第二話 英雄の名前
僕は将来、―――になりたいです!
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「ーーーん…? な、なんだ……ここ……」
気絶させられてからしばらく経ったあと、剣斗は目を覚ました。
しかし、目に入ってきた光景はさっきまでいた裏路地ではなく、全く見覚えがない近未来風の部屋だった。その部屋は巨大なモニターが目の前にあり、絶え間なく電子音が鳴っていた。
(俺、寝てた……いや、気絶させられてたのか。一体なんで……)
気絶させられた理由などは全くわからなかった。心当たりがなかったからである。
この世界に来てから、誰かに恨まれるようなことは一切していない。一瞬、情報屋エルメスの仕業かと思ったが、彼があの裏路地まで追いかけて来れるとは到底考えられなかった。するとーーー、
「目が覚めましたか」
一人の男の声がした。
「え…? あっ」
剣斗が声のした方向に目を向けると、仮面をつけた男が一人立っていた。
(だ、誰だ? この人…)
困惑した表情をした。無理もないだろう。突然謎の部屋で目を覚まし、突然謎の人物に話しかけられたのだから。
「ふっ…」
そのとき、男は微笑み、こう呟いた。
「ようこそ。お待ちしておりましたよ」
「アサヒ・ツルギ」
その男が呼んだ名前は『朝日名剣斗』ではない、別人の名前だった。
「は…? な、何言ってるんだあんた…。俺の名前は『朝日名剣斗』だぞ」
「ええ、もちろん、そのことは十分承知です」
「じゃあなんで、その名前を…そんな名前で呼ぶんだよ」
「『アサヒ・ツルギ』というのは、この世界でいうと……そうですね、いわば、コードネームのようなものです。『朝日名』から『アサヒ』を、『剣斗』から『ツルギ』を取って作った名前です。ですので、この世界で自分を名乗るときは、この名前を使っていただきます」
どうやら、この世界では『アサヒ・ツルギ』として過ごさないといけないらしい。
「なるほどな。そういうことならしょうがない。ところで――」
「あんたは、何者だ?」
剣斗は鋭い目つきで仮面の男を睨む。
「いきなり俺の前に現れて、自己紹介もなしって、流石に怪しすぎるぜ」
すると男がまたもや微笑み、言葉を返す。
「ふっ、そうでしたね。私としたことが忘れておりました。申し訳ありません」
「私の名は、『アルネブ・ボルケニス』この世界を壊す者ーーー」
「え?」
剣斗はどこか引っかかった。
「どうかされましたか? もしかしてまだ知りたいことが…」
「いや、名前はもう知ったからいいんだけどよ」
「『世界を壊す者』ってどういうことだ?」
剣斗は『世界を壊す者』という言葉がどうにも腑に落ちなかった。
「ああ、そういうことですか。…では、自己紹介のついでに、今回あなたをこの世界に連れてきた理由もお話ししましょう」
そのとき、剣斗は少しの胸騒ぎを感じ取った。
「この世界に連れてきた…ってことは、あんたが俺を異世界に連れてきた。そういうことだな」
「ええ、その通りです」
この世界に剣斗を召喚したのは、アルネブだった。そして、アルネブはその理由について話す。
「私が、あなたをこの世界に連れてきた理由……
それは、他でもない」
「あなたに、この世界を破壊するための協力をしていただきたいからですーーー」
「は……は?」
剣斗はアルネブの口から出た言葉をすぐには理解できなかった。いや、理解はしていたが、理解するのを脳が拒んだ、と言う方が正しいだろう。
「な…何言ってるんだあんた…この世界を壊すって…」
「もちろん、そのままの意味です。」
「『この世界を壊す』そのためだけに私は生きているのですから」
アルネブは剣斗にこの世界を破壊しようとする理由を淡々と話す。
「この世界は、とある人物によって創られた理想だったはずの世界です。夢の中の、皆の理想郷になるはずだった…しかし、その計画は上手くいかずその人物は堕落し、暴走してしまいました」
剣斗は拳を握りしめ、下を向いたまま話を聞いていたーー。
