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第8話 長老猫の「大吉」とは

この家に来た吾輩が、最初にご挨拶をした猫がいた。


この家の長老猫、大吉さんである。


年齢は、およそ十五歳。


猫の世界では、立派なおじいちゃんだ。


白いひげを揺らしながら、ゆっくり歩く姿には貫禄があり、この家の誰もが大吉さんには一目置いていた。


初めて吾輩が近づいたときも、大吉さんは慌てることなく、静かに吾輩の顔を見つめた。


挿絵(By みてみん)


「お前さん、新入りだな」


そう言っているような、優しい目だった。


実は大吉さんも、この家で生まれた猫ではない。


今から十五年ほど前、一つの出来事がきっかけで、この家の家族になったのだという。


当時、ご主人の家には、すでに三匹の猫が暮らしていた。


ヒマラヤンの華ちゃん。


茶トラの小鉄君。


そして、初代ヒマラヤンの太郎君。


三匹の猫たちに囲まれ、毎日にぎやかに暮らしていたある日のことだった。


ご主人の次男さんの友達が、一匹の小さな子猫を連れて訪ねてきた。


「〇〇君の家って、猫をたくさん飼っているよね」


「もう一匹だけ、飼えないかな」


事情を聞くと、その子猫は小学校の校門の前に置かれていた段ボール箱の中で見つかったという。


箱には、一枚の紙が貼られていた。


「この猫を飼ってください」


その段ボール箱の中には、まだ目もあどけない小さな子猫が、一匹だけ入っていたそうだ。


その友達は最初、自分で育てるつもりだった。


哺乳瓶を買い、子猫用のミルクも用意した。


そして、名前まで付けていた。


「チャッピー」


挿絵(By みてみん)


しかし、お世話をしようとしていたものの、家庭の事情で飼い続けることが難しくなってしまった。


そこで思い出したのが、ご主人の家だった。


猫好きな家なら、この子を幸せにしてくれるかもしれない。


そんな願いを込めて、相談にやって来たのである。


ご主人一家は、しばらく話し合った。


すでに三匹の猫がいる。


もう一匹迎えるというのは、決して簡単な決断ではなかった。


それでも、段ボール箱に置き去りにされていた子猫の話を聞くと、


「この子を見捨てることはできない」


家族全員の気持ちは一つになった。


こうしてチャッピーは、この家の四匹目の猫として迎えられることになった。


しかし、ご主人は新しい名前を考えた。


「この子が来てから、家に良いことが続くように」


そんな願いを込めて付けられた名前が、


「大吉」


だった。


ご主人の家には、昔から不思議な決まりがあったらしい。


犬には「ラッキー」や「ジョン」のようなカタカナの名前。


猫には「太郎」や「虎次郎」のような漢字の名前。


そんな家族の決まりごとから、この小さな子猫は「大吉」と名付けられたのである。


大吉さんがこの家へ来たときは、まだ生まれて数日ほど。


目も見えず、自分でうんちをすることさえできない、本当の赤ちゃんだった。


ご主人は、哺乳瓶を何度も大吉さんの口元へ運んだ。


「ほら、大吉。飲むんだ」


ところが、生まれたばかりの大吉さんは、哺乳瓶の乳首をうまく吸うことができない。


「困ったな……」


ご主人は部屋の中を見回した。


「何か代わりになるものはないかな……」


その時だった。


テーブルの上に置いてあった、小さな容器が目に留まった。


コンタクトレンズの洗浄に使っていた容器だった。


「これなら使えるかもしれない」


ご主人は容器をきれいに洗い、子猫用のミルクを吸い込ませた。


そしてスポイトのように使い、大吉さんの口元へ少しずつミルクを押し出してみた。


一滴。


また一滴。


すると――。


大吉さんの小さな舌が、ぺろりと動いた。


「飲んだ!」


家族全員が、思わず笑顔になった。


それから約二週間。


ご主人は夜中でも、大吉さんがお腹を空かせて鳴けば起きてミルクを飲ませた。


何度も、何度も。


小さな命を絶やさないように。


大吉さんは、ご主人の手によって命をつないだ猫だったのである。


だからなのだろうか。


十五年という長い年月が過ぎても、大吉さんにとってご主人は、ただの「飼い主」ではなかったのかもしれない。


父親であり――。


もしかすると、母親でもあったのかもしれない。


そんな大吉さんが、今、吾輩の目の前にいる。


白いひげを揺らしながら、吾輩をじっと見つめている。


吾輩は、この時まだ知らなかった。


この優しそうなおじいちゃん猫が、のちに吾輩たちを巻き込む「大事件」の主役になることを――。



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