第七話 喪失
「ガッ、グガアァ……」
アレイシスの一刀で体ごと心臓を真っ二つにされたボンバーベアーはその場にドサッと崩れ落ちた。
「や、やっと……終わったのか……」
「ああ、やっと、だな」
ツルギとフォーティンスも安堵からか、その場に尻をついた。
そして、ふと撃破したボンバーベアーの方に目を向けると、
「あっ……熊の体が、消えていってる……」
なんと、ボンバーベアーの体が徐々にドットになって、消えていたのだ。
(この世界で死ぬと、こんな感じになんだな)
「お前は十分暴れたよ。だから、永遠に眠っとけ」
そう吐き捨てると、崩れた体は全てドットになり、風に乗ってどこかへ飛んでいった――。
『ピピーッ! ピピーッ! ツルギ、アレイシス、フォーティンス、ボンバーベアー討伐完了!』
「おおっ、なんだ?」
再び腕時計が光だし、アバターが出現した。討伐完了の知らせだ。
「これがきたってことは、倒したんだな……俺ら」
この通知により、ツルギはあの強敵を倒したのだと、強く実感した。
この世界に来て初めての敵の討伐。それはツルギ達にとって大きな進歩だった。
「一般人も巻き込まずに済んだし、後でカナリアに感謝しねえとな」
幸い、カナリアが周りの人々を全員逃がしてくれたおかげで、死者は一人も出ずに済んだ。ただ、建物は爆発によって壊れたところもあるのだが。
「――あれ? そういえばアレイシスは……あっ」
そういえばアレイシスがいない、と思ったツルギは周りを見渡した。すると、アレイシスはかなり離れた所で突っ立っていた。
閃光のような速さで、相手の胴体を真っ二つにしたので、その勢いを殺しきれなかったのだろう、とツルギは思った。
「おーい、アレイシスー。大丈夫かー」
ツルギが近くに行き、アレイシスの肩をポンっと叩いた。すると、
「す、す、まない、ツ、ツルギ……わ、技を……使いすぎた……よ、よう、だっ……」
ドサッ
「ア、アレイシス!? どど、どうしたんだよ!?」
顔色が悪いアレイシスは、その場にドサッと倒れ、気絶してしまった。
「どうしたんだ、そんな大声出して……って、ええ!? アレイシス!? 大丈夫か!?」
ツルギの大声で駆け寄ってきたフォーティンスも驚嘆の声を上げる。
「技を使いすぎたらしい、ごめんな……無茶させちまって……」
「と、とにかく、早く助けてやらねえと!ど、どうすんだ!?」
フォーティンスが、心配からだろうか震えた声で息せき切って話す。
「うーーん……。あっ」
するとツルギはあることを思い出した。
「そういえば、こいつ腹減ってたんだよな?」
「ああ、そういえばよだれ垂らしてたよな」
イタリアン料理の店に来たとき、アレイシスは空腹からか、よだれをダラダラ垂らしていたのだ。
ツルギは自分達がいた、あの店の方向に目を向ける。
「ああ、よかった! あの店は壊れてない!」
「なんかいい方法でもあるのか!?」
「ああ、一か八かだけどな」
そしてツルギとフォーティンスはアレイシスを抱えて、店に連れ込んだ。
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(――ああ、すごくいい匂いがする。ピザ……だろうか。バジルの効いたいい匂いだ。そういえば、自分があの店で注文したのも、確かピザだったな。あー、食べたいなあ、腹が減りすぎて、死にそうだ……)
モグッ
(な、なんだ!? 口に何かが入ってきたのか? この味は……ピザだっ。でも、なんでだ……? いや、今はそんなことはいい、ただこの食感を、風味を味わうんだ。なぜか分からないが、最後に大好きなものを食べられて、幸せだ。ああ、幸せだ…幸せだ………――――――――――――――――――――――)
