領地開発
ダークロウの森は、色味の非常に濃い木々の密度が高く、鬱蒼とした背の高い草でおおわれていて、基本的に暗く、移動しにくい。
そのため、木々の間を移動する種族が大半で、例外はファルムがもたらした小鬼の群れである。
湿気も多く、爬虫類や両生類もいるが、魔物になった個体はいない。魔素がそこまで多くないからだ。
カエンタケからの情報で、元々、ダークロウの森はランタンの森と並んで、弱小の部類に入る森だった。
統治者は黒狼。
そこにファルムが入り、たった一晩で全域を支配したのだとか。
《つまり、だ》
ニルヴァーナはリタのもたらされた情報と、黒狼、小鬼、バケモノ猿の族長からの報告を並べ、咲き乱れる花の中央で考えこんでいた。
顎を撫で、無表情で。
「ダークロウの森単体での戦力、か」
筆頭はいうまでもなく、第五ステージ、精霊にまで到達したニルヴァーナ。
次に、第三ステージのリタ、黒狼族長、小鬼族長、バケモノ猿族長だ。
それぞれ配下がいる。
ニルヴァーナ直下、第二ステージの植物系兵隊が100。能力特化させた第一ステージの植物たち(自己繁殖させているので総数不明)。
リタ直下、第二ステージの植物系兵隊が30。
黒狼族長直下、第二ステージの狼系兵隊が90。
小鬼族長直下、第二ステージの小鬼系兵隊が100。
バケモノ猿直下、第二ステージの猿系兵隊が45。
バケモノ猿はファルムに駆逐されていたと思っていたが、予想よりも多く残っていた。だが、黒狼、小鬼ともにニルヴァーナとの戦いで数を大きく減らしている。
ニルヴァーナの強い影響力のため、ダークロウの森の範囲そのものは広がっているのに、勢力は落ちているというのが現状だった。
《ランタンの森をのぞけば、周囲に、すぐ敵となるような勢力はいない。だが、特別親しくもない。これは急がないとな》
同盟関係にあるランタンの森も兵力は60程度しかいなく、こちらも戦力はガタ落ちである。元々カエンタケという強い個体でもっていたのもあるが。
つまり、ニルヴァーナはランタンの森の防衛まで視野にいれなければならなかった。
「ということで、集まってもらったわけだ」
指定した時刻キッチリと、リタと族長たちが姿を見せる。
ニルヴァーナを前に、全員が跪く。
「今回呼び寄せたのは、領地運営のためだ。今のままだと周囲から圧力がやってきた場合、対処できなくなる可能性がある」
「そのようなこと……」
「言い切れるか? 確かに、ファルムは強かった。単独で集団を圧倒してきたからな。だが俺はその手法を真似るつもりはない。この森には俺より強い猛者もいるだろうし、多方面作戦を取られたらそれだけで詰む」
反駁しようとした小鬼族長を、ニルヴァーナは理路整然とやっつけた。
引き下がったタイミングで、ニルヴァーナは続ける。
「そこで、俺たちは集団的な屈強さを目指すことにした。そのために必要なのは、豊かさだ」
「「「豊かさ?」」」
リタ以外の族長が声を揃える。
「そうだ。森をもっと豊かにする。そういってもいい」
「森を……豊かに」
いまいちピンとこないのだろう、族長たちは首をひねるばかりだった。
「おそらくだが、今まで、お前たちは自分にあう環境の森、もしくはその森の環境に準じて生活をしていたのだろう。その森がもたらす恩恵そのままに」
自然に、といえば聞こえはいいが、森の恵みが少ない場合、当然制限を受ける。ダークロウの森でいえば、魔素が少ないことがそれだ。
ランタンの森と比べても、半分にも満たない。
この環境では、魂のステージをあげることは不可能だ。
「そうではなく、もっと森を豊かにする」
「豊かに。どのようにして、でしょう」
「リタ」
「はっ」
黒狼族長に問われ、ニルヴァーナは頷きながらリタを呼ぶ。心得ていたリタはすぐに立ちあがった。
「ダークロウの森の地質、水源、要素などを網羅しましたところ、土壌そのものは豊かであると思われます」
「ふむ」
「一見、目に見える大型の水源はありませんが、地下に膨大な水があり、そこから涌き出る水が豊富のため、水不足にならず、また、木々の密度が高いため、動植物の種類が豊富で、土地が肥沃であります」
「つまり、足りないのは魔素、だな?」
