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第10話 福ちゃんと銀君

吾輩がまだ、この家へ来るずっと前のお話である。


ご主人の家の勝手口には、毎晩、野良猫たちのためのご飯が置かれていた。


お腹を空かせた猫たちは、その匂いに誘われるように、一匹、また一匹と姿を現す。


その中に、一匹だけ、家族みんなが顔を覚えている猫がいた。


丸い顔に、少し短い耳。


がっしりとした体つきのキジトラの雄猫。


みんなから「まる」と呼ばれていた。


まるは、この近くで暮らしていた猫ではない。


交通量の多い広い道路を渡り、危険を承知で毎晩ここまでやって来る。


それでも、一度も姿を見せなかった日はなかったという。


そんな、ある冬の深夜だった。


勝手口の前に現れたまるの様子が、いつもと違っていた。


ご主人が扉を開けると、まるは鳴きもせず、じっとその場に座っている。


「どうした、まる?」


ご主人が声をかけた、その時だった。


まるの後ろから、小さな影が二つ、よちよちと姿を現した。


生後一、二か月ほどの小さな姉弟猫だった。


まだ母猫のお乳が恋しい年頃で、歩く足取りもおぼつかない。


それでも二匹は、必死にまるの後をついて来たのである。


「お前、この子たちを連れてきたのか?」


母猫の姿は、どこにもなかった。


何があったのかは誰にも分からない。


けれど、まるはたった一匹で、二匹の子猫を守り続けていた。


しかし、父猫だけで小さな子猫を育てるには、限界があったのだろう。


交通量の少なくなる深夜を待ち、この家まで二匹を連れて来たのである。


まるは知っていたのかもしれない。


ここへ来れば、ご飯があることを。


そして――。


この家の人たちなら、二匹を助けてくれることを。


ご主人は急いで、子猫でも食べられるフレークを用意した。


「ほら、お食べ。」


姉弟は、お皿に顔を近づけると夢中になって食べ始めた。


挿絵(By みてみん)


口の周りを汚しながら、一生懸命に食べる。


その姿があまりにも愛らしく、ご主人一家は思わず笑顔になったという。


ところが、まるは食べようとしなかった。


いつもなら真っ先にご飯を食べるはずなのに、その日は二匹のそばに座り、黙って見守っていた。


そして――。


二匹がお腹いっぱいになったことを確かめると、まるは静かに立ち上がった。


一度だけ、二匹を見る。


そして、ご主人の顔を見る。


「この子たちを、どうかお願いします。」


そんな声が聞こえてきそうな、優しい目だった。


まるはゆっくりと勝手口を離れていった。


そして、最後にもう一度だけ振り返ると、夜の闇の中へ静かに消えていった。


その日以来――。


まるが再び、この家へ姿を見せることはなかった。


残されたのは、小さな二匹の姉弟猫。


ご主人夫婦は相談した。


「この子たち、どうしようか。」


「まだ、こんなに小さいし……。」


二人の答えが出るまで、それほど時間はかからなかった。


「うちの子にしよう。」


こうして二匹は、この家の新しい家族になったのである。


姉猫は「福ちゃん」。


弟猫は「銀君」と名付けられた。


福ちゃんには、


この家に、たくさんの福が訪れますように。


そんな願いを込めて。


銀君は、光の加減によって銀色にも見える毛並みをしていた。


それを見た奥さんが、


「この子は銀君がいいね。」


そう言って名付けたそうだ。


こうして福ちゃんと銀君の、新しい生活が始まった。


二匹は本当の兄妹らしく、いつも寄り添って暮らした。


遊ぶ時も。


ご飯を食べる時も。


眠る時も。


どんな時でも一緒だった。


しかし――。


この時、ご主人夫婦はまだ知らなかった。


この可愛らしい二匹が成長すると、とんでもなく個性的な猫になっていくことを。


福ちゃんには、誰にも譲れない「お姫様気質」が。


そして銀君には、後に「マイケル」と呼ばれることになるほどの、とんでもない才能が隠されていたのである。


その話は、また次のお話である。


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