「――シス、アレイシス」
「はっ!?」
「よかったあ、目を覚ましたか」
「ツルギ……こ、ここは……?」
アレイシスは店の長椅子の上で目が覚めた。状況を知らないため、困惑していたが、ツルギがどうなったかを説明する。
「お前が技を使いまくってぶっ倒れたから、どうしようかって焦ってたけど、戦う前に腹減らしてただろ? だから何か食わせたら回復するかなって。まあ食わせるのちょっと大変だったけどな」
「そうだったのか……」
「俺も手伝ったんだからな、感謝しろよ」
すると、フォーティンスも調理場から顔を出した。何か食べ物を漁っていたようだが、後で怒られないだろうか。
「二人には感謝しかないよ。本当にありがとう。あのままだと、多分僕、死んでたよ」
「いいんだって、アレイシスがあの一撃を放ってくれてなかったら、多分俺とフォースも死んでたからな」
すると、アレイシスはふっと微笑んだ。
「おかげで、ちょっとだけいい夢も見られたからね」
「ん? いい夢?」
「ああ、死の淵から一瞬で幸せを掴み取る、早すぎるストーリー展開だったよ」
「なんだよそれ、詳しく聞かせてくれよー」
そしてツルギ達はしばらくの間、その店に居座るのだった。
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「――はあ、はあ、みんな、こっちです!」
ツルギ達がボンバーベアーと戦っていた頃、カナリアは周辺住民を逃していた。
(とりあえず、あの熊から少しでも距離を取らないと、みんな巻き込まれちゃう)
「マスター、この方向に真っ直ぐでしたよね」
「ええ、この方角なら大通りに出られるはずです」
カナリアはこの飲食店街に何回も訪れているとはいえ、まだあまり土地に慣れてはいない。幸いにもイタリアン料理のシェフが土地に詳しいとのことで、道を案内してもらっている。
「みんな、頑張ってついてきてくださいね!」
住民達も死ぬわけにはいかないと、一斉に「はい!」と大きな返事をして必死にカナリアについていく。
「はあ、はあ、そろそろ大通りに出られます!」
シェフのこの言葉にカナリアは深く安堵した。しかし、その感情が続いたのは、ほんの一瞬だけだった。
「よし、このまま行けば出れ……――ッ」
カナリア達の目の前に現れたもの。それはなんと、何百もの魔獣の大群だった。小さい熊、鋭い牙を持った狼、推定五メートル以上はある蛇などが、道を塞いでいた。
ツルギ達が戦ったボンバーベアーの子分的なものなのか、それとも全く関係ないのか、カナリアは考える余裕もなかった。
「あっ……あ、ああ……」
カナリアは震えた声で怯えることしかできなかった。
技も武器も持っていないカナリアはなす術がない。逃がしてきた住民も戦いなんて大層なことは経験してない。
まさに絶体絶命だ。
「か、カナリアさん、どうしましょう!?」
「わ、わからない……」
(わからないよ。だって、武器持ってないんだよ? 戻った所で戦ってる三人の足手纏いになるだけだし、もう何も……できないよ)
「ガアアアアアアア!」
そして、魔獣の大群がカナリア達に向かって突撃してきた。
「ひいっ、逃げろー!」
人々は思わず後ろに向かって逃げた。対してカナリアは恐怖で、ただその場に立っていることしかできなかった。
(もう、終わりだ。私、死ぬんだ)
カナリアは襲いかかってくる大群を見て、死を悟った。そのときだ―――、
『ハイスピード・アプレッション』
ズドーン!
