それぞれの目的
「……なるほど。《祈祷》の応用か」
ニルヴァーナは一通り説明を終えて納得した。というか、感心した。そのような作戦を考えたリタに対して、だ。
《祈祷》の特性とニルヴァーナの状態をうまく利用した結果だ。
魂の器を増幅させる効果のある《祈祷》により、暴走して垂れ流すだけだった力を受け止められるようにして、強制的に精神を強化、魂の器を大きくさせた。
そこに膨大な鬼の力が流れ込めば、強制的に器の大きさは維持されるようになり──その間は《祈祷》の維持が欠かせないが──魂のステージは上昇する。
今、カエンタケはニルヴァーナへの《祈祷》を解除しているが、ニルヴァーナが精霊でいられるのもそのためだ。
「リタはよくやったと思うぞ」
「まったくだ。よくできた部下だよ」
危険性はもちろんあった。
強制的な魂の昇華だ。ニルヴァーナそのものが壊れても不思議はない。だが、ニルヴァーナなら乗り越えられるとリタは信頼した。
ニルヴァーナがリタを信頼するように。
「結果、お前は精霊になれた。自分の土地をも手に入れた」
「ああ、そうだな」
「いいにくいことだが、今回の戦、全部ニルヴァーナ。お前のおかげだ。俺たちだけでは絶対に乗り越えられなかっただろう」
カエンタケは改まって頭を下げ、タマもそれに続いた。
「ありがとう」
「礼には及ばん。俺たちは同盟関係だろう」
「……そのことなんだけどね」
鷹揚にしていると、タマが切り出した。
「ニルヴァーナは、精霊王を目指すの?」
「……難しい問い掛けだな。俺の目的は、あくまで鬼どもへの復讐だ。その過程で必要ならば目指すまでのことだ。精霊王のスポットそのものに興味はないよ」
「そっか……あのね、タマもね、精霊王さまになるつもりはないんだ」
カエンタケは一瞬だけ目を大きくさせてから、ゆっくりと怒らせた肩を落とした。分かったのだ。タマの性格からして、精霊王を目指して他を支配する、という行為を忌避することを。
タマは言葉を選ぶようにしてから、また口を開く。
「こんかいは、ファルムが攻めてきたから、こうなっただけ。タマはね、本当は、あらそいなんてしたくないの。みんなで、笑い合ったりして生きていきたい。それだけでいい」
「理解しよう」
ニルヴァーナは心もち優しく答える。
「でもね、しってる。この先、そんな甘い考えじゃあ、すぐに侵略されるって」
目をそらしつつも、タマはきゅっと唇を噛みしめた。
「それじゃあ、みんなを守れない」
「そうだな」
「今回だって、タマがもっとしっかりしてて、もっと強かったら、こんなことにはならなかったかもしれない。だから」
タマはニルヴァーナをみる。懇願するように。
「ニルヴァーナ。キミに全部をわたしたらダメ、かな」
「全部?」
怪訝になって、ニルヴァーナは片眉を釣った。
「うん。精霊王さまの欠片も、森の支配権も、ぜんぶ」
「おい、タマ!」
「だって。私じゃ守り切れない。みんなを、困ったとき、たすけてあげられない」
今にも泣きだしそうな顔で、タマは自分の小さな両手を見下ろした。
わずかに、震えている。
咎めたカエンタケは痛ましそうな表情を浮かべ、ニルヴァーナは黙り込む。
《その気持ちは、よくわかる。俺だって、眷族を守れなかった時の気持ちは絶対に忘れられない。あの身を焦がす思いは――》
タマの発言は、上にたつ者としては明らかに失格だ。
だが、ニルヴァーナは上にたつ者だからこそ、理解してしまった。ましてタマは戦闘において無力だ。卓越した指揮能力があるわけでもない。癒し手という特殊能力はあるが。
「でも、ニルヴァーナなら……」
「否」
タマの言葉を遮ってまで、ニルヴァーナは否定した。
「タマ。お前は優しいんだな」
精霊王が崩御して、今、この森は混迷の戦乱時代を迎えた。次代が決まるまで、血を血で洗う激動の流れ。ただ平和で生きていきたい、というような穏やかな考えは、よほど強い勢力を持っていない限り淘汰される。
だが、タマを頂点としたランタンの森は弱い。
生き残ることはできないから、強いものに恭順する。ある意味で摂理だ。
「そんなヤツこそが、精霊王になるべきだと俺は思う」
「……! ニルヴァーナ?」
「お前が親しんだ精霊王は、無暗に命を奪うような存在であったか?」
タマは頭をふる。
「森の平穏を願う、よきお方だった」
「そうだろうな」
だからこそ、タマたちがランタンの森を治めていたのだ。武闘派からすれば物足りないのであろうが、極めて平穏だったのだろう。
ニルヴァーナは俯くタマの頭をそっと撫でた。
「タマにはそうなれる器があると俺は思う」
「私、が……?」
「俺が精霊王になったとしても、きっと森を安全に治めることは難しい。俺はそういうものの見方ができないからな。けど。タマ、お前ならそういうものの見方をできる」
何よりも、優しいから。
