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第二話 英雄の名前


 僕は将来、―――になりたいです!





*************************


 

 「ーーーん…? な、なんだ……ここ……」


 気絶させられてからしばらく経ったあと、剣斗は目を覚ました。

 しかし、目に入ってきた光景はさっきまでいた裏路地ではなく、全く見覚えがない近未来風の部屋だった。その部屋は巨大なモニターが目の前にあり、絶え間なく電子音が鳴っていた。

 

 (俺、寝てた……いや、気絶させられてたのか。一体なんで……)

 

 気絶させられた理由などは全くわからなかった。心当たりがなかったからである。

 この世界に来てから、誰かに恨まれるようなことは一切していない。一瞬、情報屋エルメスの仕業かと思ったが、彼があの裏路地まで追いかけて来れるとは到底考えられなかった。するとーーー、


 

 「目が覚めましたか」

 一人の男の声がした。

 

 「え…? あっ」


 剣斗が声のした方向に目を向けると、仮面をつけた男が一人立っていた。


 (だ、誰だ? この人…)

 困惑した表情をした。無理もないだろう。突然謎の部屋で目を覚まし、突然謎の人物に話しかけられたのだから。

 

 「ふっ…」

 そのとき、男は微笑み、こう呟いた。


 「ようこそ。お待ちしておりましたよ」

 「アサヒ・ツルギ」


 その男が呼んだ名前は『朝日名剣斗』ではない、別人の名前だった。


 「は…? な、何言ってるんだあんた…。俺の名前は『朝日名剣斗』だぞ」


 「ええ、もちろん、そのことは十分承知です」


 「じゃあなんで、その名前を…そんな名前で呼ぶんだよ」


 「『アサヒ・ツルギ』というのは、この世界でいうと……そうですね、いわば、コードネームのようなものです。『朝日名』から『アサヒ』を、『剣斗』から『ツルギ』を取って作った名前です。ですので、この世界で自分を名乗るときは、この名前を使っていただきます」


 どうやら、この世界では『アサヒ・ツルギ』として過ごさないといけないらしい。


 「なるほどな。そういうことならしょうがない。ところで――」

 「あんたは、何者だ?」


 剣斗は鋭い目つきで仮面の男を睨む。


 「いきなり俺の前に現れて、自己紹介もなしって、流石に怪しすぎるぜ」


 すると男がまたもや微笑み、言葉を返す。


 「ふっ、そうでしたね。私としたことが忘れておりました。申し訳ありません」



 「私の名は、『アルネブ・ボルケニス』こ(・)の(・)世(・)界(・)を(・)壊(・)す(・)者(・)ーーー」



 「え?」

 剣斗はどこか引っかかった。

 

 「どうかされましたか? もしかしてまだ知りたいことが…」

 「いや、名前はもう知ったからいいんだけどよ」


 「『世界を壊す者』ってどういうことだ?」

 剣斗は『世界を壊す者』という言葉がどうにも腑に落ちなかった。

 

 「ああ、そういうことですか。…では、自己紹介のついでに、今回あなたをこの世界に連れてきた理由もお話ししましょう」


 そのとき、剣斗は少しの胸騒ぎを感じ取った。

 

 「この世界に連れてきた…ってことは、あんたが俺を異世界に連れてきた。そういうことだな」

 

 「ええ、その通りです」


 この世界に剣斗を召喚したのは、アルネブだった。そして、アルネブはその理由について話す。



 「私が、あなたをこの世界に連れてきた理由……

それは、他でもない」


 「あなたに、この世界を破壊するための協力をしていただきたいからですーーー」

  


 「は……は?」

 剣斗はアルネブの口から出た言葉をすぐには理解できなかった。いや、理解はしていたが、理解するのを脳が拒んだ、と言う方が正しいだろう。


 「な…何言ってるんだあんた…この世界を壊すって…」


 「もちろん、そのままの意味です。」

 「『この世界を壊す』そのためだけに私は生きているのですから」


 アルネブは剣斗にこの世界を破壊しようとする理由を淡々と話す。



 「この世界は、とある人物によって創られた理想だったはずの世界です。夢の中の、皆(・)の(・)理(・)想(・)郷(・)になるはずだった…しかし、その計画は上手くいかずその人物は堕落し、暴走してしまいました」


