第64話「ニニホン国将軍ノブカゲ」
──侍の国、ニニホン。廃村近くの林。
「ゼェ……ゼェッ……あれ? 殿様は?」
俺たちは狭い林の中を、魔族を追っていった殿様を探しながら進んでいる。
う、馬が通れない狭さは反則だろ……ウプッ!
林を進むと、町人が一人うずくまっていた。身体は小刻みに震えている。
「だ、大丈夫ですか!?」
「はっ……はい。でも、妻が……ウチの妻が魔族に……」
「……っ! 魔族は!? 魔族はどちらに!?」
「あっ、あっちです。殿も後を追って……」
町人は林の奥を指差した。ゲンリュウと俺は互いに向き合い、一度頷く。
「ユージ殿!」
「あぁ、急ごう!」
◆
「あっ! いたわよ! ゲンリュウ!」
リディアの声が前方から聞こえてきた。どうやら殿様がいたようだ。俺は大きく離され、点のように小さくなった二人の背中を追っていた。
息も絶え絶えになんとか追いつくと、全員が立ち尽くしたまま動く気配がない。
一体どうしたんだ? 視線を前方に向けると、すぐに理解した。
「動くな!」
ターブの腕が町人の首に回る。
鋭い爪が喉元に食い込み、薄く血が滲んだ。
「た、助け……」
「黙れ!」
「や、やめろ!」
俺は咄嗟に声を上げた。
ダメだ。下手に動いたら殺される。
リディアも杖を構えたまま動けない。
「ククク……人間とは愚かなものだ。たった一人の命で、こうも簡単に──」
──カチッ。
小さな音がした。
「……え?」
殿様だった。腰を落とし、左手で鞘を握っている。右手は刀の柄へ。
「殿!? お待ちを! 人質が!」
ゲンリュウが声を荒げた。
「分かっておる」
さっきまでの偉そうなおっさんとは、まるで別人だった。
目が違う。
ターブだけを真っ直ぐに見ている。
「動くなと言ったはずだ!」
ターブの爪が町人の首へ食い込む。
その瞬間──
殿様の姿が消えた。
──ヒュンッ。
えっ? 何が起きた? 瞬きをする間に殿様はもう、ターブの後ろにいた。
「……な、に……?」
ターブが呟いた直後、その胴体に一本の線が走った。上半身がずるりと横へずれ、そのまま地面へ落ちる。
遅れて、残された下半身が崩れ落ちた。
「うっ……」
俺はその場に尻もちをつく。
初めてだ。魔物じゃない。人の姿をしたものが、目の前で死んだ。
さっきまで喋っていた奴が、一瞬で動かなくなった。
……怖い。
戦うって、こういうことなのか……?
「あぁっ……!」
解放された町人が、その場にへたり込む。
「怪我はないか」
「は、はい……!」
「そうか」
殿様はそれだけ言うと、刀を一振りして血を払い、何事もなかったように鞘へ収めた。
「とっ、殿様……」
「なんじゃ」
「危ないだろ……。人質ごと斬ってたらどうするんだよ」
「斬らぬ」
「でも──」
「民を巻き込むような太刀は振らぬ」
「……え?」
殿様は俺を見なかった。
ただ、震えている町人へ手を差し伸べる。
「城など失えば、また建てればよい。土地を失えば、また取り戻せばよい」
町人が、その手を取った。
「じゃが──」
殿様の声が低くなる。
「死んだ民は、二度と戻らぬ」
……あれ?
俺、この人のこと……。
「余を守れと言ったな、ユージ」
「あ、あぁ……」
「あれは訂正じゃ」
殿様は立ち上がった町人を背に庇い、俺たちへ振り返った。
「余など最後でよい」
そして、刀をもう一度抜く。
「民を守れずして──」
その切っ先を、残る敵へ向けた。
「何が君主か!」
……あー。
俺、この人のこと完全に勘違いしてたわ。
殿様は俺たちのこと、最初から見てなかったんだ。ずっと、民しか見ていない。
「これが……」
「そう。わが国の主です」
そう言ったゲンリュウの顔は、どこか誇らしげだった。
今なら分かるよ、ゲンリュウ。「民は殿を信じ、殿は民を守る」か……
比喩表現じゃなくて、本当に守ってるんだな。
「さぁ、残る魔族はあと一人。シロ殿たちを探しましょう!」
そうだった。たしか、リーガとかいう魔族をシロとモモが追いかけて行ったんだったな。
まぁ、アイツらがやられることはないだろう。むしろそうだとしたら、ここにいる誰も勝てないぞ……
『……ワンッ! ワンッ! グルルルルッ!』
『……キシャァァァァァッ!』
「この声は……!」
「シロとモモだっ! 行こうゲンリュウ!」
俺たちは、声のする方へ急いだ。きっとまだ戦闘は終わってない。
シロとモモが……危ない!
◆
林を抜けたところで、シロとモモの姿が見えてきた。魔族、リーガの姿は……あれ? どこにいる?
『グルルルルッ!』
『キャキャキャッ!』
……何してんの? シロとモモは身体中泥だらけになりながら、揉み合うように喧嘩していた。
「ユージ、あれ……魔族じゃない?」
リディアが指差した先には、上半身を地面にめり込ませ、下半身だけを生け花みたいに飛び出させたやつがいた。
「あの格好はたしかに魔族……か?
なにこれ、どういう状況?」
次話へ続く