「その結果、彼は現実世界と完全に隔離されたこの、『イデラル・ワールド』を創り出し、日々悪事を働いています」
「そのため、私はあなたに協力をしていただ…」
「ざっけんじゃねぇ!!」
剣斗は突然怒号をあげた。
「いきなり転生させといて、世界を壊せとか、意味わかんねぇよ! 俺は英雄になりたいんだよ! なりたかったんだよ! この世界に来て、英雄に…英雄になるはずだったのに! なんでぶっ壊さないといけないんだよ!」
アルネブは表情を変えず、じっくりとツルギの話を聞いていた。
「英雄になれば名誉名声を手に入れて、人にも認められる! 今までの自分と、人生と、おさらばできると思ったのに! せっかく来た、生まれ変われるはずの世界を壊す『英雄』なんて…」
「俺が…俺がなりたい英雄はそんなんじゃないんだよ……」
剣斗はその場に泣き崩れた。
そして、アルネブはゆっくりと口を開いた。
「…では、質問を変えます」
「『アサヒ・ツルギ』。あなたにとって、『英雄』とはどういうものなのですか?」
グスッ
「へ?」
「あなたの目には、『英雄』は、どのように写っているのですか?」
剣斗はその質問にすぐには答えられなかった。
「ーーそ、それは…みんなに称えられて、あと…有名人になって、それで……」
「私は」
アルネブが力強い声で剣斗の弱々しい意見を断ち切る。
「『英雄』とは、そのような、軽薄なものではないと思います」
「え…」
剣斗は言葉が詰まる。
「英雄は…たくさんいます。世界を救い、人々に大いなる幸福をもたらした『英雄』、日常の小さな喧嘩を仲裁した『英雄』、迷子の子供を親の元へ送り届けた『英雄』、落とし物を拾ってあげた『英雄』…」
「つまり、『英雄』の境界線はないということです。ただ、ひとつだけ言えることは…」
「全て、誰かに感謝されてる。それが共通点であることです」
「あっ」
剣斗はハッとした。
「では、ここであなたに問います」
「あなたは、名誉が在らずとも、誰かのために、皆のために、『感謝』される…そんな『英雄』になりたかったのではありませんかーーー」
「ッーーー」
そのとき、剣斗の脳内にある記憶が鮮明に映し出されたーーー。
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『はーい、皆さん、席に座ってー』
(あぁ、これは…小学生の時の記憶か…)
(懐かしいなぁ…小学生…これは確か、小五の時か…
この時の先生は優しかったなぁ…)
『今日は皆さんに、将来の夢についてスピーチをしてもらいます。スピーチの原稿は書いてきましたかー?』
『はーい』
(ふふっ、本当に、この時は楽しかったな)
剣斗が微笑みながらその光景を眺めていると、一人の少年が声を上げた。
『せんせーい、俺、書いてくるの忘れたー』
(あっ、こいつは…昔の俺か)
その少年は小学五年生の剣斗だった。するとーー。
『ギャハハ! 何してるんだよ剣斗!』
『これ夏休みの宿題だったじゃねぇか。まあお前がちゃんとしてくるとは思ってなかったけどなー』
剣斗の発言でクラス中が笑いに包まれた。
(そういえば、この時の俺は結構ヤンチャな奴だったな…今じゃ考えられないけど)
輝いていた時の自分を見て、剣斗は少し自分のことを見直した。
『全く、本当に面倒な子ね。剣斗君は』
先生は笑いながら剣斗に話しかける。
『じゃあ、アドリブで発表できる?』
剣斗は出席番号が一番前だったため、最初の発表だった。
『おう! 任せとけって、先生』
そして、剣斗はアドリブで将来の夢について語り始めたーー。
『えー、僕の名前は朝日名剣斗です。好きな食べ物は…えーっと…焼き肉で、嫌いな食べ物はピーマンです』
(いやいや、自己紹介じゃないんだから食べ物の話いらないだろ…)
剣斗は幼き頃の自分の言動に思わず顔を赤らめた。
すると、先生が横から小さな声で助言をする。
『ちょっと、剣斗君。スピーチだから好きな食べ物とかの話はいらないのよ』
『えっ、そうなの?』