 剣斗は拳を握りしめ、下を向いたまま話を聞いていたーー。


 「その結果、彼は現実世界と完全に隔離されたこの、『イデラル・ワールド』を創り出し、日々悪事を働いています」


 「そのため、私はあなたに協力をしていただ…」

 「ざっけんじゃねぇ!!」


 剣斗は突然怒号をあげた。

 

 

 「いきなり転生させといて、世界を壊せとか、意味わかんねぇよ! 俺は英雄になりたいんだよ! なりたかったんだよ! この世界に来て、英雄に…英雄になるはずだったのに! なんでぶっ壊さないといけないんだよ!」


 アルネブは表情を変えず、じっくりとツルギの話を聞いていた。


 「英雄になれば名誉名声を手に入れて、人にも認められる! 今までの自分と、人生と、おさらばできると思ったのに! せっかく来た、生まれ変われるはずの世界を壊す『英雄』なんて…」


 「俺が…俺がなりたい英雄はそんなんじゃないんだよ……」



 剣斗はその場に泣き崩れた。 

 そして、アルネブはゆっくりと口を開いた。


 「…では、質問を変えます」


 「『アサヒ・ツルギ』。あなたにとって、『英雄』とはどういうものなのですか?」


 グスッ

 「へ?」

 

 「あなたの目には、『英雄』は、どのように写っているのですか?」


 剣斗はその質問にすぐには答えられなかった。


 「ーーそ、それは…みんなに称えられて、あと…有名人になって、それで……」

 

 「私は」

 アルネブが力強い声で剣斗の弱々しい意見を断ち切る。


 「『英雄』とは、そのような、軽薄なものではないと思います」


 「え…」

 剣斗は言葉が詰まる。



 「英雄は…たくさんいます。世界を救い、人々に大いなる幸福をもたらした『英雄』、日常の小さな喧嘩を仲裁した『英雄』、迷子の子供を親の元へ送り届けた『英雄』、落とし物を拾ってあげた『英雄』…」


 「つまり、『英雄』の境界線はないということです。ただ、ひとつだけ言えることは…」


 「全て、誰かに感謝されてる。それが共通点であることです」


 「あっ」

 剣斗はハッとした。


 「では、ここであなたに問います」

 


 「あなたは、名誉が在らずとも、誰かのために、皆のために、『感謝』される…そんな『英雄』になりたかったのではありませんかーーー」


 「ッーーー」

 そのとき、剣斗の脳内にある記憶が鮮明に映し出されたーーー。




*************************

 

 『はーい、皆さん、席に座ってー』


 (あぁ、これは…小学生の時の記憶か…)

 (懐かしいなぁ…小学生…これは確か、小五の時か…

この時の先生は優しかったなぁ…)


 『今日は皆さんに、将来の夢についてスピーチをしてもらいます。スピーチの原稿は書いてきましたかー?』


 『はーい』


 (ふふっ、本当に、この時は楽しかったな)

 剣斗が微笑みながらその光景を眺めていると、一人の少年が声を上げた。


 『せんせーい、俺、書いてくるの忘れたー』


 (あっ、こいつは…昔の俺か)

 その少年は小学五年生の剣斗だった。するとーー。

 

 『ギャハハ! 何してるんだよ剣斗!』

 『これ夏休みの宿題だったじゃねぇか。まあお前がちゃんとしてくるとは思ってなかったけどなー』


 剣斗の発言でクラス中が笑いに包まれた。

 

 (そういえば、この時の俺は結構ヤンチャな奴だったな…今じゃ考えられないけど)

 

 輝いていた時の自分を見て、剣斗は少し自分のことを見直した。

 

 『全く、本当に面倒な子ね。剣斗君は』

 先生は笑いながら剣斗に話しかける。


 『じゃあ、アドリブで発表できる?』


 剣斗は出席番号が一番前だったため、最初の発表だった。

 

 『おう! 任せとけって、先生』


 そして、剣斗はアドリブで将来の夢について語り始めたーー。



 『えー、僕の名前は朝日名剣斗です。好きな食べ物は…えーっと…焼き肉で、嫌いな食べ物はピーマンです』

 

 (いやいや、自己紹介じゃないんだから食べ物の話いらないだろ…)

 剣斗は幼き頃の自分の言動に思わず顔を赤らめた。


 すると、先生が横から小さな声で助言をする。

 

 『ちょっと、剣斗君。スピーチだから好きな食べ物とかの話はいらないのよ』


 『えっ、そうなの?』

 剣斗も小さい声で応答する。そして、もう一度気を取り直して話し始める、


 『えーっと…それじゃあ、これから僕の将来の夢を発表したいと思います』

 

