第94話「鉱山? ダンジョン?」
──鉱山都市カリオス、エリスちゃんの実家。
目の前に置かれたのは、洗練された宮廷料理とは程遠い、豪快そのものの「男飯」だった。
「おい、手が止まってるぞ。冷めねえうちにガツガツ食え!」
煤で汚れた顔に白い歯を覗かせ、親父さんが豪快に笑う。
分厚い胸板に、丸太のような腕。まさに鍛冶職人ドワーフの手本のような体躯だ。
自宅兼工房のダイニングは、薪ストーブの熱気と、肉の焼ける暴力的な匂いで満ちていた。
木製の頑丈なテーブルに並ぶメニューを見回す。
塊のまま薪火で焼き上げられた、なにかの肉。強烈な黒胡椒で不気味な見た目をしているが、刻んだニンニクの香りが鼻を突き刺す。
隣には、硬い黒パンの中身をくり抜き、根菜とモツをドロドロになるまで煮込んだ濃厚なシチューがなみなみと注がれている。
皮ごと豪快に灰の中で焼かれた、拳大の赤カブの皮を手で剥くと、湯気と一緒に優しい匂いがふわりと浮いた。
「……よし、いただきます」
上品にナイフとフォークを使う空気じゃない。俺は備え付けの武骨な短剣を肉に突き刺し、そのまま口へ運んだ。
「──っ、うまい……!」
噛み締めた瞬間、大量の肉汁が口の中に弾けた。
お世辞にも柔らかいとは言えない。だが、噛めば噛むほど野性味溢れる肉の旨味が溢れ出してくる。
ガツンと効いた塩気が、旅で疲れた身体にしみじみと染み渡る。
「カハハ! いい食いっぷりだ、兄ちゃん! そいつで流し込みな!」
親父さんが、俺の前に並々と注がれた黒麦酒の木樽ジョッキを突き出してきた。
お言葉に甘えて、ジョッキを傾ける。
ゴク、ゴク、ゴク……ぷはぁっ!
濃密な麦の苦味と香ばしさが、口の中に残った肉の脂をさっぱりと洗い流していく。完璧な組み合わせだ。箸が、いや、ナイフが止まらない。
次は黒パンのシチューだ。スプーンで内側のふやけたパンを削り取りながら、シチューと一緒に口に運ぶ。
ドロリとしたスープは、見た目に反して野菜の甘みが凝縮されていた。クタクタになった根菜が舌の上でとろける。
「おいおい、そんな行儀よく食うな。パンはこうやって、ちぎってドブ漬けにするんだよ!」
親父さんは自分の分の黒パンを素手で豪快に引きちぎり、シチューに浸して、スプーンを使わず手で掴んで口に放り込んだ。
口の周りを茶色くしながら笑うその姿を見て、なんだか肩の力が完全に抜けた。
「じゃあ、俺も」
俺も真似して、熱々のパンを引きちぎり、シチューに深く沈めてから口へ押し込む。
汁を吸ってズッシリ重くなったパンは、噛むたびに濃厚なスープと酸味が混ざり合い、最高の贅沢に化けた。
無骨で、飾り気がなくて、ただひたすらに「美味いものを腹いっぱい食う」ためだけの飯。
パチパチと爆ぜる薪ストーブの音と、鉄を叩くように豪快に笑うドワーフの親父さん。
俺はジョッキを掲げ、親父さんと力強くぶつけ合わせた。木の鈍い音が響き、泡が飛び散る。まさかこの街で、これほど美味い飯に出会えるとは思ってもみなかった。
「ところで、お前たち二人はあれか? その、恋人同士なのかい?」
親父さんが肉にかぶりつきながら尋ねた。
リディアは机をバン! と叩いて立ち上がる。
「そ、そんなんじゃないです! まだ……」
……まだ? ん? これは期待していいの?
「リディア……まだって……」
「あっ! ま、間違いよ、間違い! ただの冒険者仲間です!」
リディアは顔を真っ赤にしながら否定した。そんなにハッキリ言わなくてもいいじゃないか。
「そうか。冒険者仲間か……ふっ、懐かしいな」
親父さんが黒麦酒を傾けながら、軽く目を閉じる。
「えっ、親父さんも冒険者だったんですか?」
「かなり昔の話だがな。もう二百年も前だ」
俺は飲んでいた黒麦酒を勢いよく吹き出した。
「に、二百年!? 親父さん、アンタ一体いくつなんだ?」
「ワッハッハ! ドワーフを舐めてもらっちゃ困る! 普通に生きれば四百年は生きるぞ?」
開いた口が塞がらなかった。
「ドワーフって……そんなに生きるの?」
「ドワーフで驚いてたらエルフに会ったら目玉が飛び出るぞ? アイツら軽く千年は生きるからな」
「……はい?」
「アイツら、長生きだからって自分たちが一番賢いって顔をしてやがるから大っ嫌いだ!」
いや、ドワーフも大概だよ?
「エルフとドワーフって仲悪いの?」
「まぁ、悪いな。種族間で抗争こそなかったが、俺らはこんな見た目だろ? アイツら、頭が悪い脳筋たちって決めつけやがるんだ! あの時だって……」
「あの時?」
「あぁ、冒険者やってた頃だ。俺とエルフ、あと人間の三人でパーティを組んでたんだよ。俺とエルフは毎日喧嘩ばっかり……」
「そんなに仲悪いんだ……間に挟まれた人間の仲間は大変だったろうな」
「そうだな。アイツはいつも俺らをなだめてたな。ワッハッハ!」
「ははは……」
「まぁアイツは魔物ともすぐに仲良くなってたからな。ドワーフとエルフなんて言葉が通じる分なだめるのなんて容易かっただろうがな」
親父さんは目を細めながら、当時を思い出すように天井を見つめている。
「でも、なんで冒険者をやってたのに鍛冶師になったんだ? 冒険者、続ければよかったのに」
「それはな、エルフの野郎が里長になるからっていきなりパーティから抜けやがったんだ」
「えっ!? 里長って……エルフの寿命は千年……じゃあまさか、あの里長が親父さんの元仲間なの!?」
「なんだ、もうエルフに会ってたのか? そうだな……アイツはまだ八百歳くらいだから、今でも里長やってんじゃないか?」
なんとまぁ。こんな偶然ってあるんだな。
「アイツが里長になるって夢を追いかけるんなら、俺も世界一の鍛冶師になってやるって抜けたんだ。そこでパーティは解散ってわけだ」
「そうだったんだ……」
「さぁ、明日は鉱山に入るんだろ? 早いとこ寝て、体力回復しとけよ? 鉱山とは名ばかりの、ほとんどダンジョンだからな」
「……えっ?」
「なんだ、知らずに入る気だったのか? 鉱山の奥には魔核がある。だから魔物も湧き放題だ。いいな、入って鉱石を取るのは好きにしていいが、魔核は壊すなよ?」
いやいや、それもうダンジョンじゃん……
「なんで魔核は壊せないの?」
「そんな事したら、鉱石が作られなくなるだろ」
「えっ、でもスタンピードが起きるんじゃ……」
「そうならないように定期的に魔核を削って小さくしてるんだ」
へー、そうなんだ……
「ユージ、お前はAランク冒険者だから大丈夫だろうが、かなり危険だから油断はするなよ?」
は、ははは……
次話へ続く




