第92話「ドワーフの受付嬢」
──レグシア、冒険者ギルド。
「えっ? 行かないんですか?」
エリスちゃんがどこか儚げな表情をしながら聞いてくる。ふん、その手には乗らないぞ。
「今日はね。最近ドタバタしてたから、ゆっくり家でも探そうかなって」
「そうですか……」
エリスちゃんはあからさまに俯いた。行動がいちいちかわいいんだよな。
「どうしたの?」
「実は、家から手紙が届いてて……父の体調があまり良くないって書いてあったんです。でも、受付の仕事に穴は空けられなくて……」
「そんな……マスターは休みをくれないの?」
「はい……」
俺はマスターを睨みつける。サイテーなブラックギルドじゃないか!
「もういいよ、エリスちゃん。俺が行って親父さんの様子を見てくるよ。なっ? リディア!」
俺がリディアを見ると、エリスちゃんにウインクを飛ばしていた。んっ?
「あっ、ええ! もちろんよ! 任せて、エリスちゃん!」
「お二人とも……ありがとうございます!」
「ねぇ今、なんのウインク──」
「さぁ、そうと決まれば早速行きましょ!」
リディアは俺の手を引いてギルドをあとにしようとする。
「あっ! ユージさん! ちょっと待ってください!」
そう言うとエリスちゃんは、カウンターに紙を取り出してなにかを書き始める。
「はいっ! これ紹介状です! これを父に渡してくださいねっ!」
「親父さんに? どこにいるの?」
「多分いつも工房にいるので、そこに行けば会えると思います!」
「えっ? 体調は?」
「あっ──」
「工房ね! 了解! さっ、ユージ! 行くわよ!」
「えっ、待って。どういう──」
「いってらっしゃ~い!」
え、え、なにこれ……ほとんど誘拐じゃん……
「おい、エリス。俺がいつ休みを──」
「しっ! マスター、聞こえますよ」
……聞こえてるよ?
結局俺は半ば強引に、鉱山都市カリオスへ向けて出発した。
普通の冒険者なら新しい土地や依頼にはドキドキ、ワクワクするんだろうが、俺には不安しかない。
しかも今回はリディアと二人きり。なんだかんだ、最初の冒険以来だな。
シロたちがいないのは心許ないが、まぁリディアがいれば大丈夫でしょ。依頼も採取系だし。
◆
──ガタゴト、ガタゴト。
馬車に揺られながら、窓の外を眺める。
「ねぇユージ! 鉱山都市ってどんなところかな?」
「さぁ……穴でも掘ってるんじゃない?」
「なによそれ! もっと楽しみじゃないの?」
「俺は早く帰って家を探したいんだけど……」
「もう! そればっかり!」
リディアは頬を膨らませ、窓の外へ顔を向けた。
まったく……誰のせいでこうなったと思ってるんだよ。
しばらくすると、窓の外の景色が変わり始めた。
青々とした草原は次第に姿を消し、むき出しの岩肌が目立つようになる。
やがて地面は赤茶色に染まり、遠くには巨大な岩山が見えてきた。
……なんだか、とんでもないところに来ちゃった気がする。
◆
──鉱山都市カリオス。
「ユージ! 見えてきたよ!」
リディアが馬車の窓から身を乗り出し、街の方向へ腕を目一杯伸ばす。指差した先に広がる光景に、開いた口が塞がらない。
「……うわぁ、すっげぇ」
どこまでも続く赤茶色の大地。その大地を巨大な刃物で切り裂いたように、深い渓谷が幾重にも連なっている。
切り立った断崖には、赤、黄、白と色の異なる地層が幾重にも重なり、太陽の光を受けて鮮やかに浮かび上がっていた。
その谷底から中腹にかけて、無数の建物が立ち並んでいる。
「……グランドキャニオンじゃん」
いや、グランドキャニオンに街を造ったらこうなるのか?
断崖に沿って石造りの家々が並び、崖を削って造られた道が、谷底へ向かって幾重にも折り返している。
あちこちから立ち上る白い煙。遠くからは、金属を打ちつける甲高い音が絶え間なく響いていた。
カーン! カーン!
「おぉ……これが鉱山都市か」
坂道を下り、街に足を踏み入れる。
まず目に飛び込んできたのは、壁一面に剣や斧を並べた武具屋だった。
店先には銀色に輝く鎧や、見たこともない鉱石が埋め込まれた盾が飾られている。
その隣には宝石店。赤や青、緑に輝く宝石がガラスケースの中に並び、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
うわぁ……高そう。
さらに奥には鍛冶屋が何軒も軒を連ね、開け放たれた扉の向こうでは真っ赤に熱せられた鉄が火花を散らしている。
ゴォォォッ!
炉から噴き出す熱気が、通りにまで押し寄せてきた。
「暑っ! なんだここ!」
そして、その熱気にも負けないほど騒がしいのが、通りに面した酒場だった。
「ガッハッハッハッ!」
「おい! もう一杯持ってこい!」
「そんな細っこい腕で何が打てるってんだ! ガハハハッ!」
昼間っから酒盛りかよ!
豪快な笑い声が渓谷の岩壁に反響し、街全体に響き渡っている。
それにしても……。
「……小さいおじさんがいっぱいだ」
通りを行き交う男たちは、みんな背が低い。
俺の胸元くらいまでしかない身長。それなのに肩幅は広く、腕は丸太みたいに太い。
日に焼けた顔には深い皺が刻まれ、顎には胸元まで伸びる立派な髭。中には髭を三つ編みにしている奴までいる。
背丈だけ見れば小柄なおじさんなのに、身体つきはどう見ても歴戦の戦士だ。
しかも、腰には斧。背中には巨大なハンマー。
……怖っ!
絶対に喧嘩売っちゃいけない人たちだろ、これ。
俺は手元に視線を落とした。
そこには、レグシアを出発する前にエリスちゃんから預かった一通の紹介状。
「……さて、と」
改めて周囲を見渡す。
武具屋、宝石店、鍛冶屋、酒場。
どこを見ても屈強なおじさんばかり。
「……とりあえず、誰に渡せばいいんだ?」
次話へ続く