ニルヴァーナの確認に、リタは頷く。
「はい。森には通常、魔素間欠泉が存在しますが、ダークロウの森はその数が少なく、他の森と比べても魔素は低いです。日常生活を維持するギリギリの値ですね」
リタの説明に、族長たちも頷く。
魔素は魂のステージが上がるほど重要になる。魔物であれば、繁殖にさえ影響する。
魔素間欠泉はどういう原理で発生しているのか、現時点では解明されていない。もっとも、麒麟から与えられた知識でニルヴァーナは知っているのだが。
しかし、そんなニルヴァーナでも魔素間欠泉を産み出すことは不可能だ。
「ならば、魔素さえ満たせば、ダークロウの森は変化する、と。我々でも心地よく住める環境になるのだな?」
「はい」
「よかろう。ならば、まずはこのダークロウの森を魔素で満たす」
「そのようなこと、可能なのですか?」
「うむ」
ニルヴァーナは、パチンと指をならす。
音が波紋のように広がると、周囲に咲き乱れる花が反応した。一斉に揺れ動き、魔素のこもった花粉を放つ。
淡い光放つ花粉は、とても幻想的で、全員を感嘆させると同時に魔素を充満させた。
族長たちも気付かないはずがなく、驚愕の表情をみせた。
「これは……──!」
「俺の眷族だ。大地の恵みを魔素に変換する能力がある。欠点としては、一輪一輪、吐き出す魔素は僅かな上、集団でいる必要がある。ゆえに、一定範囲で大量繁殖させる必要がある。その場合、他の植物を寄せ付けなくなってしまう」
ニルヴァーナは淡々と語る。
「ダークロウの森は、森としてみれば豊かすぎるくらいだから、要所要所に配置すれば魔素は充分に満たされる」
おお、と族長たちから声が漏れる。
「なんと画期的な……! これならば、我らも速やかに数を増やせるようになりましょう」
「他にも、定期的に手入れしてやる必要があるから、世話係がいるな」
「それならば、我ら小鬼にお任せを」
「傍にいれば繁殖も叶うだろう。許可する」
ニルヴァーナは即決した。
現状、もっとも数を増やす能力があるのは小鬼族だ。ニルヴァーナやリタの第二ステージの兵隊は、第一ステージの植物とは異なって戦闘特化の知性生命体だ。繁殖能力は年に一回と、通常の植物並みでしかない。
黒狼も発情期は一つの季節に一度と限られているし、バケモノ猿はまず数が少ない。常に繁殖できる小鬼とは比べ物にならず、且つ、成長速度も段違いだ。
《小鬼は、鬼の老廃物や腐肉を喰らって進化したネズミだからな》
役割を一つ決めたところで、ニルヴァーナは話を続ける。
「次に、国境周辺の防備を固める。これは定期的な見回りと、常備警戒の二種類でいく。常備警戒は俺の眷族で見張らせる。レーダーみたいなものだ。これは国境を越えた先にも展開し、早期警戒を行う。また、侵入者は素早く拘束する型の眷族も配置する」
「なるほど、となるち、見回りは初動対応もかねる、と……それならば、我ら黒狼の出番。嗅覚や聴覚にも優れ、脚も速く、集団戦法もとれる。遠吠えで遠距離でもやりとりができますぞ」
「うむ。任せる」
これもニルヴァーナは即決だ。
「次に、森の恵みがより強くなるよう、手入れが必要になってくる。水源の管理や、害をもたらすだけの動植物の排除などがそれだ」
「それなら、木々を自在に往き来可能で、手先も器用な我らバケモノ猿の出番。森の知識も豊富だからな、必ずお役にたてましょう」
「期待している」
ニルヴァーナはやはり即決し、最後にリタを見た。
「リタ、お前には俺の側近……参謀になってもらう。事実上のNo.2だ」
「……っ!」
「だからこそ、タマの一族を含めた彼らを含めた、軍団編成、及び強化を施せ。現状、できることは限られているだろうが……俺にできることがあれば、なんなりと申せ」
「はっ! この身にかえましても!」
リタは深く頭を下げた。
これで考えうる全ての手は打った。後はうまくいくことを祈るだけだった。
「よし、それならすぐ任にあたれ! 俺は眷族の生成に注力するぞ」
「「「「はっ!」」」」
次回の更新は明日予定です。
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