第1話 とある世界のとある姉弟
姉を救いたかった。ただそれだけだったのにー
植物が育たない広大な灰色不毛の大地、空は黒い雲に覆われている。
そんな大地の岩陰から白い怪物ーー魔工獣が現れた。
大型トラックを思わせる頭部。その後ろに無数の大型タイヤが一列に連なり、ヘビのように長い体をくねらせながら街の方へ進んでいる。
向かってくる怪物を前に五人の若い男女が横一列に並んでいた。
「ずいぶんと早起きな魔工獣だな」
「ファ〜…まだ朝の6時じゃん」
「オレ、朝飯まだなんだけど」
「こっちはちっと二日酔いなんだよぉ」
「……うん」
それぞれだるそうに文句を言い、怪物を前に余裕な態度である。
「よし、行くぞ」
リーダーであろうフードをかぶった青年がキリッと言い放つ。
その瞬間ーー
五人全員の手のひらから花びらが鋭く尖った、黒い花が咲いた。
黒い花は瞬く間に、
ディスク
ハンマー
剣
拳銃へそれぞれの武器へ変形した。
近くまで迫ってきた魔工獣はタイヤを五人に向けて発射した。
五人は左右に散ってタイヤを避け、タイヤは地面に衝突して粉々に砕け散った。
五人は一斉に魔工獣めがけて突進した。
「今朝、6時頃に聖花ミネルバ領付近の不毛地帯に出現した魔工獣1体は聖花ミネルバ西C区班の花使いによって無事に駆除されましたーー」
テレビから朝のニュース番組が放送されている。
「今日から聖花ミネルバの聖誕20周年を祝うお祭りから開始されるので、そんな大事な日に魔工獣が出現するのは不安ですねー」
「花使いたちが守ってくださるので大丈夫ですよ」
「そうですねー。続いては近ごろ懸念される水の値上がりについてですーー」
スタジオでレポーターとゲストが適当なコメントを話す。
「なぁ、姉ちゃん」
古びたソファでテレビを見ていた少年、トリスが隣に座っている7歳上の姉、ルシルに声をかける。
トリスは金髪のボサボサ髪をローポニーテールにし、小柄な体格に合っていない大きめのシャツを着た少年である。
緑の瞳をまっすぐ姉に向け、こう言った、
「オレ、明日で15になるからさ、花使いになってくるよ」
「………」
編み物をしていた姉、ルシルはゆっくりと顔をトリスに向けた。
長い髪に美しい顔立ちのルシルだが、その瞳に光は灯っておらず、無表情で顔が暗い。
編み物はきちんと編まれておらず糸が飛び出している。
普段からそんな姉の様子に慣れているトリスは続けて話す。
「花使いはさ、すげー給料が高いんだって。だからオレが花使いになればもっとうまいものを食わせて、もっといい服も着せてやるよ」
トリスは部屋を見回した。
「それもっといい家に住めるようになったら、姉ちゃんもきっとよくなるよ」
トリスとルシルは姉弟二人だけでこの古くて、狭いアパートに住んでいる。
ベッドルームが一つだけの貧困者向けの部屋だ。
「……だめ……あぶないよ……」
ルシルがトリスの肩に手を置き、静かに言った。
トリスはルシルの手を取り明るく言った。
「大丈夫だって!オレ、けっこう丈夫だし、運動神経いいし!そんな心配すんなって」
「…だめ」
「魔工獣なんかすぐ倒しちゃうから大丈夫だって!」
「やだ、あぶないから…」
「…危ないのは分かるよ、怪物と戦う仕事だし…。けど、ちゃんと学校に行けなかったやつでも受け入れてくれるって聞いたんだ。手っ取り早く稼げるのはもう花使いしかないんだ」
ルシルはただトリスを黙って心配そうに見つめていた。
トリスはテレビを指差す。ニュースではさっきとは別の花使いチームが魔工獣の頭を破壊して倒す場面が映っていた。
「それに怪物と戦うってかっこいいだろ?テレビにも映るかもしれないんだぞ」
「…でも、だめ…」
ルシルはトリスの肩優しく腕を回し、そう言った。
トリスはルシルから顔を背けた。
