第87話「プリモ・アモーレ」
──聖竜の巣。
聖竜はチラチラとハナを見ながら、目が合うたびに気恥ずかしそうに視線を逸らしている。
そこに、先ほどまでの威圧感もなければ、殺気も感じられない。
「あのー、聖竜……様? 話を聞く気あります?」
(も、もちろんだ。さぁ、話してみよ)
「分かりました。あの、エルフの里で暴れていた件なのですが……」
俺の話も上の空で、目は完全にハナを追っている。
「おーい、聖竜さーん? 聞いてるか?」
(んっ? あぁ、もちろんだ。さぁ話してみよ)
「もう言ったよ! なんも聞いてねぇじゃん!」
(はぁ!? 聞いておるわっ! 失礼な人間だな!)
「嘘つけ!」
端から見るとなぜか急に怒りだした俺に、リディアとエイルさんは慌てている。
「ちょ、ちょっとユージ! 聖竜になんて口をきいてるのよ!」
「そうですよユージさん! どうしたんですか!?」
そりゃあそんな言い方にもなるよ。ずっとハナばっかり見やがって……あっ、言ってる側からまた見てる。
「聖竜さん、アンタもしかしてハナのこと……」
(は、はぁ!? そんなんじゃねぇし! 意味分かんねぇし! はぁ!?)
「いや、思春期の中学生か!」
それでハナを遠ざけたのか……なんなんだよコイツ……
あっ、ハナがこっちに気付いた。手を振ってるよ……呑気だな。
(い、今! 我に手を……)
「いや、どう見ても俺に──」
(はぁっ!)
ドスン! ズドォォン……!
聖竜は言葉にならない声を上げ、その場にのたうち回った。
おいおい、まさか里で暴れていたのは……
「なぁ、いつからハナのことを好きになったんだ?」
(すっ、好きじゃねぇし! 意味分かんねぇし!)
もうね、行動がずっと中学生なのよ。悶えるのはベッドの上だけにしろよな。わざわざ里にまで来て暴れやがって……
「じゃあ、ハナと初めて会ったのはいつなんだ?」
(そ、それは……我が里の上を飛んでいた時にすれ違ったのが……初めてだな)
「それで一目惚れしちゃったのか?」
(違ぇし! 一目惚れとかしてねぇし!)
めんどくせぇなコイツ。
「それで? そこに行けばまた会えると思って里まで来ていたと。でも会えないから悶々として暴れたわけだ」
(あっ、暴れてなどおらんわっ!)
暴れてる認識なくてあの被害かよ! その強さで中身中学生ってめちゃくちゃ危ないな!
「しかし、よりによってハナか……」
(んっ? なにか言ったか?)
「いや……」
どうしよう。ハナには旦那がいて、さらに子供までいるって聞いたら……考えただけでも恐ろしいな。
里半壊だけじゃあ済まないぞ、これは。
「うーん、どうしようか。なぁ、聖竜。
このこと、みんなには──」
(……言ったらコロス……!)
「……だよなぁ」
でも、黙っててもいつかはバレるし、傷付くなら浅いほうがいいよな……
「おーい! ハナ! ちょっと来てくれ!」
(バッ、オマッ! なにをしておる!)
聖竜はサッとハナに背を向ける。その巨体であんまり回転しないでくれ。尻尾が当たったら死んじゃうから。
(ユージ、どうしたのさ。アタシになんか用かい?)
ハナが笑顔で近付いてくる。
「聖竜から話があるんだってさ」
(あっ、おい! 人間!)
俺は聖竜に軽くウインクをして一度頷いた。そして聖竜とハナを二人きり……いや、二頭きりにしてあげた。
「ちょっとユージ! なんでこっち来てんの?
聖竜は? なんでハナが一緒にいるのよ!?」
うーん、言ったら殺されるし、どうしようかな。
「ほら、ドラゴン同士のほうが話が合うだろ?」
「そうかもしんないけど……」
「それよりリディア。お前、防御魔法とかできるか?」
リディアはキョトンとしている。
「防御魔法? アタシは攻撃専門だからできないわよ? なんで今そんなこと聞くわけ?」
「いや、なんだ。もしかしたらこの後聖竜がちょっと暴れちゃうかも……」
「はぁ!? アンタ一体なにする気なの?」
「いや、俺がっていうか……ハナがっていうか」
「はぁ、なんなのよもう……」
◆
──聖竜の巣。
あれからどれだけの時間が経っただろうか。夕日は徐々に薄くなり、赤色から藍色へと光のグラデーションができていた。
最初こそ、モゴモゴ、モジモジしていた聖竜も、今はハナと楽しそうにお喋りしている。
そして、それを眺める俺たち。
「ユージさん……? これは一体なんの時間なんでしょうか?」
「まぁ、見てれば分かりますよ。ハナが俺たち……いや、エルフの里の未来を握ってます」
「えっ、それってどういう意味ですか……?」
困惑するエイルさんを「まぁまぁ」となだめていると、聖竜の表情が真剣モードに変わった。
そして──
次の瞬間には驚き、肩を落としたかと思ったら、深く沈み込んだ。
「終わったか……ちょっと行ってきます」
そう言うと俺は、聖竜に近付いていく。
「ハナ。ちょっとリディアたちの所に行っててくれ」
(あぁ。ユージ、アンタ知っててやったのかい?)
「これが、コイツには必要だったんだ」
ハナが離れていき、俺は聖竜と二人きりになる。
「聖竜。元気出せよな。ドラゴンはハナだけじゃないさ」
(……うるさい……あっちにいけ)
「俺だってずっと独身だぞ。振られてばっかりの人生だ……」
俺は聖竜の鼻のあたりをポンポンと叩きながら続けた。
「お前の気持ちは痛いほど分かるよ。こういう時はな、遊んで忘れるのが一番だ」
(……お前……名前は?)
「ユージだ」
(そうか……ユージ。我の痛みを知る者よ。
我が友になってくれないか?)
「なに言ってんだよ。恋愛相談した仲じゃないか。もう、友だちだろ?」
(おぉ、友よ……)
こうして、俺は聖竜と友だちになった。
これにて一件落着……なのか?
次話へ続く




