第84話「聖竜の巣、潜入作戦」
──エルフの里、里長の家。
「まさか、念話のブレスレットにそんな秘密があったとは……」
エイルさんも里長も驚いている。それもそうだ。会話ができるようになるアイテムかと思ったら、魔物からの念話を受け取るアイテムだったんだ。
「結局、適性じゃあなかったのね……」
「そうですね。魔物からの信頼を得て、念話を飛ばしてもらってはじめて発動するとは……」
誰にでも可能性はあったってことね。でもハナは、俺を選んだと。嬉しいような、ブレスレット係に任命されると思うと、悲しいような。
「それじゃあ早速、聖竜のもとへ向かいましょう」
「ちょ、ちょっと待って!? 聖竜から念話を飛ばしてもらうなんてできるの!?」
エイルさんは冷や汗をかきながら、苦笑いを浮かべる。
「そこはユージさん。あなたに懸かってます。
ハナさんとも話せたんです! きっと聖竜とだって……!」
ハナとは信頼関係があったからね!? 聖竜にはすでに殺されかけてますけど!?
「でも、聖竜は明らかにユージを狙っていた。向こうには話したい理由があるかも……!」
リディア探偵が迷推理を披露する。はじめましてなんだよ! 俺と聖竜は!
「とにかく急ぎましょう! またいつ聖竜の機嫌が悪くなるかも分からないので!」
エイルさんが勢いよく立ち上がり拳を握る。やる気は凄く伝わるんだけど、もう少し作戦を……
「さぁ! 早く!」
めちゃくちゃ体育会系じゃん……こんなキャラでしたっけ?
◆
──聖竜の巣へと続く森。
「なぁ、エイルさん。聖竜の巣なんて見えないぞ?」
俺はハナに乗って辺りを見渡しているが、そんな巨大なドラゴンが住めそうな山なんて見当たらなかった。
「上を探しても見つけられないですよー」
エイルさんは手を口元に当て、大声で俺に呼びかける。
「えっ? どういうこと? たしか聖竜は山の方に飛んでいったはず……」
空から見える唯一の山は、遥か彼方にある。あそこが巣なら、なんでわざわざ遠くにあるエルフの里なんかに……
「聖竜の巣は山ではなく、谷です……!
ほら、もう見えてきましたよ!」
「えっ? う、うわ……」
深い緑に囲まれた森が続いていたが、次の瞬間、まるで世界が引き裂かれたかのように唐突に開けた。
足元がすっぱりと切り落とされている。慌ててハナに合図を送り、空中で止まってもらう。
そして、目の前に広がる光景に呼吸を忘れる。
そこは、巨木が連なる森が突如として途切れて現れた、巨大な谷だった。
身を乗り出して下を覗き込んでみるが、どれだけ目を凝らしても底が見えない。奈落へと続いているかのような、底知れない静寂がそこには広がっていた。
「こんなとこ、どうやって降りるんだ?」
思わず弱音が口から漏れた。ここは聖竜の巣。
当然、人のための階段なんてどこにもない。手すりはおろか、足をかけるわずかな突起すら見当たらなかった。
あるのは、激しい風に晒された荒々しい岩肌と、人間を拒絶する圧倒的な崖だけだ。
翼を持つ大いなる存在だけが往来を許された聖なる谷。その圧倒的なスケールを前に、俺はただただ息を呑んだ。
「な、なぁ! これ、どうやって降りるの?」
「私たちでは無理です! ユージさん、ハナさんと一緒に降りていってください!」
「……はい?」
「ですから、ユージさんだけでお願いしますー!」
「いや、聞こえてないわけじゃなくて!」
「ユージー! もう諦めて行くしかないわよー!」
リディアまでそっち側かよっ!
「おまっ、ズルいぞ! そ、そうだ! 風魔法!
お前の風魔法で浮くやつ! あれで降りられるだろ!?」
「降りてどうすんのよ!? 言っとくけど、今回は戦闘になったら勝てっこないわよー?
話せるアナタしか解決できないのー!」
マジかよ……本当に俺だけで行くの?
(ユージ、もう諦めない。あたしゃ覚悟を決めたわよ!)
「はぁ!? 覚悟って……?」
(しっかり捕まってなさいねー!)
「ちょ、まっ──」
『クァッ!』
ハナは谷底へ向かって急降下した。俺は、落とされないようにしがみつくだけで精一杯だった。
「ユージー! 頑張ってねー!」
「お……おふっ! お……!」
◆
──聖竜の巣。
ピチャン──ピチャン──
僅かな明かりの差し込む谷底で、水たまりへ落ちる水滴の音だけが静かに響く。
「暗すぎだろ……怖ぇよ……なんでこんなに静かなんだよ」
まさか留守なのか? いったい聖竜はどこに──
(ユージ、静かに! ……この先に、いるわよ)
「えっ!? ど、どこに……?」
暗がりの先に、淡い光が広がっていた。あそこは大きく抜けているのか? 明るそうだな。
俺は急いで明かりを目指した。
(あっ、ユージ! そっちは……!)
角を曲がった先にあった淡い光。その正体に気付くのに、時間はかからなかった。
「あっ……」
聖竜と目が合う。
『……ッ! グオォォォォォッ!』
ぜーんぜん会話にならねぇぇぇぇぇっ!
次話へ続く




