第14話 お姫様猫の福ちゃん
吾輩がこの家に来る数年前、一匹の小さな三毛猫がこの家の家族になった。
その猫が、福ちゃんである。
以前のお話でも紹介したが、福ちゃんは銀君と一緒に、「まる」という雄猫に連れられて、この家の勝手口へやって来た。まだ生後一、二か月ほどの小さな子猫だった。
この家へ来たばかりの福ちゃんの体には、たくさんのノミがいたそうだ。
それを見つけたお母ちゃんは、小さな福ちゃんを膝の上に乗せ、一匹ずつ丁寧にノミを取ってあげた。全部取り終わる頃には、夜もすっかり遅くなっていたという。
吾輩は、その話を聞いて、ふと思った。
「福ちゃん、一緒に来た銀君もノミだらけだったんじゃないの?」
すると福ちゃんは、涼しい顔で答えた。
「知らないわよ。銀に聞けば?」
……さすが福ちゃん。
実の弟のことなのに、実にあっさりしている。
そんな福ちゃんだが、今でも抱っこはあまり好きではない。
お父ちゃんやお母ちゃんが、
「福ちゃーん、おいで」
と両手を伸ばすと、すぐに気配を察する。
「結構です」
そう言わんばかりに、するりと逃げてしまうのである。
猫というものは、首の後ろをつままれると、おとなしくなることがある。吾輩もそうだ。
ところが、福ちゃんだけは違った。
昔、お父ちゃんが福ちゃんの首の後ろをつまんだことがあったそうだ。
すると――。
「シャーッ!」
ものすごい勢いで怒ったという。
「福ちゃん、猫はここをつままれると、おとなしくなるんじゃないの?」
吾輩が聞くと、福ちゃんは吾輩をじろりと見た。
「太郎。私は私よ」
「……なるほど」
「それに、勝手に首をつままないでほしいわ」
「はい……」
吾輩は、それ以上聞くのをやめた。
お姫様を怒らせると面倒なのである。
そんな福ちゃんには、もう一つ、吾輩が絶対にかなわないものがある。
足の速さだ。
吾輩だって猫である。走るのは決して遅い方ではない。
ところが、福ちゃんと廊下で追いかけっこをすると、まるで勝負にならない。
「待てー、福ちゃん!」
「太郎、遅いわよ!」
福ちゃんは廊下をものすごい勢いで走っていく。
そして問題は、直角に曲がる時である。
吾輩の場合――。
ザザザザッ!
肉球の間から伸びた毛が床で滑り、体を斜めにしながら何とか曲がる。
ところが福ちゃんは違う。
ダダダダッ!
正面の壁へ向かって、そのまま突っ込んでいく。
「福ちゃん! 壁!」
吾輩が叫んだ次の瞬間――。
バン!
福ちゃんは正面の壁を後ろ足で蹴り、その反動を使って直角に方向転換する。
「な、なんだ今のは……」
吾輩が呆然としている間に、福ちゃんはもう廊下の向こう側にいる。
「太郎。猫なら、このくらいできるでしょ?」
「できるか!」
少なくとも吾輩には無理である。
そんな運動神経抜群の福ちゃんだから、体もほっそりしている。
それに比べて、吾輩はというと――。
よく食べる。
福ちゃんは、お姫様らしく小食である。
一度に食べるフレークの量は、吾輩の五分の一くらいしかない。
ある日のこと。あまりにも少ないので、吾輩は聞いてみた。
「福ちゃん、それっぽっちのご飯で、お腹空かないの?」
「空かないわよ」
「吾輩なら、その五倍は食べられるぞ」
「知ってるわ」
「もっと食べた方がいいんじゃないか?」
福ちゃんは吾輩のお腹をちらりと見た。
そして、一言。
「太った猫は不細工よ」
「…………」
吾輩は自分のお腹を見た。
この家へ来た時、吾輩の体重は五キロだった。
それが気が付けば――。
七キロ。
二キロも増えている。
「福ちゃん」
「何?」
「吾輩は太っているのか?」
「聞かないと分からないの?」
「……」
「七キロでしょ?」
「……はい」
「立派なデブ猫ね」
「…………」
何も言い返せなかった。
最近では、どうやら猫界隈でも吾輩は「デブ猫」の仲間に入っているらしい。
失礼な話である。
吾輩としては、
「少し大きめのヒマラヤン」
くらいにしていただきたい。
そんな気の強いお姫様の福ちゃんだが、実はお父ちゃんのことが大好きである。
毎晩、吾輩と一緒にお父ちゃんのベッドで寝ている。
ただし、ここでも福ちゃんはお姫様である。
お父ちゃんは以前、吾輩たちのために丸い猫用の布団を買ってくれた。
ふかふかで、体を丸めて寝るには最高の布団だ。
ところが――。
毎晩、福ちゃんが占領している。
「福ちゃん、今日は吾輩にも貸してくれない?」
「嫌よ」
「一日くらいいいだろ?」
「私の布団よ」
「お父ちゃんは吾輩たちのために買ったと言っていたぞ」
「でも、いつも寝ているのは私よ」
「吾輩も寝てみたい」
「太郎には、あっちがあるでしょ」
福ちゃんが目で示した先には――。
お父ちゃんの人間用の枕。
「これか?」
「太郎、いつもそこで寝てるじゃない」
「これは人間用だぞ」
「ちょうどいいじゃない。大きいんだから」
「何が大きいんだ?」
福ちゃんは吾輩のお腹をちらりと見た。
「…………」
吾輩は、それ以上聞かないことにした。
こうして毎晩、福ちゃんは猫用のふかふか布団。
吾輩は、お父ちゃんと同じ人間用の枕。
どう考えても納得がいかない。
しかし、福ちゃんが気持ち良さそうに丸くなって眠っている姿を見ると、
「まあ、いいか」
と思ってしまう吾輩なのである。
抱っこは嫌い。
気が強い。
走れば誰よりも速い。
ご飯は少ししか食べない。
そして、寝る場所には誰よりもうるさい。
まさに、我が家のお姫様。
それが――。
福ちゃんなのである。
もっとも、吾輩に、
「デブ猫」
と言ったことだけは、まだ許していない。
……明日のフレークを少し減らそうかな。
いや。
それとこれとは、別の話である。
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