第79話「隠れみの里」
──ロゼント山脈、山頂。
「さぁ、日が暮れる前に降りましょう」
エイルさんの案内に従い、俺たちは山を下り始めた。
あの霧だらけの森のどこかに、エルフの里があるのか……
ヤルマは崖を下る時にもスピードを落とすことはなく、颯爽と駆け下りていく。
「凄いスピード! でも、不思議と怖くはないわね……」
リディアは首元にある手綱をしっかりと掴み、ヤルマを操る。
リディアの動きに合わせるように、左右に跳ねながら、ヤルマは飛ぶように崖下りしていった。
「すげぇな。乗りこなしてるじゃん……!」
「えぇ。初めて乗ったとは思えないですね……」
感心するエイルさん。俺も、空の上から楽しそうに駆けているリディアを見て、口元が緩んだ。
「山を越えた先にある森で、今夜は休みましょう!
もう少しですよ!」
俺たちは、森を目指してロゼント山脈を下っていく。
◆
──ロゼント山脈を越えた先、森の中。
日が暮れる頃、俺たちは森の中にある開けた場所で野営することになった。
「はぁ〜、やっと休める……」
俺は焚き火のそばに腰を下ろし、思いっきり足を伸ばした。
ワイバーンに乗ってただけなのに、なんでこんなに疲れてるんだろうな。……精神的なものか。
「皆さん、お腹空いてませんか? 今日は私が料理を作りますね」
「えっ? エイルさんが?」
「はい! 里の料理なんですけど、お口に合うといいなぁ」
そう言うと、エイルさんは荷物の中から小さな包みをいくつも取り出した。
乾燥させたキノコに、見たことのない葉っぱ。木の実が入った瓶に、白い粉の詰まった袋。
……大丈夫か? その葉っぱ、食べられるやつだよな?
「エルフの料理って、どんなものなんですか?」
「森の恵みを使った料理が多いですね。今日は山菜とキノコのスープに、木の実を練り込んだパンを作ります」
「おぉ、なんか健康に良さそう!」
「アナタ、普段の食生活が偏ってるもんね」
「うるせぇ。肉は正義なんだよ」
エイルさんは小さな鍋に水を注ぎ、乾燥キノコを入れて火にかけた。
しばらくすると、ふわっとキノコの香りが漂ってくる。
「……あれ? めちゃくちゃいい匂い」
「ふふっ。このキノコ、乾燥させると旨味が強くなるんですよ」
続いて刻んだ山菜と、すり潰した木の実を加える。
鍋の中は少しずつ白く濁り、とろみがついてきた。
「最後に、これを少しだけ……」
エイルさんが小瓶から緑色の粉をひとつまみ落とした。
「……それ、なんですか?」
「森で採れる香草を乾燥させたものです。疲れた体にいいんですよ」
「へぇ〜」
……毒じゃないよな?
「ユージ。今、失礼なこと考えたでしょ」
「考えてねぇよ!」
なんで分かるんだよ。
エイルさんは焼いた平たいパンと一緒に、木の器に注いだスープを差し出してくれた。
「どうぞ。熱いので気をつけてくださいね」
「いただきます!」
まずはスープをひと口。
「……ん?」
キノコの旨味が口いっぱいに広がる。山菜のほろ苦さもあるけど、木の実の甘みがそれを上手く包み込んでいた。
なんだこれ。見た目は地味なのに、めちゃくちゃうまいぞ!
「エイルさん! これ、すげぇうまいです!」
「本当ですか!? 良かったぁ……!」
エイルさんは胸を撫で下ろし、嬉しそうに笑った。
今度はパンをちぎってスープに浸す。
「……うっま!」
外側は香ばしく、中はもっちり。噛むたびに木の実の甘さが広がってくる。
「これ、肉がなくても全然いけるな……」
「さっき肉は正義って言ってたじゃない」
「正義は一つとは限らないんだよ」
「都合のいい正義ね……」
リディアは呆れながらも、パンをもう一つ手に取った。
お前も気に入ってるじゃねぇか。
「里では、みんなで大きな鍋を囲んで食べることも多いんですよ」
エイルさんが焚き火を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……また、みんなで食べられるといいんですけど」
その表情から、さっきまでの笑顔が消えていた。
……そうだよな。里は今、大変なことになってるんだった。
俺は手元のスープに目を落とす。
こんなにうまい料理を作れる人たちが、安心して飯も食えないなんてな……
「……エイルさん」
「はい?」
「里に着いたら、まずは状況を見てみましょう。俺に何ができるかは分かりませんけど……」
「……ありがとうございます、ユージさん」
エイルさんは小さく頭を下げた。
いや、感謝されても困るんだけどな。相手、聖竜だし。
俺は残ったスープを一気に飲み干す。
「……おかわり、あります?」
「ふふっ。もちろんです!」
よし。とりあえず今は、腹いっぱい食っておこう。
今日が人生最後の食事になるかもしれないしな……
◆
──霧に覆われた森の中。
翌日目を覚ますと、目の前には真っ白な霧が広がっていた。
「なんだこれ? 昨日は暗くてよく見えないだけかと思ったら、そもそもなにも見えないじゃん」
すぐ目の前にいるリディアの顔にさえ、白いモヤがかかっている。少し離れただけで、視界から消えてしまうほどの濃霧に、不安がよぎる。
「こんなんで、どうやって里に行くの?」
エイルさんがおもむろに鞄からオカリナのような笛を取り出した。
「これを使います」
エイルさんが笛に息を吹き込むと、澄んだ音色が森の中に広がった。
すげぇ……綺麗な音だなぁ。
すると、視界の先にあった霧が消えていった。
いや、消えたんじゃない。霧が、割れていく。まるで里へと続く道を示すように、霧が道を開けた。
「さぁ、里までもう少しです。行きましょう!」
カッコいいぃぃぃっ! 素敵!
次話へ続く