「……わかったよ、姉ちゃん…。あっ、そういえば今日から祭りだったな、仕事が終わったら見に行かない?」
ルシルは首を横に振る。元から人混みの多いところは苦手である。
「そっか。じゃあ、行ってくるよ」
トリスは立ち上がり、ルシルに手を振って部屋を出た。
トリスは普段は車の整備工場で働いている。
他にも同年代の子は何人かいた。トリス含め働いている少年たちは学校に通う余裕もない貧しい家の子供たちである。
給料は少ないが、病気の姉を支えるためには働かなければいけなかった。
トリスとルシルは10年前から姉弟二人だけで貧困街に住んでいた。
元々は7歳上のルシルが弟を養うために孤児院で働いていたが、4年ほど前に暴行を受けてからは心を失ってしまった。
ルシルは昔から料理から裁縫、さらに勉強までなんでもできる優れた姉だった。
暴行を受けてからはそれまでできてことが全くできなくなり、食事も受け付けなくなってしまった。
だからトリスは危険だが高収入を得られる花使いになることを決めた。
翌朝、まだ眠っているルシルを起こさないようにそっと部屋を出るトリス。
アパートの玄関口を開けた瞬間、トリスに向かって怒号が響いた。
「こぉらぁー!トリスゥー!!今日こそ5ヶ月分の家賃払ってもらうよっ!!」
トリスたちが住むアパートの大家だ。大柄で声がデカいおばさんである。
「朝からうっせーな!」
悪態をついたトリスは走り出し、隣のアパートのパイプを素早くよじ登り、非常階段に飛び移り屋上へ逃げた。
「待ちなぁ、クソガキィー!!」
おばさんの怒号が響いた。
「まっったく!あの姉を持ってどうしてあんなクソガキになるかね⁉︎」
屋上から降りて路地裏を歩くトリス。
するとどこからか焼きたてのパンの匂いが漂う。
ぐぅー…。
トリスの腹が鳴る。
「朝からなにも食ってねーな…」
腹をさすりながら、ため息をつく。
「家にあるのは姉ちゃんのためだし…」
そう呟き、匂いの元をたどっていく。
香りの先にあったのは、まだ準備中の屋台だ。広場にはたくさんの屋台が2日目の聖花ミネルバの聖誕祭に向けて準備中である。
焼きたてのパンや仕込み中の料理の美味しそうな匂いが広場に漂っている。
ある果物の屋台の前に物乞いの男の子が三人、物欲しそうに見ているところを店主に追い払われていた。
トリスはその光景を見て少し懐かしい気持ちなった。自分も昔はああやって食べ物もらおうとしたが、無駄だと知って盗むようになったことを。
懐かしい気分浸りながら、トリスは広場の一番端に設けられた屋台へ目を付ける。
店主が背を向けた、その瞬間ーー
トリスは素早く屋台に近づき、目にも留まらぬ早さでパンを一つひったくった。
店主は全く気づいていないようだ。
「…あんまうまくねーな、これ」
盗んだパンを頬張りながら、橋の上を歩くトリス。遠くに聖花が見えた。
トリスからだと豆つぶの大きさにしか見えないほど遠いところに水を流し続ける聖花ミネルバが鎮座している。
植物もなにも育たない、水もない不毛地帯が広がる世界で唯一、水をもたらしてくれる巨大な青い花―聖花。
人々にとって聖花は奇跡であり、希望であり、神様でもあった。
しかし、その聖花を殺そうと不毛地帯から不定期に現れて襲ってくる白い怪物―魔工獣の存在が脅威となっている。
そのため花から特殊な力を授かった戦士―花使いが世界にとって必要不可欠な存在なのである。
最悪命を落とすリスクのある危険な仕事、それでも金を求めて花使いを目指す人々が後を絶たない。
トリスは聖花を見ながら思う。
「近い内に自分もあれを怪物から守る仕事に就くことになる。けど、聖花を守るためじゃない、姉ちゃんのためだ」
そう思いながらトリスはパンを食べ終え、花使い育成機関へ向かった。