剣斗も小さい声で応答する。そして、もう一度気を取り直して話し始める、
『えーっと…それじゃあ、これから僕の将来の夢を発表したいと思います』
『んー…将来の夢といっても、やっぱ悩むなぁ…』
アドリブでも大丈夫だと自信満々に言った剣斗でも、いざ、将来のことを話そうとするとやはり悩む。
『うーん……』
『あっ、そうだ!』
剣斗は何か思いついたようだった。そして、人差し指を上に立てた。
『僕は将来、みんなの英雄になりたいです!!』
その声が教室中に響き渡った瞬間クラス中が一瞬静まり返る。そして、一瞬の沈黙が大きな笑いの渦に変わる。先生も少し笑っていた。
『もー、みんな笑わないでよー』
剣斗が恥ずかしがり、下を向く。
(みんなの前で何言ってるんだよこいつは…小学生の俺ってこんなんだったのか…)
側から見てる剣斗もこの様子を見てるのが辛くなってきた。
『はいはい、みんな笑わないの。剣斗君も真剣にスピーチをしてるんだから、みんなも真剣に、剣斗君の話を聞こうね』
先生が一言、注意をしてくれたおかげで、再び皆の注目が剣斗に向かった。
そして、剣斗は大きく息を吸い、話を再開する。
『僕は英雄になりたいって、そう言ったけど、大金持ちの暴君とか、自分勝手でただ名誉のために動く人とか、そんな英雄には、絶対になりたくありません』
「あっ」
幼き自分の話を聞いていた剣斗はその言葉に驚かされた。そして、その少年のスピーチは続く。
『お母さんから言われた言葉があるんです』
『「いつか、理想の未来に出逢うために、いつか出逢う誰かのために、感謝される人になりなさい。ありがとうの一言だけで人は変われるから」とーー』
『僕は、理想の未来とか、そのような言葉の意味はあまりわかっていません。でも、人生においてとても大切なことだってのはわかります』
『なぜなら、「ありがとうで人は変われる」。それは自分が一番よくわかっていることだからです』
その少年の言葉を聞いた瞬間、剣斗は忘れかけていた記憶を思い出した。
友達にわからない問題の解き方を教えた記憶ーー。
小さい子供にお菓子を分け与えてあげた記憶ーー。
道案内をしてあげた記憶ーー。
困っている誰かに手を差し伸べた記憶ーー。
そして、その全ての記憶に、「ありがとう」の言葉が必ず付いていた記憶ーーー。
『だから僕は、誰かのために、いつか出逢う誰かを後悔させないように、「ありがとう」ってそう言われる「英雄」になりたいーーー』
「ッーーーー」
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「はっ」
剣斗は記憶の世界から戻ってきた。そして、目の前に相変わらずアルネブが立っている。
「何か、思い出しましたか。アサヒ・ツルギ」
アルネブがすかさず話しかける。
剣斗はその場で少し思考を巡らせ、ある質問を投げる。
「ーーなあ、アルネブさん」
「なんでしょうか」
剣斗は真剣な眼差しでアルネブを見た。
「俺がこの世界を壊して、救われる人はいるのかな? 『ありがとう』って、そう言ってくれる人は…いるのかな?」
「ーーはい、必ずいます。私が、保証しましょう」
アルネブははっきりとそう答えた。
その言葉を聞いた剣斗は、安堵したかのような、決心したかのような表情を浮かべた。
(この問いの答えは、小さい頃の俺がずっと、心の中に持ってたんだな)
そして、アサヒ・ツルギはその場に力強く立ち上がったーー。
「ーーなら、俺の覚悟は決まったよ……いや、『決まりました』」
その一人の男は『朝日名剣斗』ではなく『アサヒ・ツルギ』として英雄になる。その覚悟が決まった、そんな表情をしていた。
アルネブはそれを見て全てを悟ったかのように微笑む。
「では、あなたは、この計画に協力してくださるのですね」
「はい」
ツルギは堂々たる面構えで頷いた。
その目には大いなる覚悟と揺るぎない誓いが宿っていた。
(俺が救う。たとえ、英雄の名前が『朝日名剣斗』じゃないとしても。誰の心に残らないとしても)
「俺が、この世界を―――」
「壊してやる」




