第78話「里へと続く道」
──ロゼント山脈、麓。
「ちょっ、ちょっと休憩しませんか?」
俺は膝に手をつきながら、息も絶え絶えに懇願した。
「でも、日が暮れてしまう前にはロゼント山脈を越えたいんですが……」
「みんなはいいよ! ヤルマに乗ってるじゃん!
俺なんてここまでずっと歩きだぞ!?」
なぜかヤルマに嫌われているシロは連れていけず、モモは興味ないのか、エルフの里には無関心だった。
結局俺は一人、歩いてエルフの里に向かう羽目になってしまった。
「ここまで来るのに、すでに半日経ってしまってます。早く里に戻らないと!」
「だから、なにが起きてるのかそろそろ説明してくださいよ!」
エイルさんは深刻そうな表情で一度頷いた。
「ここなら、ほかの人に聞かれる心配もありませんね。口外できない話なので、マスターにしか伝えていなかったのですが……」
ゴク……。空気が変わった気がする。俺は唾を飲み込み、耳を傾けた。
「実は……里の守護獣が暴れていて、里が壊滅寸前に追い込まれています」
「し、守護獣が暴れてる!? 守護獣ってなんなんですか?」
「……ドラゴンです」
「ふぁっ!?」
「だから、守護獣のドラゴンが……」
「聞き取れなかったわけじゃないです!
なんでまた守護獣が里を? 守ってくれてるんじゃないんですか?」
「それが分からないから、ユージさんにお願いしているんです……!」
あー、これは死ぬやつだな。
「リディア、ドラゴンってあのドラゴンだよな?」
「どのドラゴンのこと言って……あぁ、知らないのね。アナタの世界にはいなかったの?」
「うーん。いたというか、物語の中に出てくる空想上の生き物だな」
「そう。まぁドラゴンにも色々いるから、絶対にヤバいわけじゃないわよ?」
「そうなのか! 良かった! エイルさん、その、里を守ってるドラゴンって……」
「……聖竜。セイントドラゴンです」
俺は、リディアを見る。その表情は明らかに引きつっている。
「ユージ、ご愁傷様……」
「なんで俺だけ!?」
エイルさんは俺に聖竜をどうしてほしいんだろうか……倒すのなんて絶対に無理だし、暴れてるドラゴン相手に交渉なんてもっと無理だろ……
「それじゃあ、時間も無いので早速山越えを……」
あぁ、ついに山越えが始まる……里に着く前に力尽きそうだよ。
ぴょーんとひとっ飛び出来たらなぁ……
──あっ!
「そういえば、ワイバーンがいたわ……」
◆
──ロゼント山脈、山頂。
「このペースなら、日が暮れる前にロゼント山脈を越えられそうです!」
険しい崖を跳ねるように越えていくヤルマ。
そして俺は、ワイバーンに乗り、快適な空の旅を楽しんでいた。
「いやー、楽ちん楽ちん。ありがとな! ワイバーン!」
『クァッ!』
山脈に入ったところでワイバーン夫婦が俺を見つけてくれた。事情を話すと、快く同行を引き受けてくれた。
父ちゃんは子守りをするから残って、母ちゃんが一緒に行ってくれることに。ワイバーンの世界では、父ちゃんが子守りをするんだな。
「そういえば、ワイバーン夫婦にはまだ名前を付けてなかったな。なぁ、名前付けてほしいか?」
『クァッ! クァッ!』
「そっか。うーん、カッコいい名前がいいよなぁ」
俺がヤルマに乗るエイルさんたちのすぐそばを飛びながら名前を考えていると、リディアが割って入ってきた。
「どうせまた変な名前にするんでしょ?」
失敬だな! シロも、モモだっていい名前じゃないか。クソッ……見てろよ。
「──よしっ! お前の名前はハナだ!
父ちゃんの方は、そうだな……ゴンでどうだ?」
『クァッ!』
「ほら! 適当じゃないの! アンタいいの!?
このままだと、ハナになっちゃうわよ?」
『クァッ! クァッ!』
「あきれた……アンタがいいなら、なにも言わないわよ……」
◆
──ロゼント山脈、山頂。
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
眼下には、見渡す限りの森が広がっていた。
山の斜面を埋め尽くす木々は、麓へ向かうにつれて密度を増し、やがて緑の海となって地平線の彼方まで続いている。
その上を、薄い霧がゆっくりと流れていた。
まるで空から雲が落ちてきたみたいだ。木々の梢を白く包み込み、ところどころで森の輪郭をぼかしている。
「……すげぇな」
振り返れば、俺たちが登ってきたレグシア方面の景色が見える。遠くには街へ続く街道が伸び、その周囲には畑や草原が広がっていた。
人が暮らし、人が行き交う世界。
それに比べて、目の前の森には道らしい道すら見当たらない。
建物も、煙も、人の気配もない。
同じ山の向こう側だというのに、まるで別の世界を覗き込んでいるようだった。
風が吹く。
霧がゆっくりと形を変え、一瞬だけ森の奥が姿を現した。だが、そこに何があるのか確かめるより早く、白い靄が再び木々を覆い隠してしまう。
「……あの森のどこかに、エルフの里があるんですか?」
「えぇ。ですが、ここからでは見えませんよ」
エイルさんが微笑む。
「結界で守られていますから」
「そっか……」
俺はもう一度、眼下の森に目を向けた。
これだけ広い森の中に、誰にも見つからない里がある。
そう考えると、なんだかワクワクしてきた。
……いや、待て。
そこでは今、聖竜が暴れてるんだった。
「……やっぱ帰りてぇ」
「えっ? なにか言いましたか?」
「いえ、なんでもないです……」
次話へ続く




