第7話 初めての健康診断
吾輩は、生まれて初めて動物病院へ行くことになった。
猫用のケージに入れられて、車に乗る。
この家の猫たちは、病院へ行く途中になると、
「ニャー、ニャー」
と寂しそうに鳴くらしい。
ところが、吾輩は違った。
鳴きもしない。
暴れもしない。
ただ静かにケージの中に座り、窓の外を流れる景色を眺めていた。
「太郎は本当に落ち着いているね」
ご主人は何度も感心していた。
後になって分かったことだが、あの時の吾輩は、落ち着いていたのではない。
あまりにも怖くて、声さえ出せなかったのである。
今では病院へ向かう車の中で、ずっと、
「ニャー、ニャー」
と鳴き続けるのだから、自分でも少し情けない。
しばらくして、車はいつもお世話になっている動物病院へ到着した。
受付では新しい診察券を作ってもらい、待合室で順番を待つ。
周りには、犬や猫がたくさんいた。
小さな犬は緊張した様子で飼い主に抱かれ、大きな犬は尻尾を振りながら歩いている。
猫たちはみんな、不安そうな表情でケージの中から外を見つめていた。
吾輩も初めて見る光景だった。
「世の中には、こんなにたくさん仲間がいるのか」
興味津々であちこちを眺めているうちに、数十分が過ぎた。
「太郎ちゃん、どうぞ」
いよいよ吾輩の番である。
診察室へ入ると、院長先生は吾輩を見るなり目を丸くした。
「おお、大きなヒマラヤンですね」
院長先生は、吾輩を保護するときに捕獲器を貸してくださった先生だった。
そのため、これまでの経緯はすべてご存じだった。
先生は優しく吾輩を抱き上げ、そのまま体重計へ乗せた。
表示された数字は――
**五・〇キログラム。**
ご主人は思わず先生に尋ねた。
「先生、普通の猫は何歳くらいで五キロになるんですか?」
先生は笑いながら答えた。
「ほとんどの猫は、五キロにはなりませんよ」
そして、吾輩の体を見ながら続けた。
「この子は立派な体格ですね。太っているというより、骨格がしっかりしています。健康そうですよ」
吾輩は少し誇らしい気分になった。
その後、耳の中、目、口の中、心臓の音、お腹の様子などを丁寧に診てもらった。
どこを触られても、吾輩はじっとしていた。
「この子、おとなしいですね」
看護師さんも驚いている。
そして院長先生は、首のあたりを調べながらご主人に言った。
「マイクロチップは入っていませんね」
これで、飼い猫として登録されていた可能性は低いことが分かった。
さらに先生は、吾輩の顔を見つめながら微笑んだ。
「最近では、ヒマラヤンを見かけることが本当に少なくなりました。この子は毛質も少し珍しいですね」
先生は吾輩の毛を優しく撫でながら続けた。
「普通のヒマラヤンほど毛は長くありませんが、顔立ちは間違いなくヒマラヤンです」
ご主人は安心したようにうなずいた。
「やっぱり、この子を保護して良かった」
その言葉の意味を、吾輩はまだよく分かっていなかった。
けれど、なぜか胸の奥が少しだけ温かくなった。
健康診断は無事に終わり、吾輩は正式にこの家の猫として歩き始めた。
しかし、本当の試練はこれからだった。
この家には、十五年間、この家族を見守り続けてきた一匹の長老猫がいた。
その名は――
**大吉。**
吾輩と大吉さんとの出会いが、ここから始まるのである。
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