 『んー…将来の夢といっても、やっぱ悩むなぁ…』

 アドリブでも大丈夫だと自信満々に言った剣斗でも、いざ、将来のことを話そうとするとやはり悩む。

 

 『うーん……』

 『あっ、そうだ!』

 

 剣斗は何か思いついたようだった。そして、人差し指を上に立てた。



 『僕は将来、みんなの英雄になりたいです!!』

 

 その声が教室中に響き渡った瞬間クラス中が一瞬静まり返る。そして、一瞬の沈黙が大きな笑いの渦に変わる。先生も少し笑っていた。

 

 『もー、みんな笑わないでよー』

 剣斗が恥ずかしがり、下を向く。

 

 (みんなの前で何言ってるんだよこいつは…小学生の俺ってこんなんだったのか…)

 側から見てる剣斗もこの様子を見てるのが辛くなってきた。


 『はいはい、みんな笑わないの。剣斗君も真剣にスピーチをしてるんだから、みんなも真剣に、剣斗君の話を聞こうね』

 先生が一言、注意をしてくれたおかげで、再び皆の注目が剣斗に向かった。

 

 そして、剣斗は大きく息を吸い、話を再開する。

 


 『僕は英雄になりたいって、そう言ったけど、大金持ちの暴君とか、自分勝手でただ名誉のために動く人とか、そんな英雄には、絶対になりたくありません』

 

 「あっ」

 幼き自分の話を聞いていた剣斗はその言葉に驚かされた。そして、その少年のスピーチは続く。


 『お母さんから言われた言葉があるんです』

 

 『「いつか、理想の未来に出逢うために、いつか出逢う誰かのために、感謝される人になりなさい。ありがとうの一言だけで人は変われるから」とーー』


 『僕は、理想の未来とか、そのような言葉の意味はあまりわかっていません。でも、人生においてとても大切なことだってのはわかります』



 『なぜなら、「ありがとうで人は変われる」。それは自分が一番よくわかっていることだからです』


 その少年の言葉を聞いた瞬間、剣斗は忘れかけていた記憶を思い出した。


 友達にわからない問題の解き方を教えた記憶ーー。

 小さい子供にお菓子を分け与えてあげた記憶ーー。

 道案内をしてあげた記憶ーー。

 困っている誰かに手を差し伸べた記憶ーー。


 そして、その全ての記憶に、「ありがとう」の言葉が必ず付いていた記憶ーーー。



 『だから僕は、誰かのために、いつか出逢う誰かを後悔させないように、「ありがとう」ってそう言われる「英雄」になりたいーーー』

 

 「ッーーーー」





*************************

 


 「はっ」

 剣斗は記憶の世界から戻ってきた。そして、目の前に相変わらずアルネブが立っている。

 

 「何か、思い出しましたか。アサヒ・ツルギ」

 アルネブがすかさず話しかける。

 

 剣斗はその場で少し思考を巡らせ、ある質問を投げる。


 「ーーなあ、アルネブさん」

 「なんでしょうか」


 剣斗は真剣な眼差しでアルネブを見た。


 「俺がこの世界を壊して、救われる人はいるのかな? 『ありがとう』って、そう言ってくれる人は…いるのかな?」

 

 「ーーはい、必ずいます。私が、保証しましょう」

 アルネブははっきりとそう答えた。


 その言葉を聞いた剣斗は、安堵したかのような、決心したかのような表情を浮かべた。

 

 (この問いの答えは、小さい頃の俺がずっと、心の中に持ってたんだな)

 


 そして、アサヒ・ツルギはその場に力強く立ち上がったーー。

 

 「ーーなら、俺の覚悟は決まったよ……いや、『決まりました』」


 その一人の男は『朝日名剣斗』ではなく『アサヒ・ツルギ』として英雄になる。その覚悟が決まった、そんな表情をしていた。


 アルネブはそれを見て全てを悟ったかのように微笑む。


 「では、あなたは、この計画に協力してくださるのですね」

 

 「はい」

 ツルギは堂々たる面構えで頷いた。


 その目には大いなる覚悟と揺るぎない誓いが宿っていた。

 

 (俺が救う。たとえ、英雄の名前が『朝日名剣斗』じゃないとしても。誰の心に残らないとしても)

 

 「俺が、この世界を―――」

  

 「壊してやる」

 

 



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