第11話 吾輩が暮らす家
この家に来て、五か月。
いつの間にか吾輩も、ご主人のことを「お父ちゃん」、奥さんのことを「お母ちゃん」と呼ぶようになっていた。
もう吾輩も、この家の家族なのだから。
だから、これからはそう呼ばせてもらおうと思う。
毎日同じ場所でご飯を食べ、同じ場所で昼寝をしていたが、ある日ふと思った。
「そういえば、吾輩はこの家のことを、まだ何も知らない」
家族になったのだから、自分が暮らす家くらい知っておかなくてはならない。
そう思った吾輩は、一人で家の探検を始めることにした。
まず向かったのは、家の中で一番広い場所。
人間たちは「リビング」と呼んでいる。
そこには大きなソファがあり、大吉さんは朝から夕方まで、その上で気持ち良さそうに寝転んでいる。
まるで、この家の王様である。
リビングの隣には、「キッチン」という場所がある。
ここは吾輩が毎朝と夕方、ご飯をいただく大切な場所である。
広々としたオープンキッチンでは、毎日お母ちゃんが家族のために美味しそうな料理を作っている。
人間のご飯は、とてもいい匂いがする。
けれど残念ながら、吾輩たちの口には入らない。
リビングの前へ出ると、大きなウッドデッキが広がっている。
ここは吾輩のお気に入りの場所だ。
大吉さん、福ちゃん、銀君、そして吾輩。
晴れた日には四匹並んで日向ぼっこをし、そのまま昼寝をする。
春には、暖かい風が吹く。
夏になると、お父ちゃんが育てたゴーヤがグリーンカーテンを作り、木陰のような涼しさを運んでくれる。
そこへ遊びに来るのが、セミやカマキリたちだ。
吾輩にとっては、大切な遊び友達である。
ある日、大きなセミを捕まえた吾輩は、少し自慢したくなった。
「お母ちゃん、見て! 見て!」
そう言わんばかりに、セミを口にくわえて見せに行った。
すると――。
「きゃー!」
お母ちゃんは大きな悲鳴を上げ、一目散に逃げていった。
どうやら、人間はセミを見ると喜ぶわけではないらしい。
猫の世界は、なかなか人間には理解できないのである。
休日になると、お父ちゃん一家はウッドデッキで「バーベキュー」という楽しそうな催しを開く。
お肉の焼ける香りが、辺りいっぱいに漂う。
吾輩たちはテーブルの下を何度もうろうろする。
「今度こそ、何か落ちてくるかもしれない」
そう期待するのだが、結局いつも何ももらえない。
世の中とは、なかなか厳しいものである。
ある日から、お父ちゃんは庭に小鳥の餌をまくようになった。
すると、スズメの家族やヤマガラの夫婦、ハトの夫婦まで遊びに来るようになった。
みんな楽しそうに餌をついばんでいる。
それをウッドデッキから眺めるのも、吾輩たちの日課になった。
もっとも、銀君だけは違う。
鳥を見るたびに目を輝かせ、今にも飛び出していきそうになる。
ある日のことだった。
ウッドデッキを囲うネットの隙間を見つけた銀君は、するりと外へ飛び出してしまった。
「銀君!」
お父ちゃんとお母ちゃんが、慌てて追いかける。
しかし、本人はどこ吹く風。
庭を楽しそうに走り回っている。
そんな追いかけっこが、この家では時々繰り広げられているのである。
夜になると、それぞれお気に入りの寝場所へ向かう。
吾輩は、お父ちゃんの寝室。
人間の枕に頭をのせ、人間と同じような格好で眠るのがお気に入りだ。
もっとも、寝相の悪い吾輩は、朝にはとんでもない格好で寝ていることも珍しくない。
福ちゃんは、窓とカーテンの間。
銀君は、お母ちゃんの部屋で眠る。
……いや。
眠ると言っても、銀君はお母ちゃんをゆっくり寝かせてはくれない。
枕元に置かれたテレビやエアコンのリモコンを落としたり、高い場所からお母ちゃんのお腹の上へ飛び降りたり。
それでも起きなければ、また何かをやらかす。
お母ちゃんは毎朝、
「今日も寝不足よ……」
と苦笑いしているそうだ。
この家には、もう一つ部屋がある。
そこでは、おじいちゃんが静かに暮らしている。
人間たちは、この家を「3LDKの平屋」と呼んでいるらしい。
吾輩には少し難しい言葉だが、とても住み心地の良い家であることだけは間違いない。
リビング。
キッチン。
ウッドデッキ。
そして、それぞれのお気に入りの寝場所。
五か月かけて、吾輩はようやくこの家のことが分かってきた。
ここは、もう知らない人間の家ではない。
吾輩の家なのだ。
しかし――。
そんな平和な我が家で、まさかあんな大事件が起こるとは、この時の吾輩はまだ知らなかった。
その事件の中心にいたのは――。
やはり、銀君だったのである。
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