第十話 呪縛
「――ルギ」
「ツルギ!」
「うわああっ! あれ……みんな。なんで俺ベッドに?」
ツルギが目を開けると、視界には焦った様子のアレイシスとフォーティンスがいた。
そして自らの体はベッドに寝かされている。
「よかった、目が覚めたか」
「俺……何してたんだ?」
「カナリアの手を握ったまま、気絶してしまったんだよ。でも、すぐ目を覚ましてくれて安心した」
「そうだったのか……」
どうやら、カナリアの手を握った瞬間、気絶したらしい。
しかし、皆の反応を見るに、そこまで時間は経っていないようだった。
「ったく、心配かけさせやがって。こいつと同じことになるのかと思ったわ」
「すまんな、心配かけちまって」
ツルギは二人にぺこりと頭を下げた。
それと同時に気がかりなことが頭をよぎる。
(――あの感覚は、夢じゃなかった。一体何なんだ)
あの現象は、一体何だったのか。
あれは自分が見た幻だったのか。
もしや、カナリアの魂が自分に訴えかけてきたのか。
(あるいはもっと、別の何か……)
しかし、考えていても仕方がない。何にせよ、ツルギ達はまだ聞かなければいけないことが沢山ある。
そしてツルギはよっこいしょとベッドから立ち上がり、眠っているカナリアと再び向き合った。
しかし先ほどとは違い、彼女の目は開いていない。
「カナリア、絶対にみんなでまたご飯食いに行こうな。それまで、待っててくれ」
そう言い残して、ツルギ達は治療室を出た。
―――
「――終わりましたか」
「はい」
ツルギ達が部屋から出ると、アルネブが廊下の壁に寄りかかっていた。
「ところでツルギさん、体調の方は大丈夫ですか?」
「あっ、はい。心配をおかけして申し訳ありません」
どうやらアルネブもツルギを介抱してくれたようだった。ツルギは感謝で頭が上がらない。
しかし、ツルギは尋ねたいことが一つだけあった。
「……あの、アルネブさん。聞きたいことがあるんですが」
「何でしょうか」
――
「――なるほど、謎の空間でカナリアさんに出会ったと……」
「はい。でも、カナリアは俺のことを認識できていませんでした。どうやら顔が隠れて見えるようで」
ツルギはあのときの現象について詳しく話した。
カナリアの精神体であろうものに出会ったこと、
彼女には自分を認識できないこと、
やけに親近感があった空間だったことなど、色々だ。
それを聞いたアルネブは顎に手を当て、心当たりがないか考える。しかし、
「……申し訳ありません。私も、そのようなケースに出会したことがなく」
「そうですか……」
ツルギは残念そうな顔をした。
「しかし後々分かることでしょうから、心配はいらないと思いますよ」
「アルネブさん……」
アルネブがツルギに対して励ましの言葉を投げかける。
「そうですね。俺、少し悩みすぎなのかもしれません」
その言葉を聞いたアルネブは、微笑みを浮かべた。
しかしその後すぐ厳格な表情になった。
「ではカナリアさんとの面会が終わったということで、お伝えしたとおり昨日起こった出来事の詳細を説明しようと思います」
―――
「まず、このような出来事が起こってしまった原因についてですが、君たちが存じているかどうか、確認させてください」
このような悲劇の原因、ツルギは一つだけ、心当たりがあった。
「住民の人から聞いたんですけど、魔獣の大群が襲ってきたって。もしかしてそれが原因ですか?」
しかしアルネブは予想外の言葉を口にする。
「それは、半分当たりで半分間違いです」
「え、どういうことですか?」
「確かに、魔獣の目撃情報はありました。ツルギさん達が熊と衝突したのと同様に、カナリアさん達もまた、魔獣と相対したのでしょう」
「しかし、普通は市街地に魔獣、しかも大群が押し寄せることは、限りなくゼロに近い、ありえないことなんです」
ツルギ達は「うんうん」と頷きながら話を聞く。
「そして、目撃情報によると魔獣は数十匹程だったそうです。そのくらいなら、私の助手一人で対処可能です」
「あっ」
ツルギは驚いた。まさかあの、可愛らしい少女が一匹でも討伐困難な魔獣を、たった一人でしかも何匹も倒せるなんて。
「これは私の見解なのですが、魔獣をおびき寄せた、あるいは召喚した人物がいると考えます」
「確かに、そう考えるのが妥当ですね」
アレイシスが反応を示した。それにアルネブは頷く。
「おそらく、何者かが街に魔物を一斉に解き放ち、混乱を引き起こしたのでしょう。そしてその人物が、カナリアさん達を襲い、助手を攫った」
「なるほど……」
何とも鋭い洞察力だ。それは考察が得意のアレイシスでさえ驚くほどだった。
「しかし、その人物の正体は明らかになっていません。そのため、君たちにも調査に協力してもらいたい」
「あったりめえだ! そのクソ野郎をぶっ倒せるなら、なんだってするぜ」
「僕も、同意見です。アルネブ様に報いなければ」
アレイシスとフォーティンスが威勢の良い返事をした。それに続いて、
「俺も、協力したいです! 二人を絶対に救いたいから!」
ツルギは胸に拳を当てて、強い意志を示した。
その意思はツルギだって、他二人だって変わらない。
「ありがとうございます。感謝を」
アルネブは深く頭を下げ、感謝を示した。
「では、これで解散ということでよろしいで……」
「あっ、あの」
「ん? なんでしょうか」
話を締め括りそうなアルネブをツルギは呼び止めた。
一つだけ、どうしても聞きたいことがあったからだ。
「助手さんの名前を、教えてほしいです。その……探すときに、役立つと思うので」