突然上から、巨大な水のレーザーが突撃してくる魔獣達に向かって凄まじい勢いで放たれた。そのレーザーは魔獣を二十匹ほど、跡形もなく消し飛ばした。
「な……なにが、起こったの?」
カナリアは目の前で起こった状況を理解できなかった。すると、上から誰かの声が聞こえた。
「最初の任務なので心配して出てきましたが、まさかこんなにも魔獣が出没してるとは。ほんと、来てよかったです」
カナリアがふと上を見る。そして、建物の屋根に一人、少女が立っているのが目に入った。
フードを深く被っていたが、その幼くも迫力のある顔つきですぐにわかった。
そう、会議のときにいた、アルネブの助手の少女がそこにいたのだ。そして、彼女は建物の屋根からスタッと着地した。
「あなたは確か……」
「ええ、アルネブ様の助手の者です」
「さっきのレーザーも、あなたが?」
「はい、私の技です。カナリアさんが危なそうだったので」
本当に助かった。と、カナリアは思った。この少女が来なかったら、きっとカナリア諸共、人々が全滅するところだっただろう。
「まずは、住民の皆さんを避難させます。魔獣を倒すのはそれからです」
「あっでも、住民のみんなは……――ッ!」
カナリアが後ろを向くと、逃げた住民が戻ってきていた。先ほどの水のレーザーを見て、救援が来たと思ったのだろう。
「みんな、よかった! 戻ってきてくれたんだね」
「ええ、こんな所で死んだら、繋いできた伝統の味が途絶えてしまいますから」
そのシェフの言葉を聞いて、カナリアは笑みを浮かべた。
「では、皆さんこれに乗ってください」
すると彼女は魔法で、住人全員が乗れる大きさの水の絨毯を出した。
「この絨毯はマラドーラ中央広場まで、空を飛んで皆さんを運んでくれます。魔法をかけてあるので、落ちることはありません」
「わあ、これすごいじゃん! じゃあみんな、急いでこれに乗って」
住民は次々と水の絨毯に乗っていく、そして全員乗った後、シェフがカナリアに話す。
「では、カナリアさん。ご武運を」
「ええ、絶対生きてまたレストランに行きますから」
そうして、水の絨毯は住民達を乗せて飛んでいった。
「ではカナリアさん、これを」
「これは、剣?」
いつの間にかフードを外していた少女はカナリアに一本の剣を渡した。カナリアが武器を持ってないことを知ってて、本部から持ってきてくれたのだ。
「これを使って、少しでも魔獣を倒してください」
「ありがとう。私武器なくて悩んでたんだ」
カナリアは剣を引き抜き、素振りをしてみる。軽くて扱いやすい、運動不足なカナリアでも使いやすい剣だ。そしてカナリアはうんうんと頷き、刃先を魔獣の方へ向ける。
「そういえばさ、あなたの名前、まだ聞いてなかったよね」
「あっ……聞きたい、ですか?」
「ええそりゃ、戦うときに連携しやすいしね」
すると彼女はふっと微笑み、口を開いた。
「私の名前は『クレア・リミブル』と言います。その……よろしくお願いします」
「クレアちゃんね、いい名前じゃない!」
「あ、ありがとう……ございます」
クレアは恥ずかしそうな顔をしながらも、どこか嬉しそうであった。
「それで、何か作戦とかある感じ?」
「あっええ、作戦としてはまず、敵がまだ何十匹もいるので私の水魔法で、先制攻撃します。そうして弱ったところをカナリアさんと私で突撃する形です」
「え!? クレアちゃんって近距離で戦えるの!?」
「ふふん、舐めないでくださいよ。私、近距離特化の魔法も使えるんですから」
クレアは鼻高々にそう言った。それにカナリアは自信を持った顔で微笑んだ。
「じゃあこの作戦で」
「はい」
「あいつらのこと、ボッコボコにしてやりましょ!」
「では、いきます」
「ええ、クレアちゃんが頼みの綱だからしっかりお願いね」
「わかってますよ」
クレアは大きく息を吸い、手を前に出し、詠唱する。
『イリミネート・ポンプ』
そう唱えると、彼女の手の周りに、水色の光が次々と集まってきた。そしてそれが無数の水の弾丸に変化していく。
「食らえ」
ズドドドドドドドドドドド!!
「ギャアアアアアアアアア!」
その水の弾丸をまるでマシンガンのように連射して、魔獣達に撃ち込んだ。
「す、すごい……」
カナリアはその光景に唖然としていた。
しばらくして、弾丸の雨が止むと、魔獣達は戦闘不能状態になっていた。弱っているというより、ほぼ死んでいるようなものであるが。
「なんか、私の出番、なくなっちゃった感じ?」
「いえ、死んだら消失するはずなので、まだ死んではいません。しっかり仕留めますよ」
「は、はいっ!」
カナリアはその威厳から、思わず敬語になった。
そこからはもう、魔獣達を殺すのは簡単だった。
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「ガッ」
「――よし、これで最後ね」
カナリアとクレアは最後の魔獣を仕留めた。クレアの力もあったため、ほんの数分で片付いてしまった。
「ところで、魔獣達をここに召喚した首謀者がいるはずなのですが、何か知りませんか?」
「えっ、この魔獣達って自分から来たわけじゃないってこと?」
「ええ、魔獣は主に森林で生活しています。そのため、このような街の中心部に自然に出没するわけがないんです」
「つまり犯人がいると……でも、そんな人、私は見てないなぁ」
どうやら、この事件は自然に起こったものではなく、人為的なものらしい。しかし、カナリアは首謀者らしき人物に心当たりはない。
「そうですか……しかし、そのうち見つかるでしょうから、まずは住民の方々の安全を確認しに行きましょう」
「うん、そうだね。みんな怪我してないといいけど」
カナリアがひと段落ついたことで、胸を撫で下ろした。しかし、ホッとしたのも束の間、その出来事は起こった。
突如カナリアとクレアの後方から一筋の光が迫り来る。
「――ッ! 伏せて!」
「わっ、何!?」
それにいち早く気づいたのはクレアだった。そして咄嗟にカナリアの服を引っ張り、転ばせる。
ビュゥン!
