第60話「やな奴」
──侍の国、ニニホン。
大通りを歩くにつれ、人の流れは次第に城へ向かって集まっていく。
やがて、視界が一気に開けた。
「うわっ……」
思わず足が止まる。
城を囲むように幅広い堀が掘られ、その水面には青空と白い城が鏡のように映り込んでいた。
堀に架かる巨大な木橋を越えた先には、高く積み上げられた石垣。
その上へ堂々とそびえ立つ城は、何重にも重なる白壁と黒い瓦屋根を持ち、空へ向かって羽を広げる白鷺のように美しかった。
天守は五層──いや、それ以上あるような気さえした。
最上階では黄金の装飾が太陽の光を受け、眩しく輝いていた。
「でっっか……」
グランシアの王城とはまるで違う。
あちらが重厚で威厳を感じさせる城なら、こちらは美しさと堅牢さを兼ね備えた要塞だった。
橋の両脇には鎧姿の侍たちが槍を手に並び、一歩たりとも油断する様子はない。
近付くだけで空気が張り詰める。
「ここが……殿のいる城か」
「はい。ニニホン城にございます」
ゲンリュウはどこか誇らしげに胸を張る。
「まるで映画のセットみたいだ……」
いや、違う。
これは本物だ。
俺は城門を見上げながら、思わず息を呑んだ。
日本の城はいかに“侵入しづらい”かを考えながら見ると面白いと聞いていたが、この城はまさにそれだ。
敵の侵入を防ぐことを最優先に設計されているのが分かる。
感心しながら眺めていたが、ふと疑問がよぎる。
「なぁゲンリュウ。シロとモモは連れて入って大丈夫なの?」
「もちろん構いませんよ。わが国では魔物を妖怪、テイマーを妖術使いと呼んでます」
「うん。そういえば殿様ともそんな話してたね」
「そして大昔にニニホンは一度滅びかけております」
「えっ!? そーなの!?」
「それを救ってくれたのが妖術使いのヤマト様でございます。なのでニニホンでは妖術使いは英雄視されておるのです」
なるほど、だから俺が選ばれたのね……
勘弁してくれよ。
門を抜けると、城門よりも少し狭くなった通路が坂道になっている。
「これ、城に着く前にバテそうだな」
坂道は180度カーブを描き、さらに続く。
「なにこれ……キッツ……」
「もう少しですので辛抱を。馬が速度を出せない作りになっておりますので」
そういうことね。客人にはちと荒い作りだな。
あっ、鎖国国家だったわ。
「んっ? あの壁にある穴はなんだ?」
「それは狭間にございます」
「はざま? なにそれ?」
「ここから矢や鉄砲で敵を迎え撃つのです」
へー、凄いな。俺は狭間を覗き込む。
「うわっ! 中だけ広くなってる! これなら敵からは狙われにくいじゃん!」
「はい。攻めるより守る方が圧倒的に有利なのです」
そういえば、教科書で見たことあるかも!
日本の城って凄いんだな。ここはニニホンだけど。
◆
──ニニホン城、城内。
城内へ入ると、外観からは想像できないほど狭い通路、そして全ての部屋に襖がありどこがどう繋がっているか分からない作りになっている。
俺が城内に釘付けになっていると、いつの間にかゲンリュウがいなくなっていた。
「あれ? ゲンリュウ? こっちか?」
俺は襖に手をかけ開けようとすると、後ろからゲンリュウが声をかけてきた。
「ユージ殿、こちらです」
「おおっ、そっちなのね。というか凄えな! 迷路みたいだ」
「ハハハッ! 慣れれば大したことないですが、初めてくる敵なんかは迷って殿の元へはたどり着けないようになっております。私から離れないようにしてくださいね」
なるほど、大軍が城門を突破しても城内ではまばらに散るしかないのか。理にかなってるな。
「殿の元へ行くにはこの階段を使います」
「……なんだこりゃ」
その階段は人一人が通れるだけの狭い幅と、急で登りづらい作りになっている。
どんだけ守りに特化してんだよ。凄えな。
「ゲンリュウ、なんでこんなに守ることばっか考えた城なんだ?」
「攻めるのは侍の仕事。城は殿を生かすための場所です」
「……なるほど」
「殿がお亡くなりになれば、国は終わりますから」
そういうもんなのか? 国民さえいればまた復興できる気がするが……
「民は殿を信じ、殿は民を守る。それがニニホンでございます」
「……そうか」
「殿は民を守る」ねぇ……。民そっちのけで城に引きこもって守りを固めてるようにしか見えないんだが。
「こちらに殿がおられます」
階段をのぼった先の部屋に案内される。窓の外にはさらに高い建物が見えた。
「えっ? あっちの高いやつじゃないの?」
「あちらは天守にございます」
天守? あぁ、あれが天守閣ってやつか。
「えっ、殿様って天守閣にいるんじゃないの?」
「天守は最後の砦にございます。殿が普段おられるのは、この本丸御殿です」
へぇー。これ、日本の城もそうなのか? ちゃんと勉強してなかったからよく分からんな。
「殿、ユージ殿をお連れいたしました」
「……入れ」
部屋へ通されると、そこは想像よりも広くはなくちょっとしたリビングくらいだった。
あっ、殿様が肘を置いてるあの枕みたいなやつは見たことあるぞ。あれ、本当にあったんだ。
「ユージよ、長旅ご苦労であった。して、ゲンリュウ。その妖怪がそうなのか?」
「はっ、こちらがユージ殿が使役しておられる妖怪にございます」
妖怪、妖怪ってなんか響きが嫌だな。
「ふむ……なんとも小さく弱そうじゃのう」
は? おい殿様、今なんつった?
「いえいえ、そのようなことはございません。
こちらは、まだ子どもの妖怪ですが、人間がどうこうできる強さではございませぬ」
「そうか……まぁよい。ユージよ、その力でしっかりと余を守るのじゃぞ」
あー、俺コイツ嫌いだわ。
次話へ続く




