第90話「ゆっくりしたいんだが」
──エルフの里。
「……えっ? 聖竜に乗って、レグシアに帰るの?」
リディアが引きつった顔で大福を見上げる。
「いいじゃん! 歩いて帰るより全然早いだろ?」
「そういう問題じゃないでしょ……」
(フハハハッ! 我の背に乗れることを光栄に思うがよい!)
「なんか偉そうだな……」
(我は偉いぞ?)
「そうだった」
忘れてた。コイツ、聖竜だった。
大福が俺たちの前で身体を低くする。
こうして間近で見ると、やっぱりデカい。白銀の鱗が朝日に照らされ、眩しいくらいに輝いている。
「ほら、リディア。乗ろうぜ!」
「ほ、本当に乗るの……?」
「大丈夫だって。大福なら」
(我に任せておけ!)
「その自信が逆に怖いのよ……」
渋るリディアを連れ、大福の背中へとよじ登る。
ハナよりずっと広い。二人で乗っても余裕があるどころか、寝転がれそうなくらいだ。
「おぉ……すげぇ……」
「ユージ、ちゃんと掴まってなさいよ?」
「分かってるって」
大福がゆっくりと身体を起こす。
見下ろせば、里長やエイルさんをはじめ、大勢のエルフたちが広場に集まっていた。
「ユージさん! また遊びに来てくださいね!」
「はい! エイルさんも元気で!」
……男だったけど。
「ユージ殿! いつでもお待ちしておりますぞ!」
「里長もお元気でー!」
エルフたちに向かって大きく手を振る。
その時、大福が翼をいっぱいに広げた。
バサァァァッ──!
「うわっ!」
巻き起こった風が広場を駆け抜ける。エルフたちの服や髪が激しくなびき、焚き火の灰が一斉に舞い上がった。
「大福! ゆっくりって言っただろ!」
(まだ飛んでおらんわ!)
「これからもっと凄いの!?」
「ユージ! どこでもいいから掴まって!」
リディアが慌てて鱗にしがみつく。
(では行くぞ、我が友よ!)
「お、おう!」
大福が地面を蹴った。
ズドン──!
「うぉぉぉぉぉっ!?」
一瞬で身体が空へ持ち上がる。
家々が小さくなり、巨大な木々さえ足元へ沈んでいく。霧に覆われていたエルフの里が、初めてその全貌を見せた。
「うわぁ……」
深い森の中に隠された、小さな里。木々の間には昨日の宴の跡が残り、壊れた家や倒れた木も見える。
その中央で、エルフたちが俺たちに向かって手を振っていた。
「ユージー!」
「また来てくださいねー!」
声が次第に遠ざかっていく。俺も負けじと手を振り返した。
「また来るからなー!」
楽しかったな……死にそうになったけど。
それでも、来てよかった。
エイルさんと出会って、ハナと話せるようになって、大福っていう友だちもできた。
(ユージ!)
「ん?」
(振り落とされるでないぞ!)
「えっ?」
大福が大きく翼を打った。
ドンッ──!
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
身体が後ろへ吹き飛びそうになり、慌てて鱗にしがみつく。
「大福ぅぅぅっ! ゆっくり飛べって言っただろぉぉぉっ!」
(フハハハハッ! これでもゆっくりだ!)
「嘘つけぇぇぇぇぇっ!」
「だから言ったでしょぉぉぉっ!」
俺とリディアの叫び声を残し、大福は朝日に向かってぐんぐん加速していく。
眼下には、どこまでも続く深い森。
その向こうには、ロゼント山脈が朝日に照らされてそびえていた。
俺たちは、エルフの里をあとにした。
◆
──レグシア上空。
「うぅぅっ! あ、あれ、レグシア?」
ヤルマとワイバーンに乗っても二日かかった道のりが、大福にかかればほんの一瞬の旅路に変わった。
振り落とされないよう必死にしがみつき、風をまともに受けて涙が止まらないってことを除けば、最高の旅だ……
「マジで……そろそろスピード落としてくれ……もう掴まってられない……!」
(おっとっと、すまなんだ。おぬしらは普通の人間だったな)
ようやく大福はスピードを落とし、緩やかに飛んでくれた。
「リディア……大丈夫か……?」
「……ッ! 大丈夫なわけないでしょ! 何回か人生を諦めかけたわよ!」
「ま、まぁいいじゃん。無事に着いたし。ほら、見ろよ。もうレグシアが見えてるぞ」
俺が指差した先に、レグシアの街が小さく見えていた。後ろを振り返ると、ロゼント山脈が悠然と連なっている。いつの間に越えたんだ……
「さぁ、レグシアに帰ったら早速換金所に行こう! ついに念願のマイホーム──」
カンカンカンカンッ──!
「あっ……」
レグシアから敵襲を告げる鐘の音が鳴り響いている。やべぇ、マスターとの約束、忘れてたよ。
魔物に乗って帰ってきちゃダメなんだった。
「いや、でも聖竜は魔物っていうより幻獣? 聖獣か? 魔物ではないからセーフだろ」
「いや、余裕でアウトでしょ!」
「……やっぱり? なぁ大福、ゆっくり、ゆーっくり降りてくれ! みんな怖がっちゃうから!」
(なかなか難しい注文だな。ゆっくりか……力加減ができるかの……)
バサッ……! バサッ……! ズドオォォォン!
大福なりの優しい着地だったが、おそらくレグシアの家々は激しく揺れてしまっただろう。
街の手前じゃなくて広場に降り立ったのも、なんとも大福らしいっちゃらしいのだが、明らかにみんな怯えている。
「あ、えっと、ただいまー……なんて……」
「またお前か! ユージ!」
早速ギルドマスターに見つかってしまった。
「なんでワイバーンに乗ってエルフの里に行ったのに、こんなバカでかいドラゴンで帰ってくるんだよ! なにがあったらこうなるんだ!?」
「それが……話せば長くなるんです……」
「ハァ……もういい。お前、一度牢で頭を冷やせ」
「へっ?」
「こうでもしないと分からんだろ! おい、連れて行け!」
ゾロゾロと兵士が詰め寄ってくる。
「えっ、ちょっと待って、マイホーム──」
言いかけたところで、両腕を兵士に押さえられる。
「ちょっと、ユージ! えっ? なにするの!?
えっ、アタシもなの!?」
リディアも兵士たちに掴まってしまった。
(おや? 大丈夫……そうだな。敵意は感じられん。それじゃあ我が友よ! さらばだ!)
ドォォォォンッ!
大福は勢いよく飛び立っていった。おいおい、お前のせいだろぉが!
「ちょっと、離して……俺の、俺のマイホームがあぁぁぁぁぁっ!」
次話へ続く




