第93話「エリスちゃんとこのお父さん」
──鉱山都市カリオス。
「あー、エリスちゃんとこのお父さんね! それならあそこの工房だよ!」
街ゆくドワーフのおばちゃんに尋ねると、呆気なく目的地が判明した。
なんでも、エリスちゃんの親父さんは工房や武具店の立ち並ぶこの鉱山都市でも、頭一つ抜けた職人らしい。
「すげー人だったんだな。エリスちゃんの親父さんは……」
「とりあえず、紹介状を渡して鉱山に入りましょ。凄い人なら、すぐに入れそうね」
リディアは鉱山が楽しみなようだ。いいよなお前は。モンスターが出ても魔法でチョチョイのチョイなんだから。
俺ははじめての鉱山にドキドキが止まらないよ。やっぱり、魔物がいるんだろうな……
それに、凄い職人なら相当な頑固者って相場は決まってるんだ。そうそう上手くはいかないぞ。
◆
──鉱山都市カリオス、ドワーフの工房。
重い鉄の扉を押し開けた瞬間、ブワッと熱い空気が顔にぶつかり、ツンとする鉄の匂いが鼻を突いた。
「うわっ!」
一瞬で汗が吹き出てくる。
そこはなんというか、薄暗いんだけど異様にエネルギーの詰まった空間だった。
壁の岩肌はどこを見ても真っ黒。何年分の煤がこびりついたらこうなるんだってレベルで、歴史というか、頑固な職人の執念みたいなものが染み付いている。
「おいおい、そこらのヤワな人間が突っ立ってると、一瞬で丸焼きになっちまうぞ」
地響きみたいな低い声がして、おっと思いながら視線を下に向ける。
そこにいたのは、俺の胸の高さくらいしかないおっさん。……いや、おっさんなんて言ったら失礼か。
身長は低いけど、腕の太さは俺の太ももくらいあるし、胸板なんてちょっとした岩石だ。
これがドワーフか。
編み込んだ立派な髭の中で、まだ火花が名残惜しそうにパチパチ跳ねている。
部屋の真ん中でゴオゴオと唸っているのは、特大の炉だ。
中の炎は普通の赤じゃなくて、なんだか怪しい青みがかった色をしている。
魔力か何かで燃やしているんだろう。見ているだけで喉がカラカラになって、思わず生唾を飲み込んだ。
ドワーフの職人は、そのゴツい体からは想像できないくらい軽い身のこなしで、真っ赤に焼けた鉄の塊を金床に放り出した。
そこからの動きが、もう凄かった。
──カンッ!
鼓膜がピリピリするくらい高くて澄んだ音が響く。職人がハンマーを振り下ろすたびに、花火みたいに綺麗な火花が辺りに散った。
職人は飛び散る火花など気にも留めず、ただじっと、形を変えていく鉄だけを睨みつけている。
「すげーな! でも、もう俺らのことなんてまるで眼中にないみたいじゃん」
壁の棚には、これまたゴツいハンマーやタガネが綺麗に並んでいて、その奥には出番を待つ大剣や戦斧がずらり。
どれもピカピカ光るような華やかさはないけど、いかにも「実戦に特化してる」って感じの頼もしさがある。
ドワーフの工房。
ただの作業場だと思って入ったけど、ここはちょっと、素人が冷やかしで足を踏み入れていい場所じゃなさそうだ。
「あのー! ちょっといいですか?」
──カンッ! カンッ! カンッ!
俺の声は、ハンマーを打つ音に掻き消されてしまう。
「あのー! 聞こえますかー?」
──カンッ! カン……
職人はハンマーを打つ手を止め、すっと立ち上がる。俺に背を向けたまま、口を開いた。
「……うるせぇ。鉄の音が聞こえやしねぇ」
……怖えよ。俺は勇気を振り絞って尋ねた。
「あっ、あの! エリスちゃんから紹介状を預かってきたんですけど、お父様を知りませんか?」
「エリス……ちゃん? ……だと?」
職人はようやく振り返り、俺をまっすぐに睨みつけてくる。
ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「エリス……ちゃん? お前、俺の娘のなんなんだ?」
あっ、これはマズイ。完全に誤解されてる。
「いや、違いますよ!? 話を──」
職人は拳を大きく振りかぶる。
「お前みたいな貧弱な男に、娘はやらん!」
職人の拳が俺の顔をめがけて飛んでくる。時間がコマ送りのようにゆっくりと流れていく。
避けなきゃ……避けな──
ドゴォォォッ!
◆
──鉱山都市カリオス、職人の家。
んっ? ここはどこだ? 俺は一体なにを……
ゆっくりと起き上がると、そこは覚えのない部屋のベッドの上だった。
「イテテテ……って、めちゃくちゃほっぺ腫れてる。なんだこれ?」
記憶が曖昧な俺は、なにが起こったのか考える。
「たしか……エリスちゃんの親父さんを探してて……工房にきて……あれ? 記憶が……」
その時、部屋の扉が開かれる。
ガチャ──
「おっ! 起きたか。いやぁ、すまんすまん!
俺はてっきりエリスの恋人が挨拶に来たのかと……この通り! 許してくれ!」
この人は……たしか、エリスちゃんの親父さん……?
あっ、そうだ。俺、この人に思いっきり殴られたんだ。
親父さんは顔の前で両手を合わせ、謝罪のポーズをとっている。殴っといてそれは軽くないか?
「紹介状を読んだぞ! エリスのギルドの冒険者らしいな! まぁ、許せ! ワッハッハ!」
やっぱり軽いな! こちとら記憶が何個かぶっ飛んだんだぞ!?
「鉱山に入りたいんだってな! 俺の山なら好きに使ってもらって大丈夫だ! Aランク冒険者にふさわしい危険な山だ。安心してくれ!」
……安心?
「そこのお嬢ちゃん、リディアだっけか? 二人でどの山にするか決めたんだ! 俺の山で一番魔物が多い山だぞ……! 楽しみだろ?」
俺は親父さんの後ろにひょいと隠れたリディアを睨みつける。
「今日はもう遅い。ウチで飯食って寝て、明日向かうといい! ワッハッハ!」
そう言うと親父さんは部屋を出ていった。残された俺とリディアに沈黙が流れる。
「おい、リディア──」
「ご、ご飯なにかなー? たっ、楽しみだね!」
誤魔化すなよ! なんだよ一番魔物が多い危険な山って! 採取系の依頼だったはずだろ!?
「あっ、アタシ先に行ってるね!」
おい待て! 逃げるなぁぁぁぁっ!
次話へ続く




