第66話「鯛やヒラメの舞い踊り」
──侍の国、ニニホン。ニニホン城、大広間。
「うわぁ……なんだこれ」
目の前に広がる光景に、思わず声が漏れた。
長い座卓の上には、これでもかというほど豪華な料理が並んでいる。
大きな舟みたいな器には色とりどりの魚の刺身。丸ごと焼かれた魚に、山盛りの天ぷら。見たこともない煮物や、綺麗に盛り付けられた料理が隙間なく並び、湯気と一緒にいい匂いが大広間いっぱいに漂っていた。
「すげぇ……竜宮城に来たみたいだ」
「ユージ、これ食べていいの!?」
「俺に聞くなよ。多分いいんじゃない?」
リディアは目を輝かせながら、早くも料理に釘付けになっている。
──ポンッ、ポポンッ!
軽快な太鼓の音が鳴り響く。
大広間の中央では、色鮮やかな着物をまとった女の人たちが、扇子を手にゆったりと舞っていた。
ひらりと扇子が開くたびに長い袖が宙を舞い、太鼓や笛の音に合わせてくるりと回る。
「おぉ……」
なんか分からんけど、すごくニニホンっぽい。
「さぁさぁユージ殿! 今宵は無礼講にございますぞ!」
「飲め飲め! 英雄殿に酒を持ってこい!」
「えっ!? ちょっ、待って! そんな一気に──」
「ワハハハハハッ!」
あっちでは侍たちが酒を酌み交わし、こっちでは酔っ払ったおっさんが肩を組んで歌っている。
ゲンリュウまで顔を真っ赤にしながら大笑いしていた。
……酒臭っ。もう出来上がってんじゃん。
『ワンッ! ワンッ!』
『キキッ!』
「おいシロ! それ俺の肉! モモ、お前まで取るなって!」
シロが皿から肉をくわえて逃げ、それを追いかけるようにモモが座卓の上を走り回る。
「こらぁぁぁっ! 料理を踏むなぁぁぁ!」
「ハッハッハッ! よいよい! 今宵は好きにさせよ!」
殿様まで上機嫌だ。
大広間の襖はすべて開け放たれ、その向こうからも賑やかな声が絶え間なく聞こえてくる。
どうやら盛り上がっているのは、城の中だけじゃないらしい。
城下町へ目を向ければ、通りには無数の提灯が灯り、昼間とはまるで違う景色が広がっていた。
焼いた魚や肉の匂い。甘い菓子を売る屋台。
酒樽を囲んで騒ぐ大人たち。走り回る子どもたち。
笛や太鼓の音に混じって、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
誰も彼も楽しそうだ。
昼間まで魔族に狙われていた国とは思えない。
「すごいな……本当に国中で祝ってるんだ」
「当然でございます!」
いつの間にか隣に来ていたゲンリュウが、酒の入った杯を片手に胸を張る。
「魔族を退け、民も無事! これほどめでたい日に、騒がずしていつ騒ぐというのです!」
「いや、それはそうだけど……」
俺はもう一度、大広間を見渡した。
踊る人。
笑う人。
酒を飲む人。
料理を奪い合ってる犬と猿。
……うん。
「騒ぎすぎじゃね?」
ヒュゥゥゥゥゥゥッ! ドドーン!
今度はなんだよ! って、花火!?
夜空に咲いた大きな花火が、宴を最高潮に盛り上げた。
えっ、大丈夫なの? 鎖国国家で、国の場所も誰も分からないのに。
「なぁなぁ、ゲンリュウ。あんなデカい花火なんか大丈夫なのか?」
「アレは武器屋の旦那の傑作ですぞ! 今回は一段と気合いが入っておりますなぁ!」
「いやいや、そうじゃなくて……」
この酔っ払いめ……! 俺は殿様に視線を送る。
「ワハハハハッ! そうれ! 踊れ踊れ!」
なに一緒になって踊ってんだよ! エロじじい!
……アホらし。なんでよそ者の俺だけ心配してんだよ。もういいや、飲も飲も。
「……うまっ。なんだこの酒?」
「おっ! ユージ殿はお目が高い! そいつぁこの国自慢の銘酒『神隠し』ですぞ! 神様も美味すぎて隠すほどです! ワハハッ!」
「すげー! めちゃくちゃ飲みやすくて美味い!」
俺はグイグイと杯を空けていき、宴を楽しんだ。
こんなに笑ったのは異世界に来て初めてかもしれないな。
あぁー楽しいな……
◆
──侍の国、ニニホン。宿屋。
「アイタタタ……ここ、どこ?」
目を覚ますと、見覚えのない天井、見覚えのない布団。そして、見覚えのない部屋。
「なんでパンツ一丁なんだ? やべー、記憶がねーな」
こんなに酔っ払ったのは初めてだな。
たしかあのあと……殿様がいきなり着物を脱いで、ふんどし一丁で踊りだして……
みんなで「バカ殿だっ!」って笑って……そっからの記憶が曖昧だな。
あの神隠しとかいう酒、さては相当度数エグいやつか。
「えーっと、服……服……」
床に服が見当たらないので布団の中をまさぐる。
すると、何かが手に当たる。いや、何かいる。
──バッ!
布団をめくると、そこにはリディアが寝ていた。
「……えっ?」
あれ? あれぇぇぇぇぇっ!?
なんで!? なんでリディアが隣で寝てんの!?
「まさか……やっちゃった!?」
いやいやいや、流石にそういうことがあったなら覚えてるよな? そうだよな?
「ふぁぁぁぁっ……おはよ」
「あっ、お、おはよう」
ヤバい。起きちゃった……
「どうしたの? そんな顔して」
「あっ、あのさ。俺、その……昨日の記憶がなくて……」
「は?……記憶が……ない?」
そう言うとリディアは、スッと立ち上がり荷物を漁り始めた。振り返ったその手には、杖が握られている。
杖を握ったまま、ゆっくりと俺に近付いてくるリディア。
「えっ? なに? どうしたの?」
ボカァァァァァァンッ!
「ほげぇぁっ!」
次話へ続く




