災厄
指示の全てを聞いていたリタは、保護したカートナの森の連中を自陣奥へ逃がしつつ、布陣を始めた。
眷族と黒狼の臭いで位置は明確だ。
既にニルヴァーナから委ねられた第一ステージの植物眷族を配置につかせている。
「援軍は?」
「手配しているが……戦闘が始まる方が早いだろう」
黒狼族長は苦々しく返した。
一瞬だけ、リタは戦線構築を後ろにずらすべきか迷った。だが、すぐに首を横に振る。
《相手の情報も見抜けてて、戦術も充分。ここで対処する。国境をみすみす侵させてたまるか!》
リタは眷族たちに命令しつつ、木上へ陣取る。ニルヴァーナに従い、相手と距離を置いて戦うつもりだ。
狙いは、機動力の排除。
相手は知性の欠片も感じない。ただ、団子になってゆらゆらと迫ってくるだけだ。
「どこの馬の骨か知らないけど……敵なら容赦はしないっ」
リタは静かに命令を下した。
ゾンビどもが無防備に足を踏み入れた瞬間、罠が発動する。瞬時に足元から無数のトゲがたっぷりついたツタがゾンビの下半身を拘束する。
だが、ゾンビはお構いなしと強引に進もうとあがく。
「……──今っ!」
容赦なく、リタはつがえていた矢を放つ。暴風を伴う矢は、過たずゾンビの下半身を穿った。
呼応して、眷族たちも矢を放ち、次々とゾンビの下半身を奪っていく。威力はリタよりも劣るが、行動不能にさせるには十分だった。
だが、ゾンビはそれでもこちらを目指してくる。意思などないはずなのに、執念めいた気迫を感じる。
「参謀殿、右から!」
「援護するわ」
喉にしめかかってくるような恐怖を押し殺し、リタは黒狼族長の動きに合わせる。さすがに訓練されているだけあって、黒狼の動きも鋭い。
ほとんど音もなく忍び寄り、一斉に黒狼がゾンビに襲いかかる。
鋭い爪と牙で、ゾンビどもの全身を破壊し、動けなくさせた。しかも長居はしない。一撃を加えると、さっと離脱した。
仕留めきれなかったゾンビへは、リタが腐食性の毒を仕込んだ爪を撃ち込み、追撃を許さない。
「ルガアアアアっ!」
色めき立ったのは、無事なゾンビだ。
獲物を見つけたとばかりに、ゾンビは荒々しく走ってくる。だが、阻むように植物のツタがゾンビの足を捉え、転倒させる。
そこへ、リタとリタの眷族が雨のように矢を放つ。
その間に、また黒狼が準備を整え、奇襲。
それを断続的に繰り返し、ゾンビはあっさりと駆逐された。
戦力差は5倍近かったが、こちらの犠牲はゼロだった。完全な戦術の勝利だ。
全滅させて、リタはふうと息をはく。念のため周囲を探知するが、敵影はなく、追手もいない。とりあえずの安全は確保された。
「主様、敵は全滅させました。第二波はありません」
『分かった。一応周囲を警戒させておこう。もう少しで到着するから、リタたちは保護した人物のところへ』
「はい、承知しました」
即答してから、リタは保護した人物……防人の魔女のもとへ向かった。
眷族によって、彼女たちは魔力の花粉を放つ花のエリアで保護され、手当てを受けている。報告によると、重傷だが、外傷よりも魔力枯渇の方が心配だったからだ。
《これは……新たな戦の予感だな》
正直、今の状態での厄介事は避けたい。
ダークロウの森も、ランタンの森も、準備の途中段階だ。充分ではない。
《部隊再編を急ぐ必要がある、か》
脳内で順序を組み立てつつ、リタは保護領域に到着する。その一軍は、魔女を中心として、大人しく一塊になり、治療を受けていた。
無傷なものなどいない。
見た目からして、昆虫の精霊だろう。ほとんどがスズメバチで、中にはトンボや甲虫も混じっている具合だ。
「大丈夫ですか?」
思わずリタは駆け寄った。
眷族たちが薬草をふんだんに使っているおかげなのか、今すぐ危険な状態はいない。リタは少しだけ安心した。
「水と食糧も手配しますから、ここで休んでくださいね」
「す、すまない……。急にやってきたにも関わらず、受け入れていただいて……こうして、魔力もふんだんに……」
「構いません。それと、お礼はどうか主様に。この取り計らいは、すべて主様によるものですから」
「そうさせていただこう」
リタと会話したのは、親衛隊長のビーだった。スズメバチの半精霊で、第三ステージに至っている。
防人の魔女の側近でもある。
強大な敵に襲われ、抵抗しつつもここまで追いやられ、逃げ込んできたらしい。
《魔女といえば、精霊王から強大な力を授かったはず。そんな存在を、こうまで追い込むなんて……》
寒気を覚え、リタは隠蔽工作することにした。眷族を使い、保護した彼らの足跡の消去だ。時間稼ぎにしかならないだろうが、やらないよりマシだ。
今は少しでも時間が欲しい。
▲▽▲▽
「はじまりは、ある使い魔の反乱でした」
