第69話「リディア=ハートクラン」
──王都グランシア、港。
「シロ、リディアのこと探せるか?」
『……ワンッ! ワンッ!』
シロは尻尾を振りながら、地面の匂いを嗅いでいる。
「こうやって見ると、普通の犬だな!」
ダイノスの言葉にシロはピクリと反応する。
そっとダイノスに近付いていき、振っている尻尾をスネに当てた。
「あだっ! 軽く振った尻尾でこの威力……!
流石フェンリルだな! ハハハッ!」
「ダイノス、何してんの?」
この、筋肉バカめ。
「シロ、どうだ? リディアの匂い、分かるか?」
スンスン……スンスン……
『……ッ! ワンッ!』
リディアの匂いが分かったのか、シロは一目散に駆けていった。
「よしっ! 行くぞユージ!」
「おう! ってちょっと、待って……は、速いって……」
俺は、どんどん小さくなっていくダイノスとシロを必死に追いかける。
ヤバい。心臓が、張り裂けそうだ……
◆
──王都グランシア、ヤマイヌ亭。
「ゼェゼェ……ゲホッ! ……こ、ここは……?」
シロが入り口の前でお座りして俺を待っている。そこは、闘技大会の時に泊まっていたヤマイヌ亭だった。
「よぉ、ユージ。遅かったな? 調子悪いのか?」
調子は普通です。これが俺の実力なんだよ。いい加減気付けよ。
「お前らが……早すぎるんだよ」
「強敵を前にしてじゃないと本気は出せないってか。お前、油断してるといつかやられるぞ?」
こ、これでもフィルターが解除されない、だと?
「なんでヤマイヌ亭に? とりあえず、入ってみるか?」
俺たちはヤマイヌ亭へ入っていった。
ドアを開けると、カウンターには店主のおばちゃんはおらず、奥の食堂からリディアとおばちゃんの話し声が聞こえてきた。
「それでねー、その時ユージが──」
「あっはっは! なんだいそりゃ!」
んっ? 俺のこと話してる? そんな笑い話になるようなこと何かしたかな?
割って入るのはなんか気まずいな……
「あっ! 英雄様じゃないかい! いらっしゃい!」
ソワソワと様子を窺っていると、おばちゃんに気付かれた。
「今ちょうどアンタの話をしてたところだよ!」
「ちょ、ちょっとおばちゃん……!」
リディアはおばちゃんの腕にしがみついて制止している。なんだ? 話って悪口だったのか?
「おいおい、リディア! 探したぞ!」
ダイノスが大きな声で割って入る。いいね、ダイノス。お前のそういうところ好きだぞ。
「お前の兄貴、アルフだったか。アイツ、お前のこと心配してたぞ? あれで良かったのか?」
「……」
「なぁ、7年前、何があったんだ? 話してみろよ、な?」
「……なんで知って……」
「兄貴に聞いたんだよ。7年前、お前が家を出てったって」
リディアはチラリと俺を見て、床に視線を落とした。
「……話したくない」
「……なんだよ。まったく……」
ダイノスはポリポリと頭を掻いてため息をつく。
空気を察したのか、おばちゃんが話に入ってきた。
「もう夜になるし、今夜は泊まってくだろ?
部屋は空いてるけど、どうする?」
「おばちゃん……アタシだけ別にして」
「えっ? いいのかい?」
おばちゃんは俺を見てきた。
「いいから! 今日は一人がいい……」
「はいはい、分かったよ。アンタら男は一緒でいいかい?」
「あ、あぁ。それで頼む」
◆
──王都グランシア、ヤマイヌ亭。寝室。
あぁっ! 気になるなぁ!
結局あの後リディアは部屋にこもり、食事の時も言葉少なに食べ終えるとすぐに部屋に戻っていった。
「寝れねぇよ……」
しかも、横を見ると……
「グガァァァッ! ゴォォォッ……ガッ!」
ダイノス……お前、熊かよ。シロはなんで平気なんだ? 犬って嗅覚だけじゃなくて聴覚も鋭くなかったか?
流石、野生のフェンリルなだけあるな……きっとどんな環境でも寝られるんだな。
俺は気晴らしに下へ降りていく。すると食堂でおばちゃんが一人、コーヒーを飲んでいた。
「あら? どうしたんだい?」
「いや、ちょっと寝られなくて……」
「……そう。同じのでいいかい?」
「えっ、あ、うん。お願いするよ」
カチャ──
俺は出されたコーヒーを一口啜る。寝られないって言ったのにコーヒー? 異世界のコーヒーは何か違うのかな?
「それで、アンタたち何があったの?」
「えっ? なんで……」
「宿屋のおばちゃんを舐めるんじゃないよ」
おばちゃんはニヤリと口角を上げる。
「……色んな客を見てきたからね。それに、アンタたちみたいな仲良し冒険者があんな空気だったら、誰だって気付くさ」
「それが……謝りたいんだけど、なんて言えばいいのか分かんないんだよね」
「……話してごらんよ。おばちゃんが聞いてあげるから」
「うん……それが──」
◆
「……そりゃ怒るわよ。まったく、男はいつもこうだ」
「でも! 本当に覚えてなくて……」
「でもじゃない! それで、アンタはどうしたいんだい?」
「……どうしたいって……?」
「覚えてるか覚えてないかなんて、どうだっていいんだよ。アンタはもしその夜に何かあったとして、あの子を受け止めてあげられるのかい?」
「えっ?」
「あの子はアンタを受け入れた。だから隣で寝てたんだろ? アンタは、どうしたいんだい?」
「俺は……」
そりゃリディアは可愛いし、性格だって明るい。
何より一緒に冒険して、魔物は怖かったけど……楽しかった、かな。
うん。俺は、リディアと一緒にいたい……
「……もう大丈夫みたいだね」
「ああ。おばちゃん! ありがとう!
俺、リディアのとこに行ってくる!」
「あぁ、行っといで! あの子もアンタを待ってるよ」
俺はリディアの部屋に急いだ。ドアの前に立ち、深く息を吸う。
「……ふー……よし」
コンコン──
「リディア? 起きてるか? 話があるんだが」
ガタンッ!
「えっ? リディア?」
ガチャ──
部屋に入ると、そこには誰もいない。開かれた窓から風が入り、カーテンが揺れている。
そして、ベッドの上のシーツは乱れていた。
「なん、だこれ? どういうこと?」
リディアの荷物は床に置いてあり、そこに杖もあった。外の空気でも吸いに行ったのか?
すると、開いたドアの後ろに人の気配を感じた。
振り返ると、暗がりのシルエットで分かりづらかったが、揺れるカーテンから入る月明かりに照らされたのは、口元をバンダナで隠した男と、首元に刃物を突き付けられたリディアの姿だった。
「なっ!? リディア!?」
ガンッ!
油断した俺の背後から頭を殴られた。もう一人いたのか……
薄れゆく意識の中、口を押さえられたリディアが必死に俺へ手を伸ばしている。
くぐもった声で俺の名前を呼ぶ音だけが、耳に残っていた。
次話へ続く




