日起こったことを……簡単にですが、話したいと思います」
そして、アルネブが悩みながらもその重い、苦しそうな口を開いた――。
「まず、簡潔に申し上げるとカナリアさんは今……」
「――――――――――――――」
「――は……?」
「そして、救援に向かった、私の……助手は……」
「――――――」
その、アルネブの口から出てきた言葉は予想してなかった、信じられないものだった。
「あ……え…?」
信じられない、というより受け入れられなかったと言った方が正しいだろうか。
あまりに衝撃の事実を聞いたツルギは、驚きや悲しみ、怒りといった感情はすぐには沸かず、ただ一点を見つめることしかできなかった。
「―――――以上が、昨日の夜起こった出来事です」
アルネブの大まかな話が終わったとき、ツルギの脳内に残ったのは、
『昏睡状態』と『行方不明』の、二つの語句だけだった。