沈鬱な表情で語りだしたのは、治療の終えたビーだった。
魔女は、魔女にのみ許された契約魔法を駆使することで、強力な魔物や精霊を使役できる。魔女がいる勢力が強大になる理由の一つだ。
だからこそ、ファルムもカートナの森には中々手出しできなかった。
「おそらく、誰かの罠でしょう。なんらかの干渉により、契約が反故にされたのです」
「おそろしく高度な干渉だな」
顔を強張らせるカエンタケに、ビーも頷く。
契約魔法はかなり高度な術式だ。そこに干渉できるとすれば、同じ魔女か、それ以上の存在が強引に干渉してくるしかない。
カエンタケが緊張するのも無理はない。ビーと対面式で座るニルヴァーナも、思案顔だ。
「それで?」
「その使い魔は、アンデッドを率いて反乱し、あちこちで一斉に蜂起、こちらをズタズタに寸断しつつ、魔女様を襲撃しました。必死に抵抗しましたが、抵抗むなしく……」
「壮絶な撤退戦を繰り返しながら、ここに辿り着いたのか」
「面目ない……」
項垂れるビーの肩を、ニルヴァーナは軽く叩いてなぐさめる。
ビーが悪いのではない。
だが、確認するべきことはある。ニルヴァーナは背筋にチリチリしたものを覚えていた。これは他人事、対岸の火事では済まされない事案だ。
次第によらずとも、今、国境が危うい。
「その使い魔の目的は、森の支配権か?」
「……それも一つでしょうが……」
「別の目的がある、と?」
言いにくそうな言葉を紡いで問う。
「それが……」
「《災厄》の目覚めだよ」
渋るビーの後を引き継いだのは、傍で寝かされていた魔女だった。うっすらと目をあけ、まだ息が荒い。
意識は取り戻した程度の回復状態だ。
身を起こそうとした魔女を、ビーはすぐに介助し、上半身だけを起こす。
「みっともない状態で面会する非礼を許しておくれ。私はハナ。防人の魔女として、カートナの森を治めてたものだよ」
「お久しぶりです、ハナ殿」
カエンタケが一礼すると、ハナも微笑んだ。
「息災そうで何よりだ。すまないね、厄介事を連れ込んだ」
「いえ、それよりも、《災厄》とは?」
カエンタケが問うと、ハナは表情を鋭く険しいものにさせた。
「かつて、恐怖でもって大森林を支配した精霊王だよ」
衝撃の、沈黙。
「大森林の半数が死滅する争乱を起こし、辛うじて封印された悪魔みたいなヤツさ。もう絶対に復活させてはならない」
「な、なんでそんなものを、今になって……」
「精霊王が崩御したからさ。使い魔はその《災厄》と契約し、傀儡化、凶悪な戦力で森を支配しようと企んでる」
言葉がでてこなかった。
危険にも程がある状況だ。ぞわぞわしつつも、ニルヴァーナは考えを巡らせる。
《前精霊王となれば、精霊王になる器ではあるのだろう。その《災厄》といえども。精霊王の欠片がなくとも、精霊王を名乗れる手段ということだ》
なければ奪う、のではなく、なければ生み出す、という思考からなのだろう。
「これはすぐにでも周囲に報せ、対処すべき事案ではないか?」
「そうするつもりだったんだけどね」
「……向こうに名目が?」
ファルムの一件から学んだことを口にすると、ハナは重々しく頷く。
「我らの森の北部と隣接する森……そこは神聖森林で、精霊王の子がいる。けど、その精霊王の子は幼く力も弱い。だから」
「後ろ楯になるということか」
「うん。その名目だ」
「し、しかし、いくらそんな名目があったとしても、事態が事態です。非難の方が勝るでしょう?」
カエンタケは慌てながら反論すると、ハナは何度もうなずく。
「そのまま公表したら、な。だが、相手がそれを許すか? 《災厄》が精霊王だった時代に生きていた生命体は森にいない。その魔力が分かるのは私だけだ」
「だから……あなたを始末しようとしたのか」
「じゃあ、今すぐにでも!」
「それが、向こうにも防人の魔女を名乗る輩が出現したのです。それで情報が混迷していて……」
ニルヴァーナは察した。
もし、防人の魔女がここで宣言をしても、信憑性を疑われる。むしろ、相手に開戦のきっかけさえ与えてしまう。
偽者の魔女を擁立した。成敗すべし、と。
今、ニルヴァーナはかなり際どい立場に立たされているのだ。名乗りをあげるのは、早ければ早い程いい。だが、こちらは準備がまだまだ整っていない。
欲しいのは時間。
しかし、同時に相手も優位に立っていく。
「……なるほど、な。どちらを選ぶか……」
ニルヴァーナは不敵に笑んだ。
「もう戦は始まっているということだな。いいだろう、ならば、俺は両方を選ぶ」
「両方?」
「時間と大義、その両方だ。リタ、カエンタケ。準備をしよう。我らはこれから、精霊王の子の救出へ向かう」
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