第2話 花使い選抜試験①
しばらく歩いたトリスは城のような黒い建物に到着した。
花使い育成機関だ。
玄関扉は開放されており、扉の両側には目元以外は全身黒い制服に身を包んだ職員が立っていた。
この制服を着ている人は元花使いだった人たちだ。
右側に立っている男がトリスに気付き話しかける。
「君も志願者かい?時計もってないの〜?あと3分でこのドア閉めるとこだよぉ、早く入ってね〜」
気持ち悪い話し方だな、と思い無視するトリス。
しかし、その人の左腕ないことに気づく。
その視線に気づいたのか職員が話す、
「いつもの義手が壊れちゃってさ〜、腕がない人見るのは初めて?」
「なわけないだろ」
トリスそっけなく答える。
今度は左側に立っている職員が話しかける、
「入ってすぐのロビーで待っててね。あと、君は15歳だよね?15歳以下は即失格になって帰ってもらうから嘘つかないでね」
「はい、はい」
ぶっきらぼうに答えてトリスは中へ入った。
建物に入ると広いロビーには数えきれないほどの人で埋め尽くされていた。
「なんかすげーくせぇな…」
トリスはロビーに漂う悪臭に顔をしかめた。
見渡せば10代20代の若い男女が多い。しかし、いい家の育ちはいなさそうだ。
穴だらけの服、体臭がひどい人、腕に無数の注射痕がある人、目の焦点が合ってない、どうみてもまだ15歳ではない子ども、逆にもう40歳を超えてそうな物までいる。
ここの人たちも聖花のためではなく、金欲しさに来たのだろう。
数分してロビーのスピーカーからアナウンス流れた。
「はーい、これから第1の試験を開始しまーす。職員が目視でみなさんの健康状態などをチェックし、花使いとして活動できるかどうかの試験なのでみなさんはなにもしなくて大丈夫でーす」
「職員から失格と言われた方は即帰ってくださーい。合格と言われた方ここに残ってくださーい」
第1ということはまだ他にもあるのか、と疑問に思ったトリス。
すると彼の背後の扉が閉じて、ガチャリと鍵を閉める音がした。
第1の試験ーー選別が始まった。
職員は志願者一人ひとりの外見を観察した。
不健康そうな人、明らかに15歳以下の子ども、視覚や聴覚に問題がないかなどを確認する。問題なしなら合格、問題ありなら不合格となる。
不合格となった志願者は職員に案内されて帰される。
「どう見ても花使いに向いてなさそうなヤツがチラチラいるよな…そういうヤツをつまみ出してるのか…」
近くまできた職員の対応を見てなんとなく試験内容が分かった気がするトリス。
「あとどれくらいかかるんだ…」
待ちくたびれたトリスは大きく伸びをし、あくびをした。その瞬間、背後にだれかがぶつかってきた。
「なーにぃ、ぶつかってんだぁ、このクソガキィっ!」
「おいっ!」
そんな怒号が聞こえた瞬間、トリスは背後から胸ぐらを掴まれ、軽々と持ち上げられる。
掴んできたのは目の焦点が合っていない、口臭がひどい中年男だった。前歯のいくつかも抜けていた。
こんなやつでも花使いになれると思ってきたのか、とトリスは一瞬呆れて思った。
トリスは男に反論した。
「ぶつかってきたのはそっちの方だろ!」
「うるせぇっ!」
男がトリスに殴りかかった。
トリスは顔面に拳が直撃する寸前に両手で男の腕を掴み受け止めた。直後に男の腹に強烈な蹴りを入れた。
「ゲホッゲホッ!」
男は咳をして勢いよく尻もちを着いた。
落下してバランスを崩したトリスは背後の壁に激突した。
周囲の志願者がざわめき出す。
「痛ぇだろうが、このクソチビがっ!」
中年男が立ち上がり、再びトリスに向かって殴りかかってきた。
しかし、トリスは寸前その拳を避けたため、拳が壁叩きつけられた。
「イッテェー!」
中年男は拳を抱え、背中を丸めて悶える。
「クソはそっちだ、クソジジィ!」
そしてトリスは中年男の背中にまた強烈な蹴りを入れた。
「グハッ」
中年男は壁にもたれかかった。
