第70話「はじめての冒険」
──何もない洞窟、牢屋。
ポチャン──
水滴の音と後頭部の痛みで目が覚める。
イテテテ……あの野郎、思いっきり殴りやがって……うわ、少し血が出てるじゃん。
「なにここ? 牢屋?」
起き上がるとそこは、洞窟内の窪みに鉄格子を取り付けただけのような牢屋だった。
「ごめんね、ユージ」
「うおっ!? なんだリディアいたのか……
謝らなくていいよ。悪いのは攫ったやつらだろ?」
リディアはただでさえ狭い牢屋の隅っこにちょこんと座っていた。
「クックック……! ようやくお目覚めかい?」
「……は!? なんでお前が!?」
そこには、昼間捕まえた賊がいた。隣には、賊の仲間もいる。
「お前、捕まってたはずじゃ……?」
「俺をあれくらいで拘束できると思うなよ?」
「……依頼主は貴族ね?」
「さぁ? 何のことかな?」
はい? 貴族が貴族を狙うの? 何のために?
「リディア、どういうこと?」
「ウチの……ハートクラン家の失墜を狙った貴族が向けた差し金よ」
同業他社ってこと? こんなあからさまに狙うなんて異世界、怖ぇよ。
いや、地球でも似たようなもんか。
「俺たちをどうするつもりだ?」
「どうするも何も、大人しくしとけば数日で解放してやるさ。そういう取り引きなんでね」
「やっぱり……許せない……!」
リディアが立ち上がり、目を閉じ集中し始めると、足元に魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣から光が漏れ出し、髪がふわりと浮く。
「おいおい、杖もなしに魔法を撃つのか?
クックック、暴発して全員死ぬぞ?」
えっ? そうなの? ヤバいじゃん! ただでさえ暴走魔法使いなのに!
「リディア! やめとけって!」
「ユージは黙ってて……! これは……アタシの問題よ……!」
カチャリ──
「いいのか? お前の魔法より早く撃てるぞ?」
賊が向けた銃口は、俺に向けられていた。
リディアに集まっていた魔素は、静かに霧散していく。
「……分かったわよ」
リディアは不貞腐れたようにその場に座り込んだ。
「分かればいいんだ。お嬢さん。取り引きが終わったら解放してやるって言っただろ?」
そう言うと、賊は出ていった。
◆
──何もない洞窟、牢屋。
賊が牢屋を出ていってから、一時間は経っただろうか。
鉄格子を激しく揺らしてみてもビクともせず、脱出の糸口も掴めないまま時間だけが過ぎていった。
「ごめんね、ユージ」
「だからリディアが謝る必要ないって」
「そうじゃなくて……」
リディアは自分の服をギュっと握りしめる。
「アタシ、まだユージに話してないことがある」
「7年前の話か? 別に、言いたくないんなら無理しなくていいぞ?」
「うん。でも、聞いてほしい……」
なんだよ、改まって……
「アタシね? 家を出て、そのまま冒険者になったの」
「うん」
「それで、今まで7年間、一度も自分で依頼を成功させたことないの……」
「うん……えっ? 一度も?」
いや、リディアは暴走こそするけど、めちゃくちゃ優秀な魔法使いじゃん。
「なんで? あんなに強いのに……」
「討伐に行っても、魔物に出会ったことないの。
ふふふっ、笑っちゃうでしょ?」
そう言って笑ったリディアの顔は、ほんの少し引きつっていた。
「薬草採取もしたことないって言ったけど、アレは嘘。採取に行っても薬草なんて一つも生えてない」
「えっ?」
「パーティにもいくつも参加した。でもね、アタシがいるといつも上手くいかないの」
「なんで……」
「冒険者になって一年もしないうちに、アタシはみんなから厄病神扱い……
そりゃそうよね。アタシがいるだけで何もしてないのに罠で全滅しちゃうんだもん」
「ずっと……一人だった。でもね、そんなアタシにかまってくれるモノ好きな人もいたの。大人の女って感じだったなー」
「そうなんだ」
「うん、その人のおかげでなんとか食いつなぐことができたの。お姉ちゃんができたみたいで嬉しかったな……」
リディアは懐かしむように目を細めた。
「でもね、ある日アタシに一緒に冒険に行こうって。アタシは嫌がったんだけど、無理矢理引っ張られて。ユージとアタシみたいだね……」
「それで、どうなったの?」
「街を出てすぐにドラゴンに攫われちゃった。
次の日、他の冒険者が彼女の遺体を見つけたって……」
「そんな……」
「その瞬間、世界が全部モノクロに見えたの。
あぁ、アタシは生きてたらダメなんだって……」
「そんなことない!」
「ホントはね……ユージと会った日、アタシは街を出て死ぬつもりだったの」
「え……」
「でもね、ユージのステータスを見て、もしかしたらって……」
「ごめんね。でも、本当に楽しかった。
あぁ、アタシ今冒険してるんだーって。だって、ユージの運が全部跳ね返しちゃうんだもん」
「……うん」
「ユージも初めてだったかもしれないけど、アタシも、全部初めての冒険だった……」
「そうか……でも、いくら運が悪いって言ってもそこまで不幸が重なるのか?」
リディアは袖で目元を拭いながら続けた。
「本当はね、これを言ったらユージが離れていくって思って、言えなかった……」
「えっ……」
「アタシの周りが不幸になるスキル……
アタシのスキルは『アンラッキー』なの……」
次話へ続く