その光は凄まじい勢いと熱を放ち、カナリアの頭上を突っ切った。
カナリアはクレアに服を引っ張られなければ、光に当たり、おそらく即死だったろう。
「敵です! 後ろ! 剣を抜いて!」
「て、敵!?」
そしてカナリアは立ち上がると同時に剣を引き抜き、クレアと同じ、後方を向く。
コツコツコツと足音が響くのが聞こえてきた。その足音はどんどんこちらに近づいてくる。
「来ますよ」
「うんっ」
現場にこれまでにない緊張感が生まれる。
そして、影からその人物が姿を現した。
「あなたは……」
金髪の男だ。見た目は二十代の男、服装はタキシードに白いマントを被っている。一見すると、柔らかな目つきをしているが、その奥には途轍もない冷酷さと残虐性を宿していた。
「やあ、初めましてだね。君たちとここで出会ったのも、運命の導きってやつかな」
そう言いながらその男はカナリア達に近づいてきた。
「これ以上近づかないでください。さっき攻撃を放ってきたのはあなたですよね。そして魔獣騒動も」
クレアが手を前に出し、魔法を繰り出す素振りをする。
「ひどいなあ、僕は君たちに敵対するつもりなんてこれっぽっちもないのに。まあさっき攻撃したのは僕だけど、魔獣と見間違えただけさ。それに、魔獣騒動は僕の仕業じゃない」
しかし、威嚇しても彼は止まろうとしない。
「止まれって、言ってるでしょ!」
バシュ! バシュ!
クレアは忠告を聞こうとしない金髪男に怒りの攻撃を放つ。
「ふふーん」
男はクレアが攻撃魔法を放つと、奇妙な顔つきで微笑んだ。
そして――、
シュッ
クレアの攻撃魔法が当たる直前、なんと彼は姿を消したのだ。
「なにっ」
「へっ? ど、どこいったの?」
これにはカナリアとクレアも動揺を隠せない。カナリアは立ち去ったのかと、そう思った。
しかし、クレアにはわかった。まだ気配が消えてない。まだ、奴はいると。
(まだ立ち去っていない……どこだ? どこから攻撃を仕掛けて……)
そのとき
「隙ってのは……」
「――ッ!?」
「警戒すればするほど、生まれるものなんだよねえ」
トンッ
「ガハッ」
金髪男は突然クレアの真横に姿を現し、首を慣れた手つきでトンと叩いた。
その一撃でクレアは意識を失ってしまった。
「く、クレアちゃん!」
カナリアはクレアの近くに這いつくばる。
「全く、僕の言葉を聞かず攻撃するのが悪いんだよ。敵対心はないって言ってるのに」
「あなたは……あなたは一体、何者、なの」
カナリアがすぐ隣にいる金髪男に、怒りが交じった震えた声で質問する。
「随分と怒ってるようだね。まあ仕方ない。突然現れて、突然仲間を気絶させちゃったんだからね。じゃあ、お詫びとして特別に教えてあげよう」
「僕の名は『スネイル・ランズ・ライドレア』。覚えずらいだろうから、スネイルとそう呼んでくれ」
「――ッ。それで、あなたの立場は」
「ああ、それもか。説明するのが結構難しいんだけどね。まあ簡単に言うと」
彼の口から飛び出してきたのは想像を遥かに超える回答だった。
「僕はニーハル様直属、『七晶傑』の一人、『閃光の遣い・スネイル』だ」
「え……いま、ニーハルって」
「ああ、そういったさ。ニーハル様は僕の上司だからね」
ニーハルとは、アルネブが言っていたこの世界を創り出した本人であり、自分達の宿敵だ。
カナリアは驚きと恐怖の感情が同時に襲いかかってきて、固まってしまった。
「その表情から見るに、さてはニーハル様のことを知っているんだな」
しかし、彼はカナリアには興味がないようだった。
「ふん、まあいい、僕の目的は君なんかじゃない」
「な、何を言って……」
そして、スネイルは指をさし、
「その子だよ、確か名前は『クレアちゃん』だっけか。その子を、僕に渡してもらいたいんだ」
「―――」
何を言ってるんだこいつはと、カナリアは思った。それと同時に彼女が敵組織の手に渡ってしまったら、いずれまずいことになる、と第六感で感じ取った。
