第55話「犬猿の仲」
──王都グランシアの外れ、平原。
「始まるぞ……!」
俺たちはフェンリルの背に乗り、シロと猿獅子の喧嘩を見守っている。
「なんでこんな事になったのよ……」
リディアは頭を抱えている。それもそうだ。猿獅子の被害に悩む村を救いに来たのに、いつの間にかフェンリルと猿獅子の喧嘩を見守ってるんだから。
「もう、なるようにしかならないさ」
俺もこのあとどうなるのかなんて想像できない。
最悪、この国にいられなくなるかもな……
史上最悪の子どもの喧嘩が今まさに始まろうとしている。
◆
『グルルルルッ……!』
鋭い威嚇の声と共に、シロが地面を蹴った。子どもとはいえ、伝説の魔物フェンリル。その跳躍が巻き起こす衝撃波だけで、周囲の木々が激しくしなる。
『ギャウッ!』
対する猿獅子の子も、一歩も引かない。燃え盛るような黄金のたてがみを逆立て、鋭い爪を振るって迎え撃つ。
ドォン、と小さな体がぶつかり合ったとは思えない重低音が轟いた。
シロが風の刃を放てば、猿獅子の子は神速の身のこなしでそれをいなし、咆哮を轟かせる。
ただのじゃれ合いのはずが、一歩ごとに大地が爆ぜ、大気が震える。
まさに怪獣大決戦だ。俺は暴風に吹き飛ばされないよう、必死に背中にしがみつきながら、その規格外すぎる“子どもの喧嘩”を呆然と見つめるしかなかった。
『ガァァァァァッ!』
猿獅子の子が飛び出した。
地面を蹴った瞬間、小さな体が黄金色の残像となって一直線に駆ける。
『ワンッ!』
シロも真正面から迎え撃つ。
──ドォォン!
真正面から激突。
衝撃だけで草原の草が一斉になぎ倒され、土煙が渦を巻く。
「うわっ!」
俺は思わず身を伏せた。子ども同士だよな……?
その疑問を嘲笑うように、二匹は再びぶつかる。
ガガガガガッ!
鋭い爪が火花を散らし、互いの牙が激しく噛み合う。シロは前脚を踏み込み、一気に押し込もうとする。
『グルルルッ!』
しかし猿獅子の子は真正面から力比べを続けず、ひょい、と身を翻して横へ回り込んだ。
「そんな動きアリかよ!」
そのまま岩を蹴る。
木を蹴る。
地面へ片手をつき、信じられない角度で方向転換。
周囲の地形を遊具のように使いながら、シロの周囲を高速で駆け回る。
「速っ!」
『──ワンッ!』
シロは風を纏い、一瞬で距離を詰める。
しかし猿獅子の子は紙一重でかわすと、尻尾でシロの鼻先を軽く叩いた。
『キャンッ!?』
「アイツ……煽ってる!?」
次の瞬間にはもう木の上。
得意げに胸を張り、小さく鳴く。
『キッ♪』
「完全にガキじゃねぇか!」
シロの耳がぴくりと震えた。その目には怒りが滲み出ている。
『ワォォォォン!!』
咆哮が上がると、シロの周りに突風が吹き荒れる。
シロは一直線に駆け出した。
フェイントも小細工もない。
──真っ向勝負。
猿獅子の子も笑うように飛び降りる。
『ギャッ!!』
──ドゴォォォン!
再び正面衝突。
爆風が平原を駆け抜け、遠くで見守るフェンリルと猿獅子の鬣だけが、わずかに風へ揺れた。
二頭は何も動かない。
ただ静かに、自分の子どもたちを見守り続けていた。
「……凄い。これでまだ子どもなのかよ!?」
「まるで勝てる気がしないわね……」
改めて、物凄いやつと友だちになったんだな。
というかコイツ、闘技大会じゃ全然本気じゃなかったのかよ……
俺はシロたちの闘いに気を取られて、前のめりになっていた。
そして──
ズルッ……!
「あっ、やべっ!」
「えっ!? ちょっと、ユージ!?」
俺はフェンリルの背中から滑って落ちてしまった。見晴らしがいい丘まで乗せてもらってたから、この高さは……うん。死んだな。
俺の頭の中を、走馬灯が駆け巡った。
最初の森で巨大猪に追われ、そしてワイバーンに襲われ、闘技大会では魔族に襲われた。
何だこの走馬灯は。俺、何回死にかけてんだよ。
そして最期は転落死か……あっけなかったな。
──ドシンッ!
イテテテッ……んっ? 死んでない?
「あれ? ……って、シロ!? なんでお前が!?」
シロは俺の落下先へいち早く滑り込み、身体で受け止めてくれていた。
『クゥゥゥン……』
「シロ……ありがとう!」
俺はシロに回復薬を飲ませ、抱きしめた。コイツに何回助けられたか……マジでいい奴だ。
シロは何事もなかったかのように起き上がり、再び猿獅子を睨みつける。まだする気かよ。
『グルルルルッ……!』
『……シャッ!』
猿獅子の子どもは、ぷいっとそっぽを向いて離れ始めた。
「あれ? アイツどこに行く気だ?」
「終わりってこと?」
あれ? もしかして飽きちゃった?
「闘いそっちのけでアナタを助けたから……拗ねちゃった……とか?」
何だそれ。子どもかよ。
あっ、子どもか……
森へ帰っていく猿獅子の子どもを見送り、残された親と俺たちの間に気まずい沈黙が流れる。
『ウチノ子ガスマナイ……』
「あっ、いえいえお気遣いなく」
猿獅子ってSランクの割に、礼儀正しいんだな。
って、おい。
「は!? 喋れんの!?」
次話へ続く




