第86話「聖竜の秘密」
──聖竜の巣。
『グオォォォォォッ!』
聖竜は咆哮を上げると、喉を震わせ大きく口を開く。
(ユージ! 聖竜の本気が出るよ! 巻き込まれないようにね!)
「えっ!? なにが来るの? ねぇ!」
聖竜は頭上から迫るリディア特製特大ヘルフレイムへ向けて、口から炎を吐いた。
まさに轟炎。空いっぱいに広がるリディアのヘルフレイムさえ、可愛く見えるほど凄まじい聖竜の白百合色の炎が、ヘルフレイムを押し戻す。
「あっつぅ! ヤバい! 溶けるって!」
(我慢して! 押してるよ!)
がっ、頑張れ聖竜! ていうかなんでこんなことに!? リディア、なにしてんの!?
『ガァァァァァァッ!』
聖竜がギアを上げる。放たれた炎は勢いを増し、ヘルフレイムを一気に谷の外へ押し出した。
「た、助かった……?」
聖竜はそのまま上昇していく。ヤバい。魔法の主を殺しに行く気だ。
「ハナ! 俺たちも行こう! リディアが危ない!」
(はいよ! 捕まってなよ!)
ハナは聖竜を追って上昇していく。
追いついた時にはもう、聖竜とリディアが睨み合いになっていた。
「くっ! もう一回……!」
リディアが杖先に魔力を集めだした。
「リディア! 待って! 俺、生きてるから!」
俺は大声でリディアを制止する。
「ユージ!? 生きてたの!?」
「あぁ! 俺なら大丈夫だ!」
お前の魔法で死にかけたけどな!
「え……これ、どうしよう……。聖竜、怒ってる……よね?」
リディアは集めた魔力を霧散させるも、聖竜はじっとリディアを睨みつけている。
『グキャォォォォォォッ!』
これまでにないほどの咆哮が響き渡る。ヤバい、これは明らかに激昂しているな。
「……ッ! ハナ!」
(はいよ! 無茶するから、死ぬんじゃないよ!)
ハナは速度を上げて、リディアと聖竜の間に割って入った。聖竜と対峙した俺は両手を広げる。
「聖竜! ……様! 話を聞いてくれ!
俺たちは敵じゃないんだ! なぁ、頼むよ!」
『グルルッ……!』
少し落ち着いたか? 今なら話ができるかもしれない。
「なぁ! 念話をしてくれれば話ができるんだ!
聖竜様の望みを教えてくれ! 頼む!」
聖竜はなにか考えているのか、しばらく黙った。
(──娘……)
「……えっ? なんだって?」
(……その娘は、お前のなんなのだ)
……はい?
「えっ? どういう意味?」
聖竜はふいっと顔を背けて、飛び去ってしまった。……娘ってなんのことだ?
「えっ……助かったの? ねぇユージ、なにがあったの?」
リディアが尋ねてきた。俺も聞きたいよ。
俺は頭をポリポリと掻きながら答える。
「いや、話せた? のか? なんか娘がどうとか言ってたな。リディア、お前聖竜となにかあった?」
「はぁ? 初めて会ったわよ……」
「だよなぁ。娘って、なんのことだろ?」
まさかエイルさん? いや、でもエイルさんには絡んでなかったし、違うか?
どう考えてもリディアなんだよなぁ。
「ここは、聖竜が帰ってくるのを待って、話を聞いたほうが良さそうですね」
エイルさんが話に入ってくる。
「幸い、先ほどの戦闘で壁が抉れて、足場ができてます。これならヤルマで降りられそうです」
「ふーっ、それじゃあ、下で聖竜を待とう」
俺は深く息を吐き、聖竜を待つことを決める。
念話をしてきてくれたんだ。次はいきなり戦闘モードにはならないだろう。
うん、きっと大丈夫。
◆
──聖竜の巣、夕刻。
夕日のオレンジ色が差し込む谷底は、先ほどとは打って変わって神秘的な色合いを見せていた。
冷たく静かな聖竜の巣を、温かな光が包みこんでいく。
「とっても綺麗……」
「あぁ。まるで天国だな」
「ちょっとやめてよ、縁起でもない」
俺とリディアが話していると、エイルさんの耳がピクリと動いた。
「二人とも、静かに……! 来ましたよ……」
谷底に広がる光に影が落ちる。その大きなシルエットが、聖竜の帰宅を告げた。
バサッ……! バサッ……!
大きな翼をはためかせ、ゆっくりと聖竜が降りてきた。
ドシン……!
巣に帰ってきた聖竜は、すぐに俺たちに気付いた。
「せっ、聖竜……様。俺たちの話を聞いてくれ!
こちらに戦闘の意思はないです!」
俺の言葉に、聖竜は沈黙を貫く。しかし、今回はいきなり咆哮からの戦闘モードではない。
なにか、空気が変わった気がした。
(ふぅ。お前も中々、しつこい人間だな……)
「あ……は、ははは……すいません。どうしても話を聞いてほしくて……」
しつこい営業ならお手の物だ。前世では何度怒鳴られても通い詰めていたからな。
(いいだろう。お前のしつこさに免じて話を聞いてやる。しかし……)
「しかし? なんでしょう?」
俺と聖竜の会話に、周りはキョトンとしている。それもそうだ。みんなからは、俺の独り言に見えてるんだろうな。
(その……娘は席を外してくれないか?)
「娘? 誰のことです?」
まさか、女の子が苦手なのか……? えっ、それじゃあ俺と聖竜の二人きりってこと?
めっちゃ怖いんだけど……
(その……娘とは……そこの可憐な彼女だ)
聖竜がチラリと向けた視線の先にいたのは──ハナだった。
「えっ? 娘って、ハナのこと!?」
聖竜はハナと目が合うと、すぐに目を背けて俯いた。
これは……事情が変わってきたぞ……
次話へ続く




