国境の異変
剣戟がそこらじゅうで鳴り響き、魔法が飛び交う。血飛沫の中、火の手があがり、できあがったばかりの死体を焼き上げていく。
血液ごと生肉が焦げる異様な臭いの中、一人の魔女が膝を屈した。大きい帽子からのぞく、とがった長い耳と、虹色にも見えるプラチナブロンド。儚げさえある翠の双眸と、人形のような美形。
──エルフ。
森の中でも強者の部類に入る種族だ。
その周囲を固めるのは、硬い装甲で守られた獰猛なフォルムの雀蜂たち。中には甲虫やトンボもいるが、明らかに劣勢だった。
ぱちぱちと火にさらされ、乾き弾ける木の音が広がる中、彼女らに迫るのは、黒い影。
ひとつではない。無数だ。
「くそ、なんでこんなところに……!」
エルフの魔女は舌打ちしつつ、掌に魔力の渦を生み出す。魔力は水の渦へと変化し、飛び出してきた黒い影に放たれて打ち落とす。
強烈な一撃を食らった影は、そのまま消える。魔女は次々と打ち落とすが、影はその数を増やしていった。
「アリー! あなた、自分が何をしているのか分かっているの!?」
「……もちろん」
悲痛な叫びともいえる訴えに、黒い影のひとつが答える。
居場所を感知した魔女は、素早く水を放つ。だが、それは割り込んできた別の影が自らを犠牲にして防ぐ。
非情な防御方法に、魔女の顔が歪む。
「はっははは。笑わせますね。それでも大森林に名を馳せる魔女の一人ですか? 情なさすぎる」
「使い魔の分際で……!」
「その使い魔から契約を強制解除され、反乱。あげく、このような事態に陥ったのはどこの誰でしょうかね」
舌鋒鋭く、影は魔女の心を抉る。
唇を噛みしめ、キツく魔女は影を睨みつけるが、影はせせら笑うだけだった。
「ふざけないで! そんなことではない! 自分が何を解放しようとしているのか、分かっているのってことよ!」
「無論」
「やめなさい! それは、精霊王が苦労して封印した……──がっ!?」
突風が巻き起こり、魔女は言葉を強制的に中断させられる。肉体全体をすくいあげられ、吹き荒れるまま、近くの木に背中から叩きつけられた。
背骨から強烈な衝撃が弾け、魔女は呻きながら地面に倒れこんだ。激痛で全身が硬直し、起き上がれない。
「弱い。弱いですねえ。所詮、精霊王のお情けで格上げされた魔女だ。加護がなければ、何一つできやしない」
「ぐっ……!」
「防人の魔女。ここで貴女は終わりだ。刮目していなさい。かつてこの大森林をその手におさめた、災厄の王の目覚めを」
▲▽▲▽
ぺらり。
一通り訓練を終えたニルヴァーナは、執務室でリタの報告通りに地図を刻んでいた。おしゃべりな微妖精からの情報も多分に取り込んでいて、自国の周辺はもちろん、大森林の様相も改めて把握する。
色分けされているのもあって、分かりやすい地図を、ニルヴァーナはひたすら睨む。
「これが現状か」
対面式で覗きこんできたのは、カエンタケとタマだ。
「うむ。現状、大森林は大きく五つに区分けできるようだな」
「精霊王が崩御した、精霊王の泉を中心とした、親精霊王派の多い中欧。クリース霊山脈の麓を中心とした、個々の独立意識が高い北欧、サリス海に面し、聖白鴎が大勢力を築きつつある西欧、鬼族の里を挟んで人里にもっとも近く、勢力の数も多い東欧、ウル大裂溝帯に面した、反精霊王派の巣窟、南欧」
現在、ニルヴァーナたちは東欧にいる。
範囲が広いのもあるが、新興勢力も多く、統治者たちの影響範囲の関係から、もっとも混沌としている。
精霊王を目指すなら、まず東欧の統一が不可欠だった。
《反面、鬼の里の情報は少ない》
ふと、ニルヴァーナは目を不機嫌に細める。
四大氏族たる、鬼。
鬼が支配する一帯は、大森林東欧の東部から人里のある平野、カレイヌ大河にまで至る。様々な種族があり、人の侵入を防ぐ防波堤である、最危険地帯。どうも微妖精たちも怖がって近寄らないのが、情報不足の原因だ。
とはいえ、ファルムの件で鬼の強さの一端は知った。現状の勢力で鬼に勝負を挑むのは現実的ではない。
《もっと俺のステージを上昇させ、もっと仲間を増やしていかねばな……最低でも、東欧は統一しないと……それと情報収集だな》
考えを巡らせていると、カエンタケが話を進めた。
「東欧でも、俺たちはこっちだ」
「東南だね」
タマの合いの手に、カエンタケは頷く。