「――絶対に、渡さない。渡してやらないんだから!」
そしてカナリアは気絶したクレアの体を力強く抱きしめた。
「はあ、まあそうなると思ってたよ。君は見るからに頑固そうな性格だ」
するとカナリアはクレアの体を建物の壁に寄りかからせた。
「ん? 何をしてるのかな」
そして、立ち上がってスネイルの方を向き、剣を引き抜いた。
「まさか、僕を追い払おうとしてるわけ? ぷっ、あっはははは! 笑っちゃうね! その子よりも弱いはずの君が僕を跳ね除けようとしてるわけだ。傑作だな!」
スネイルはカナリアを笑いものにした。
「黙れ! お前に、この子は渡さない! だから、私は負けない!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
そして、カナリアは全身全霊でスネイルに突撃した。クレアは渡さない、渡してはならないとその一心で。
「ふうん。威勢だけはいいわけだ。でもね……」
するとスネイルは不敵な笑みを浮かべ、自分の指をカナリアに向けた。その指先は不気味な光を放っている。
そして、その指をちょいっと上に突き上げた。
ザシュッ!!
「――え?」
次の刹那、カナリアの右腕が宙を浮かんでいた。
「あっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
カナリアはその場に倒れ込んでのたうち回った。
「相手を知らず、自分の力を過信して突っ込んでくるからこんなことになるんだ」
「ぐう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!」
カナリアは涙を流しながらスネイルを下から睨みつける。
「まあ、さっきも言った通り、君に用はないから、僕の寛容さに免じて生かしといてあげよう」
そして、スネイルはのたうち回るカナリアを横目に壁に寄りかかるクレアの近くにいった。
そして、彼はポケットから何かを取り出した。水晶だ。その水晶をクレアに近づけた。すると、
ピカーッ
クレアの首飾りの宝石がその水晶と共鳴して、光出したのだ。
「ははっ、やっぱり、あの方の予測は正しかったというわけか。流石としか言いようがないな」
彼は何か確信したような気味悪い笑みを浮かべた。
そして、クレアを肩に抱えて、立ち上がった。
「ああでも、もしまた僕に挑んできたら、そのときは君を容赦なく殺す。それだけは覚えておくんだね」
カナリアに忠告を吐き捨てたスネイルは、クレアを抱え、裏路地の方へ歩き出した。
「まっ……ま、て……」
カナリアが必死に声を絞り出す。しかし、それは彼に届いていない。
すると、カナリアは肩に抱えられているクレアが目に入った。
クレアは僅かに目が開いていた。完全に意識を失ってはいなかったのだ。
そして、彼女は手のひらをこちらに向けた。その手は優しい黄緑色に光っていた。
「く、クレア……ちゃん」
なんとクレアは朦朧とする意識の中で、魔法を繰り出そうとしていた。
「ヒー……リン、グ……」
シュゥン
クレアが繰り出した魔法は治癒魔法だ。それをカナリアの千切れた腕と出血点に放ったのだ。
(腕が……治っていく)
その魔法の効果は絶大だった。滝のように流れていた血が止まり、千切れて、転がっていた腕が自らの意思でカナリアのところへ移動し、体へ繋がったのだ。
「は……あは……」
そして、彼女は安心するかのような表情をして、微笑んだ。
コクッ
魔法を使ったためか、クレアはスネイルの肩の中で完全に意識を失ってしまった。
「クレアちゃんっ……」
カナリアは涙を流した。喪失感と、憎しみの涙を流した。
徐々に、クレアが見えなくなっていく。
徐々に、足音が遠ざかっていく。
徐々に、意識が遠のいていく。
頬に一滴、雨粒がかかる。
その日の天気は、土砂降りであった。




