第85話「話を聞いてください」
──聖竜の巣。
ハナの翼が、ヒュンと風を切る。
俺たちは今、険しい谷底にある聖竜の巣に潜入していた。
目的の聖竜は目の前。しかし、まばゆい白銀の鱗が暗い谷底で不気味に光る。
「おいおい嘘だろ……まさか攻撃してこないよな?」
ちょっと待って! まともに戦えば一瞬で消し炭にされちゃう!
「待ってくれ! 怪しい者じゃ──」
なだめようと言葉を紡ぐが、聖竜の巨大な顎が開き、容赦のない炎弾が放たれた。
「うわあぁぁっ! ハナ! 逃げよう!」
『グワァァァッ!』
ハナが悲鳴のような鳴き声を上げ、急旋回する。
直後、さっきまで俺たちがいた岩壁が凄まじい音を立てて爆発した。破片が頬をかすめて血がにじむ。
(ユージ! 大丈夫? しっかり捕まっててね!)
「あっ、当たり前だ……! 落ちる……!」
必死に首にしがみつく俺のすぐ上を、二発目の炎弾がかすめていく。
熱気で髪が焦げる匂いがした。
聖竜は容赦なく巨体をうねらせ、俺たちを追い詰めてくる。
右へ、左へ。
ただ生き延びるためだけに、ハナは翼が折れんばかりの急操縦を繰り返す。
俺ができることと言えば、ただ目を瞑って「当たらないでくれ!」と神に祈るだけ。
生きた心地がしない。死ぬ気で避けるだけの、あまりにも無謀で必死な空中戦……というか一方的な逃走劇が幕を開けてしまった。
というかこの谷、どんだけ広いんだよ! あんな大きな聖竜が自由に旋回できる広さって……
(ユージ! あたしの方が小回りが利くから、あんな攻撃は当たらないよ! アンタは聖竜に呼びかけな! このままじゃ谷がなくなっちゃうよ!)
「あぁ、分かってる! そうだ! アイツの頭に近付けるか? 耳元で話しかけてみる!」
(頭に……ちょっと無茶だけど、やるしかないね)
ハナは隆起した岩山をめがけてスピードを上げる。聖竜もその後ろにぴったりと付いて離れない。
「ハッ、ハナ!? 岩! そっちは岩だ!」
(分かってる! 振り落とされないでね……!)
嫌な予感しかせず、首にしがみつく腕に自然と力が入る。
ハナは岩に当たる寸前で上へと急上昇した。聖竜は……スピードを殺せずに岩へ激突し、右へと旋回していた。
「おぉっ! 凄いぞ! ハナ!」
『グワッ!』
ハナはスピードを落とすことなく一回転しながら身体を捻り、聖竜の後ろを取る。
「ちょ、ちょっと酔いそうです……」
(ほらっ! しっかりなさいな!)
ハナは聖竜との距離を徐々に詰めていき、ついには目的である頭の横へとたどり着いた。
ハナが頑張ってくれてるんだ……俺だって……!
「あのっ! 聖竜さん! いや、聖竜様!
話を聞いてください! 決して怪しいものじゃないんです──」
『ガオゥッ!』
ガチンッ……!
聖竜が首をひねらせ、噛みついてきた。ハナが咄嗟に反応し、なんとかギリギリ躱す。
「あっぶっ……! ねぇ、今食べようとしてなかった!?」
(大丈夫……! 避けられないスピードじゃないさね!)
いやいや、めっちゃ顔に聖竜の吐息当たったよ!?
かなりギリギリだったよ!?
『ガルルルルッ……!』
聖竜が牙を食いしばる。その隙間から、徐々に光が漏れ始めた。
「ハナ! また炎弾がくる! ……かも!」
(はいよ! ……せーの!)
ハナはタイミングを見計らい、右下へ回転しながら炎弾を避ける。
一回転し終えると、聖竜の腹の下についていた。
「おぅふ……目が回る……」
炎弾はまたもや岩壁に当たり爆散する。取っ掛かりがなかった岩肌が、爆発により凸凹になっていく。
「やば……谷が崩れそうだぞ……って、うわっ!?」
俺の頭上を聖竜の脚爪がかすめていく。
殺気に満ちた鋭い爪が、怪しく光を反射する。
「ハナさん!? 聖竜の下は危ないよ!?」
(…………ハナ……)
「えっ!? なにか言った!?」
『グオォォォォォッ!』
ビリビリと大気が震える。咆哮を上げる聖竜の腹が淡く光っている。
わぁ……綺麗だなぁ……
(ユージ!? しっかりしなさいな!)
──ハッ!? いかんいかん、つい現実逃避を……
『──ッ!』
なにかに聖竜が反応して上を見上げた。
「なんだ? 急にどうしたの?」
(あらやだ、お嬢ちゃんがとんでもない魔力を集めてるわよ……!)
「はぁ!? リディアが!? なんで?」
まさか、ドカンドカンって音がなってたから、俺らがやられたと思ってる? それで特大のヘルフレイム?
「アイツ……谷ごと全部消し去るつもりなの?」
(パワフルなお嬢ちゃんね!)
「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 早く止めないと……!」
(ユージ、もう遅いかも)
「へっ?」
俺は上を見上げるも、そこには聖竜の腹が。
「なにも見えん。どうなってんの?」
俺が上を覗き込もうと左右に首を振っていると、聖竜の影が濃くなってきた。
空一面に、オレンジ色の輝きが広がる。
「熱っ! これ……リディアの魔法? 聖竜の炎弾の比じゃない……」
『グオォォォォォッ!』
(このままお腹の下にいましょ。運が良かったら助かるわ)
いや、これはさすがに聖竜でも無理でしょ……
次話へ続く




