表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/10

第3話 空腹

吾輩が逃げ込んだ古い建物には、一匹の先住猫が暮らしていた。


挿絵(By みてみん)


小柄で、おとなしいキジトラのメス猫。


名前は姫ちゃん。


姫ちゃんは吾輩を見ると驚く様子もなく、ゆっくりと近づいてきた。


「あなた、見かけない顔ね。」


「昨日、この町へ来たばかりなんだ。」


吾輩は事情を話した。


車で連れて来られ、知らない町に置き去りにされたこと。


一晩、側溝の中で震えながら過ごしたこと。


姫ちゃんは黙って最後まで聞いてくれた。


「ここにいてもいい?」


恐る恐る尋ねると、姫ちゃんは優しく微笑んだ。


「もちろん。でもね……。」


少し困った顔をして続けた。


「ここには食べ物がないの。」


その言葉を聞いた瞬間、吾輩のお腹が、


「ぐぅーっ。」


と大きく鳴った。


そういえば、昨日の夜から何も食べていない。


今まで当たり前のように食べていたご飯が、どれほどありがたいものだったのか、初めて気付いた。


「姫ちゃんは、どうやってご飯を食べているの?」


吾輩が尋ねると、姫ちゃんは建物の外を見つめながら答えた。


「少し先にね、野良猫たちにご飯を出してくれる優しい家があるの。」


その言葉を聞いただけで、吾輩のお腹はさらに鳴った。


「じゃあ、すぐ行こう!」


思わず立ち上がる吾輩を見て、姫ちゃんは首を横に振る。


「まだ駄目よ。」


「どうして?」


「昼間は車も人も多いから危ないの。暗くなってから一緒に行こう。」


吾輩は素直にうなずいた。


それまでの間、古い建物の隅で体を丸め、眠ることにした。


眠っている間も、お腹の虫は何度も鳴き続けていた。


やがて空が赤く染まり、辺りはゆっくりと夜になった。


「行こう。」


姫ちゃんの一声で、吾輩たちは建物を出た。


車の数は昼より少なくなっていたが、それでも大きな道路を走る車は恐ろしかった。


二匹は道路を素早く渡り、側溝の中へ飛び降りる。


冷たいコンクリートの中を、しばらく走る。


やがて大きな施設の駐車場の側溝へ入り、さらに奥へ進んでいく。


しばらくすると、姫ちゃんは軽やかに側溝から飛び出した。


吾輩も慌てて後を追う。


姫ちゃんについて歩いて行くと、一軒の家の勝手口の前で立ち止まった。


その時、勝手口の扉が開いた。


一人のご主人が笑顔で声を掛ける。


「姫ちゃん、こんばんは。」


姫ちゃんは慣れた様子で近寄り、ご主人が置いたご飯を美味しそうに食べ始めた。


吾輩も今すぐ飛びつきたかった。


しかし、見知らぬ人から食べ物をもらって、本当に大丈夫なのだろうか。


そんな不安が頭をよぎる。


吾輩は少し離れた暗がりから、その様子をじっと見つめていた。


すると家の中から女性の声が聞こえてきた。


「あなた、狸がいるわよ!」


どうやら吾輩を狸と間違えたらしい。


「狸?」


吾輩は思わず自分のしっぽを見た。


こんな立派なヒマラヤンを狸と間違えるなんて失礼だ。


そう思ったものの、お腹は正直だった。


姫ちゃんが食事を終えると、ご主人は吾輩のいる方へゆっくり歩いてきた。


手には新しいご飯のお皿を持っている。


「ほら、お前も食べな。」


優しい声だった。


それでも吾輩は怖くなり、とっさに後ろへ飛び退いてしまう。


ご主人は何も言わず、お皿を静かに地面へ置くと、そのまま家の中へ戻っていった。


辺りは静まり返る。


お腹が鳴る。


美味しそうな匂いが風に乗って漂ってくる。


気が付けば、吾輩の足は自然とお皿の方へ向かっていた。


一口。


もう一口。


夢中になって食べ続ける。


挿絵(By みてみん)



今まで食べたどんなご飯よりも美味しかった。


それは、ご飯の味ではなかった。


見ず知らずの一匹の猫に向けられた、人の優しさの味だったのである。


※続きが気になる方は、ブックマークをお願いします(=^・^=)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