「なにごとじゃー!!」
元花使いの職員三人が群衆から勢いよく飛び出し、トリスたちの前に着地した。
二人の職員が手のひらから黒い花を召喚した瞬間、それが縄へ変形した。
縄はすさまじい速さでトリスと中年男の体をぐるぐる巻きにし、自由を奪った。
「離してくれ!オレは悪くねぇ!」
中年男は体をうねらせながら叫んだ。
「なに言ってんだ、ジジィ!テメェが先に殴ったんだろうがっ!」
トリスは反論した。
「あーもう、二人ともうるさいから落ち着いて。」
右目に眼帯をした職員が呆れながら言った。
「俺も見てたけどさ、先に手を出したのはあんたじゃん」
眼帯の職員がそう言いながら中年男の側にしゃがみ込んだ。
「だから、違うってっ!」
中年男は懲りずに反論する。
彼の顔を見た眼帯の職員はなにかに気づいた。
「ん?あれ、あんた、この前もその前も第1試験で落とされた奴じゃん!もう来るなって言ったのに、また懲りずに来たのか!」
中年男の肩を叩きながら眼帯の職員は大きな声で言った。
「どうしても金がいるんだっ!どんなやつでも雇ってくれるって聞いたから来たんだ!ちゃんと真面目に働くからよ、頼むよ!」
中年男は体をくねらせながら必死に訴えた。
「やる気だけで務まる仕事じゃないよ。それに花使いは体力に健康な体な必要でさ。悪いけど、もうあんたには厳しそうだから落としたんだ。ねぇ、誰かこの人を連れ出してれ」
眼帯の職員がそう言うと、中年男は拘束されたまま別の職員に引きづられて行った。
「か、家族のために金がいるんだ!本当だ!ここの掃除でもなんでもやるから!」
中年男は引きずられながらも懇願し続け、ロビーの奥へ消えていった。
「それで、あんたもだけど」
眼帯の職員は全身をぐるぐる巻きにされ、イモムシ状態で不機嫌そうな顔を浮かべているトリスの方を見て話した。
「ここでの暴力行為はご法度でさ、特に試験中は。一発でもパンチでも蹴りでも入れたら即失格になるんだけどさ、」
「なんだよ、オレも失格かよ」
トリスは一瞬、不安そうな顔を浮かべて言った。
「いや、正当防衛ってことで合格だよ。それにあんた、いい動きしてたし、反射神経もよさそうだし、力も体力もありそうだし、若いし。このまま帰すのももったいないよ」
眼帯の職員が意外なことを言って、トリスを巻いていた縄を解いた。
「え、いいのか?」
立ち上がったトリスが職員に聞いた。
「特別だぞー。がんばれよー」
眼帯の職員はそう言い、他の志願者の元へ移動した。
しばらくして第1の試験が終了した。
トリスが花使いの選抜試験を受けているころ、ルシルはあいさつもなくいなくなった弟を探すためアパート中をウロウロしていた。
「トリス…?」
アパートの裏の小さな箱庭でルシルが木や草むらの中を覗いたり、辺りをキョロキョロ見回している。
その様子を見かけた大家のおばさんが声をかける。
「ルシちゃん、また白い花を探しているのかい?」
ルシルはおばさんのほうを向き、首を横に振った。
「トリスがいなくて…」
「ああ、トリスなら朝早く出かけていったよ。どこへ行ったか知らないけど」
「そう…」
「何も言わずに出かけていったのかい、トリスは。まぁ、ひどいことをするね」
「うん…。トリス、朝ごはん、たべてない…」
「まぁ、トリスなら大丈夫だろう。帰ってきたら一言アタシが言ってやるよ」
「……」
ルシルはうつむき、手をモジモジと動かした。なにかを考え込んでいるようだった。
「どうしたの、ルシちゃん?トリスのことが心配かい?」
おばさんはルシルの肩に優しく手を置き、尋ねた。
ルシルは急に顔を上げた。
「あっ…、きょうはトリスのおたんじょうび…」
そう言って彼女は小走りでその場から離れた。
「そういえば今日だったっけ…。今年もトリスにケーキを作ってやるのかね」
おばさんはそうつぶやいた。
そして彼女は庭の手入れに取りかかった。