「彼女の名前……ですか……」
質問を聞いたアルネブは下を向き、何か躊躇っているようであった。
(何か聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか)
それを見たツルギは、アルネブの気に障ってしまったのかと心配になった。
「……なぜ、彼女の名前を言うことをそこまで躊躇うのでしょうか?」
見かねたアレイシスが思ったことを質問する。
するとアルネブは大きく息を吐いた。
「自分の名前を隠してくれと、彼女に口止めされてましてね。しかしこのような状況ですから、やはり話す他ないでしょう」
「彼女の名前は、『クレア・リミブル』と言います。私のたった一人の一番の助手です」
「クレアさんですか、いい名前ですね」
ツルギはその名を褒めた。
少なくとも、アルネブの励ましになると思いながら。
アルネブの表情が少し柔らかくなった気がした。
名前を聞いて話は終わると思っていたが、アルネブが「しかし」と言葉を続けた。
「クレアについてですが、彼女はただの助手ではありません」
「え? それってどういう……」
するとアルネブは目を瞑って少し考えるような仕草をした。
そして何かを決心したようだった。
「彼女は……呪いに、囚われているんですよ」
そしてアルネブは、少なくとも彼自身が知る限りのクレアの過去を話し始めた。
――
「クレア・リミブル。彼女はリミブルード族という魔族の一人の生まれたばかりの子供でした」
「彼女は民族の集落で、楽しく満足した生活を送っていました」
「しかし、十七年前のある日、その出来事は起こってしまいました」
「……その、出来事というのは?」
ツルギが震えた声で問いかける。
「戦争です」
「――ッ」
「リミブルード族は、長年、危険な民族であると、差別を受けてきました。特に、リミブルード族特有の水色の髪の毛と、深緑の瞳の色には死の呪いがかかっていると、他民族の間で言い伝えられてきました」
するとアルネブの眉間にシワが寄り始めた。
「そのリミブルード族を根絶やしにしてやろうと、他民族が結集し、襲撃を決行しました」
「リミブルード族の家を魔法で焼き尽くし、人々は惨殺。特に呪いの象徴であった髪の毛を燃やしたり、瞳を潰したりしていたそうです……」
アルネブが歯を食いしばり、拳を強く握り、怒りに耐えるようにそう言った。
「……他民族側でも多少の犠牲者は出ましたが、結果として、リミブルード族の息の根は途絶えてしまいました」
「その戦争の翌日、出来事を知った私は集落の跡地に赴きました」
「家が焼き尽くされ、自然豊かであったろう草花も、塵と化していました。道には原型を留めていない遺体が至る所に転がっていました」
「私はそれを見て、思わず吐いてしまいました。それほどまでに酷い惨状だったのです」
「すると、遠くの方から赤ん坊の泣き声が聞こえました。もちろん私はそれを聞き逃しません」
「声のする方向に向かい、家の瓦礫を退かすと、一人のリミブルード族の赤ん坊がそこにいました」
「その赤ん坊こそが、クレア・リミブルです」
「しかし、ただそこにいた訳ではありませんでした」
「なんと彼女の手に乗せてあった水晶が、光の壁を創り出し、彼女の体を瓦礫から守っていたのです」
「これには私も驚きました。そして私が手を近づけると、水晶は光を出すのを止めてくれました」
「私は彼女を抱き上げ、涙を流しながら、決心しました」
「必ず、この子を守り抜くと、そして生きていることを後悔させるまいと――」
――
「――以上が、私が知る限りの彼女の全てです」
「……」
ツルギ達は最後まで黙って話を聞いていた。
(そんなことがあったのか……あの、可愛い少女に)
あの可憐な容姿の裏に、悲惨な過去が隠れていた。
その事実に、ただ驚くことと、悲しむことしかできなかった。
「申し訳ありません、このような話を聞かせてしまい」
アルネブは深々と申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、いいんですよ。こっちこそ、話を聞かせてくれてありがとうございます」
ツルギ達も頭を下げた。
(カナリア、クレアちゃん。絶対助けてやるからな)
それと同時に心に誓った。必ず救い出してみせると。
「では、話が終わったので出口までお送りしましょう」
ツルギ達はアルネブの案内で基地の出入り口に向かった。
―――
「では、皆さんお気をつけて」
「はい。そういえば、あと何日この世界に居れるんでしたっけ」
ツルギ達は大騒動もあり、あと何日ここにいられるか忘れてしまったようだ。
「今日は二日目なので、今日も含めるとあと七日ですかね」
「まだ一日しか経っていないんですね。なんか体感時間が長すぎて、もう一週間くらい経っているみたいです」
ツルギがふと言葉を漏らした。
実感がなかったのだ。今まで生きてきて、こんなに時間が長く感じたのは初めてだった。
「そんなの、俺だってアレイシスだって同じだぜ」
するとフォーティンスがツルギの肩を後ろからポンと叩く。
「ああ、そうだな」
そのとき、ツルギは実感した。
仲間がいるのだと、自分一人ではないのだと。
ツルギは涙が出そうだったが、グッと堪えた。
「じゃあ、行ってきます」
「はい、健闘を祈ります」
歩き出したツルギ達にアルネブは祈った。
どうかこれ以上不幸が起きませんように、と。
そしてツルギ達はアルネブに見送られ、街に繰り出すのであった。