「ああ。だから反精霊王派がやや多い。とはいえ、精霊王様の采配で親精霊王派と入り乱れていて、互いでも仲が悪いから、ごっちゃになっているようだな。互いに小競合いで、こっちを気にしてられないようだ。干渉地帯的に無支配エリアがあるから、南は大丈夫だ。東は鬼の影響をおそれて、やはり無支配エリアになっている」
「警戒すべきは、西と北か?」
「ああ。西にもいくつか勢力があるが……今は睨み合いの情勢だな。勢力拡大に余念はないから、注意は必要だ。問題は北だな。ここは、かなり勢力図が変化したようだ」
ニルヴァーナの質問に、カエンタケは地図を撫でながら唸る。
北はほぼ隣接に近い。
五つの勢力があり、一つの勢力を四つが囲っているような状態だ。中心部の勢力と隣接する勢力は親精霊王派、残りの三つは中立だ。
「こことは仲良くしておくべきだな」
立場として、ニルヴァーナも親精霊王派だ。争う理由はない。
「問題ない。カートナの森は親精霊王派として交流があるからな。何度かあったこともある。防人の魔女と呼ばれるエルフが統治者だ」
「防人の魔女?」
「大森林に存在する五人の魔女の一人だよ。かつて、森を恐怖に陥れた災厄を封印してる役目をもった方だ」
「うん! すごくつよーいひとだよ!」
タマは両手いっぱい広げた。
どうやらタマはその魔女になついているようだ。人柄も悪くないのだろう。
「ほう。ぜひとも仲間に迎え入れたいところだな」
「難しいと思うぞ。防人の魔女は封印の守護が使命だからな。封印の場所から離れるつもりはないだろう」
「むう……そうか」
不満に口を尖らせる。
「ともあれ、同盟を結ぶならさっさと動いた方がいい。西側への圧力になるし、北側への他の勢力への牽制にもなる」
「だな、じゃあその手筈で……」
ニルヴァーナの言葉が遮られる。
──キケン、キケン!! シンニュウシャ!
という、眷族からの信号により。
全員の表情が変わる。
「敵か?」
「わからん。攻撃されたわけではないが……黒狼族長」
『近くを索敵中の小隊に向かわせております。臭いの検知では、血の臭いはありますが、敵対意思はない模様ですが……』
『こちらも眷族と共に向かっています』
「リタ? 近いのか」
『はい。お任せを』
冷静なリタの声。
ニルヴァーナは任せつつも、現場へ向かうことにした。騎士団はまだ完成していない。
「俺も行こう。タマはここで待ってろ。俺の護衛をつけるから」
「うん」
ニルヴァーナとカエンタケは互いに視線をかわして頷き、執務室から飛び出す。
軽やかに木の幹を蹴って、木伝いに移動していく。ニルヴァーナは足を変化させ、さらに加速していく。カエンタケもしっかりとついてくる。
《鍛えているな》
ニルヴァーナは感心する。
密かにカエンタケの身のこなしを観察しつつ進んでいく。
『主様。侵入者の正体が判明しました。カートナの森のものです』
「カートナの森? どういうことだ」
『親衛隊と名乗る連中が、防人の魔女を連れて、保護を求めています。防人の魔女はカートナの森の女王のようですが』
とんでもない報告にニルヴァーナは混乱しそうになるが、すぐに持ち直す。
「怪我をしているのか?」
『はい。重傷のものもいます』
「わかった。保護を許可する。手当てしてやれ。薬草は好きに使っていいぞ」
『承知しました』
事件の香りを感じとりつつ、ニルヴァーナはさらに加速した。
『御主。敵の反応を確認しました』
「敵か」
『この臭い……おそらくアンデッド……ゾンビの類いかと』
黒狼族長の報告に、ニルヴァーナは眉根を寄せた。
素早く麒麟の知識からゾンビを呼び起こす。屍体だからこそ、それこそ肉体が崩壊するまで動き続ける無尽蔵に近い体力が特徴だ。攻撃に関しても肉体の破損など考えないので、破壊力はある。敏捷性も同様で、標的を見つけると見境なく全力だ。
《真正面から挑むのは危険か》
脳内でニルヴァーナは素早く戦術を組み立てる。
「数は」
『やや多く、およそ100かと。我々が12、参謀の手勢が10です。このまま正面から挑めば犠牲が考えられます』
「リタ」
『はっ』
「対処しろ。距離を置いて戦え。相手の足から潰して機動力を奪え。罠も使え。毒の使用も許可するが、腐食系以外は意味がないぞ」
『はっ』
「黒狼族長は集団で物陰から奇襲、一撃離脱を行え。正面から殴りあうな」
『承知』
的確に指示を下しつつ、ニルヴァーナは加速した。
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