第54話「保護者面談」
──王都グランシアの外れ、寂れた農村。
ズシン……。
ズシン……。
地鳴りがした。
いや──違う。
重い足音が、大地そのものを震わせていた。村の外から姿を現した瞬間、思わず息を呑んだ。
四足で歩くだけでも、その背丈は大人の男を軽く見下ろすほど。
巨体は岩のように分厚く、黄金色の毛並みが風を受けるたび波打つ。首元から胸にかけて広がる雄々しい鬣は、まるで王の威厳そのものだった。
その顔立ちは猿に近い。
だが、鋭い眼光には獣の野性と、人間にも似た知性が同居している。
やがて巨体がゆっくりと後ろ足だけで立ち上がる。
──ドンッ。
二本の足で立ったその姿は、まるで城門のようだった。
長くしなやかな獅子の尾が地面を一度だけ打つ。
その一振りだけで土煙が舞い、周囲の木々が大きく揺れた。
逃げる気配も、威嚇する様子もない。
ただ静かにこちらを見下ろしているだけ。
それだけで、本能が告げていた。
──勝てる相手ではない。
「リディア。猿獅子の成体相手に──」
「無理よ。何もかも通用しないわよ」
「そんなことないだろ。ヘルフレイムなら多少は効くんじゃないの?」
「毛が少し燃えて焦げ臭くなるだけよ……。
あのね、Sランクっていうのは人間がどうやっても勝てないから付けられてるの」
ズシン……。
ズシン……。
ヤバい。そうこうしてるうちにどんどん近付いてくるじゃん。
「早く逃げなきゃ!」
俺たちが物陰に隠れようとしたその時──
見上げる視界が、突如として夜に塗り潰された。
地響きと共に跳躍した巨体が、頭上の太陽を完全に遮る。
巨大な影がまたたく間に広がり、俺たちをすっぽりと覆った。
ドシィィィィン……!
物凄い揺れと風に、思わず尻もちをつく。目の前には威圧感なんて言葉で説明できないほどの圧倒的な死の予感が広がっていた。
「あ、あ……来たぞ……リディア!」
「アタシに振らないでよ! 無理っ!」
猿獅子の親は、俺たちを凝視している。鋭い眼光に呑み込まれそうだ……
『グルルルルッ……!』
シロは相変わらず猿獅子の子どもを睨みつけ、唸り声を上げ続けていた。
シロ、お前状況分かってる? 殺されるからやめとけって!
『ワンッ! ワンッ!』
今度は猿獅子の親に向かって吠え始めた。『親は関係ない! どいてろ!』と言わんばかりに一度だけ親へ吠えると、再び視線を子どもへ戻した。
「おいシロ、やめとけって!」
『キシャァァァァァッ!』
猿獅子の子どもは親の陰からシロを睨みつけながら威嚇している。
あれ? なんか可愛く見えてきたんだけど。コイツ……まさか喧嘩初めてなのか?
「ユージ! シロを止めてよ!」
「なぁリディア。これ、ただの子どもの喧嘩じゃね?」
「ハァ!? 何言ってんのよ!? Sランク同士なのよ!? 喧嘩じゃ済まないわよ! それに──」
『アォォォォォォォンッ……!』
遠くの方で、聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。
間違いない、アイツだ……。なんとか収まりそうだと思ったのに、話がややこしくなりそうな予感がする。
「ユージ……来たわよ」
頬を打つ突風に、俺は思わず目を細めた。
凄まじい風圧を従えて、まっすぐにこちらへと向かってくる。
──伝説の巨狼、フェンリル。
大地を噛む咆哮のような足音が、俺の心臓を激しく震わせる。
大気を切り裂き、嵐を纏って疾走するその神々しい姿に、俺たちはただ息を呑み、釘付けになるしかなかった。
「ははは……。シロ、母ちゃん来ちゃったな」
睨み合うフェンリルと猿獅子……の親子。人間なら日常の風景なのに、Sランクの魔物に置き換えただけで世界がひっくり返りそうな緊張感が広がる。
「これ、どうなるの?」
リディアが小声で聞いてくる。いや、俺に聞かれても!
俺のすぐ隣で、親フェンリルが静かに身をかがめた。
その巨大な鼻先が、まだ唸り声をあげながら足元でぐずついていたシロの背中を、ぽんと優しく、だが力強く前へと押し出す。
『行ってこい』という声なき声が風に乗って聞こえた気がした。
親の温かい促しにシロは一度だけ振り返り、短く吠えると、意を決したように俺の前へと一歩を踏み出した。
「これは……?」
すると猿獅子の親もまだ名残惜しそうに足元でぐずついていた子どもの背中を掴み、前へ投げた。
『キャッ!?』
戸惑う猿獅子の子どもを、親は温かい目で見守る。意を決するように、子どもは前方にいるシロを見据えた。
「ユージ……これって……」
「だから言っただろ? 子どもの喧嘩なんだよ。
おいっ! シロ! 村で喧嘩するとみんな怖がるから外に行くぞ!」
『ウゥゥゥッ……ワンッ!』
シロは誘うように村の外へ顔をクイッと向けると、猿獅子も応えるように頷き、二匹は村の外へと消えていった。
「シロの母ちゃん! ありがとう!
リディア、俺たちも行くぞ!」
「ハァ!? まだ状況が分かんないんだけど!?」
戸惑うリディアの手を引き、シロたちの元へ向かおうとすると、シロの母ちゃんが身をかがめた。
えっ? 乗れってこと?
「……乗っていいのか?」
『ヴォフ!』
「やったなリディア! 特等席だぞ!」
「もう、訳わかんない……」
次話へ続く