もしかしたら、精霊王はそういう人材を求めているのかもしれない。ニルヴァーナはそうとまで思っていた。
「だから、王になるならタマ。お前がいいと思う」
「ニルヴァーナ……」
「俺は俺の目的があるから、それを達成する。タマ。お前は森全体を平和にするために、真っすぐ精霊王を目指せ。お互い、そのための協力関係を築ければいいだろう。俺は敵ではなく、仲間が欲しいからな」
ニルヴァーナが仲間を求めているのは、あくまでも鬼への復讐のための戦力確保だ。
決して森の統治ではない。
「……!」
「いっておくが、一つの提案だ。どうするかを決めるのは、タマだ」
「私が……精霊王、さま……」
ふと、タマがぽろりと涙をこぼした。
「少し前なら、むりって、ことわってた、かな」
でもその涙は、決して悪い涙ではない。
「なんでだろ……えへへっ。ニルヴァーナにいわれたら、できる気がしてきた」
「タマ……」
「うん、そうだよね。私、きっと、森のみんなが、平和であってほしいんだ。私たちだけでなくて、うん。みんなが平和がいいの。でも、今は無理だから……だったら、そうなるように、タマががんばればいいんだよね」
タマに、いつもの笑顔が戻る。
「うん、やってみる! 私、精霊王さまになって、みんなと仲良くするよ!」
なんとも生ぬるい──しかし、間違いではない。カエンタケは微笑み、ニルヴァーナも強く頷いた。
タマのテンションが戻ったところで、ニルヴァーナはカエンタケへ視線をうつす。
「ということだ。同盟関係は継続でいいのか?」
「……そう、だな。規模からして、明らかにニルヴァーナの方が上だから不自然だが、擁立同盟という形になるだろう。タマを精霊王にするという目的での協力関係だ」
「異存はない」
ニルヴァーナが頷くと、カエンタケは腕を組んだ。
「だが、取り決めはしていかねばならんぞ。今、お前は統治者だからな。ランタンの森とダークロウの森が隣接した以上、国境をはじめとした、色々な取り決めが求められる。なぁなぁでは済ませておけんぞ」
「そうだな……俺としては相互協力していきたいところだが」
「それはこっちも願うところだな」
大森林における統治の概念は、縄張りに近い。故に、他者の侵入は許さない。ただし、仲間であれば別──といったところだろう。
ニルヴァーナはカエンタケとざっくり意思疏通をはかり、協定を定めた。
1、互いの繁殖は互いの統治領域で。
2、互いの往き来そのものは自由。ただし、攻撃等は一切禁止。
3、防衛力向上のため、軍事協力を結ぶ。主にニルヴァーナの植物眷族による見張り、初動防衛、軍備増強(兵力の提供、装備の提供)、及びタマの眷族による環境整備能力、繁殖能力、軍備増強(毒の提供)。
4、互いの種族の恋愛、繁殖も自由。
5、互いのどちらかが侵略された場合、速やかに協力して対処する。
「こんなものだな」
「積極的侵攻に関しては、大義名分がない限りは行わない、で構わないな?」
「うむ。俺の目的は鬼だ。いたずらに戦火を広げるものじゃあない」
「うむ」
互いに頷き、がっしりと握手する。
とはいえ、相手からのアクションはかなりあるだろうと予測はできた。特に、反精霊王派の連中からは。
精霊王は親精霊王派と反精霊王派をバランスよく森に配置し、統制を保っていた。精霊王が健在時はうまくいったが、崩御した現在、森は大混戦の様相である。
《情報収集もしないとな》
森の版図は刻一刻で変化していると思っていい。
情報収集能力はそのまま国力に関わる。麒麟の知識をもとに、ニルヴァーナは考えを巡らせる。
近場に関しては眷族たる植物でまかなえる。しかし、広範囲となると難しい。
「カエンタケ、情勢はどう把握していく?」
「森の情勢か? 大まかになら把握できるぞ。この森はおしゃべり好きで噂好きな微妖精がたくさんいるからな」
「そんな手段があるのか」
ニルヴァーナは驚いて目を大きくさせた。
注意深く感知すると、確かに何かを感じ取れる。意識しても希薄な存在だ。
「微妖精がもたらす情報は、勢力の範囲と方針、周囲との関係。後は、噂になるくらいのことをすれば口上にあがる。今回でいえば、ニルヴァーナ。お前だな」
「俺が?」
「精霊王から王と認められ、精霊王の欠片を手にした、もっとも遅く生まれた、鬼と植物の混合体。ファルムを倒した精霊。ダークロウの森を手中に治め、親精霊王派のランタンの森と同盟を組んだ謎の存在。話題にはことかくまい」
列挙されるどれもこれもが規格外だ。
「よくもわるくも、お前は注目を浴びる。気をつけろよ」
「……承知した」
ニルヴァーナはこくりと頷いた。
貴重な情報だった。ダークロウの森の統治方法を若干修正しつつ、ニルヴァーナはカエンタケといったん別れた。
いよいよ領地運営である。
次回の更新は明日です。
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