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第72話「ハートクラン家とシルホーク家」


──何もない洞窟。


「というか、ここはどこだ? そもそも、取り引きってどこでやってんの?」


 俺たちは、洞窟を出ようとしたところで立ち止まる。


「アタシにも分からないわよ」


「だよな」


「取り引きってくらいだから、暗い港の倉庫とかじゃないの?」


「お前それ、ドラマの見過ぎだろ」


「ドラマ? なにそれ?」


「あっ、なんでもない。こっちの話だ」


「それって、ユージの元いた星の話?」


「あ、あぁ……」


 リディアは俺の腕に手を回してきた。


「今度聞かせてよ! ユージの星の話♪」


「いいけど……ちょ、ちょっと離れようか……」


 俺がそう言うと、リディアはさらにグッと腕を引き寄せる。


「なぁに? 照れてるの?」


 お前……さっきまでしんみりしてたクセに……!


「なぁ、ニニホンでの事なんだけど……」


「またその話?」


「いや、俺本当に記憶飛んじゃってて……何かあったならちゃんと責任とる──」


「何もなかったわよ」


「えっ?」


 リディアは俺を睨みつける。不思議と、その目に怒りは感じなかった。


「レディをその気にさせといて、ベッド入ったらすぐに寝るって……」


「あぁー、本当ごめん」


 良かった、のか? ただ、安堵してる自分がいるのは確かだ。

 さすがに、ちゃんと意識があるときにそういうことはしたいからな。


「ほらっ! 早く行くわよ!」


「あっ、おう。でも行くってどこに?」


 リディアは洞窟へ戻っていく。そして、倒れている賊を叩き起こした。


「さぁ、取り引き場所を教えなさいよ!」


「うっ……あがっ……」


 これは、神経毒か何かか? 賊は上手く喋れないようだ。

 俺たちは賊の両手を後ろで縛り、回復薬を与えた。


「がっ! ゴホッ! ……ふぅー、ふぅー」


「喋れるようになった? さぁ、吐きなさい!」


「だっ、誰がお前らなんかに……!」


「あっそ」


 リディアは立ち上がり、人差し指を賊に向けると魔力を指先に集め始める。


「杖無しじゃあ加減が出来ないから、死なないように気をつけなさいね……!」


 集まった光が縮小と膨張を繰り返している。明らかに暴走寸前だ。


「ちょ、ちょっと待って……分かった! 言う!

 言うからやめてくれ……!」


「やめない! 早く言いなさい!」


「みっ、港だ! 港の倉庫! シルホーク家のシンボルがある倉庫だよ!」


「港かっ! リディア、行こう!」


「え、えぇ……」


「あっ! おい! 縄をほどいてから行けよ!」


 リディアが手の力を抜くと、集まっていた魔力が霧散していく。俺たちは、賊の声に耳を貸すことなく港へ急いだ。


「港って……どっち!?」


「こっちよ!」


 おぉ、さすがグランシア出身だ。


「リディア! シルホーク家のシンボルって、分かるか?」


「うん……分かる」


「……どうした?」


「シルホーク家……商業ギルドにも強い影響力を持つ有力貴族よ。

 なんでウチにちょっかい出すのよ……」


「行ってみれば分かるさ、急ごう!」


「えぇ……」


「リ、リディア……!」


「どうしたの?」


「もう少し、ゆっくり走ってくれ……」



◆



──王都グランシア、港。シルホーク家の倉庫。


 倉庫の中は静まり返っていた。


 高い天井近くにある小さな明かり取り窓から月明かりが差し込み、積み上げられた木箱の隙間に細長い光を落としている。


 壁際にはいくつかのランプが灯されていたが、どれも薄暗い。人の顔や倉庫全体を見渡せる程度には明るいものの、木箱の陰や奥まった場所までは光が届いていなかった。


 その中央に、アルフが立っている。


 そして、その向かいには椅子に腰掛けた一人の男。身なりからして、どう見ても賊の仲間じゃない。


 男の周囲には、俺たちを攫った奴らと同じような格好をした男たちが何人も控えていた。


 ……あいつが、シルホーク家の人間か?


「ユージ! アイツよ! アイツがシルホーク家の長男!」


「シッ! ……声がデケェって!」


 俺たちは、木箱の陰から取り引きの様子を窺っている。バレたらせっかく抜け出せたのに、終わりだ。


 ヤマイヌ亭に杖を取りに行ったほうが良かったか? リディアが魔法使えないから、かなりまずいぞ……


「それで、妹は……リディアは無事なのか!?」


 リディアの兄、アルフが口を開く。貴族は椅子に座ったまま、表情を変えずに答える。


「今は……ね。無事に帰すかは、君の返答次第だよ」


「俺は……ハートクラン家は、一体何をすればいいんだ?」


 アルフがそう聞くと、貴族はスッと立ち上がり、辺りをゆっくりと歩きながら続けた。


「なぁに、簡単だよ。今、王城と進めている事業から完全に手を引く。それだけだ」


「なぜそれを知っている……!」


「我々を甘く見ないで欲しいな。この世界、情報こそが最大の武器なのだよ、アルフ君」


「しかし、あの計画は商業ギルドの未来を……」


 コツコツと歩いていた貴族の足が止まる。パチンと指を鳴らし、アルフを指差した。


「そう、それだよ。ハートクラン家は王城と共同で、魔石を利用した新しい輸送網を作ろうとしている。この計画が成功すれば、王国の物流は根本から変わる」


 貴族はアルフに一歩、歩み寄る。


「お前たちの計画が完成すれば、商業ギルドの勢力図が変わる。ハートクラン程度の家が、我々の上に立つことになる」


 貴族は両手を広げ、続けた。


「安心しろ。事業は我々シルホーク家が引き継ぐ。商業ギルドの中心には、いつだってシルホーク家がいなければならない」


「……それを飲めば、リディアを返してくれるのか?」


「……約束しよう」


「それなら──」


「そんな話、飲んじゃダメッ!」


 アルフを遮るように、リディアが声をあげて飛び出していった。


「あっ! おい、リディア!」




 次話へ続く

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