第53話「その猿、手を出すべからず」
──王都グランシアの外れ、寂れた農村。
「村長……今、なんて言ったんだ?」
「何でもないわい。とにかく、あんたらよそ者が猿獅子様に手を出すことはこのワシが許さん」
……なんなんだよこの村は。
俺たちは村長と別れて村の外れで今後について話をした。
◆
「ねぇユージ、これからどうすんのよ?」
「どうするも何も、村長が放っといてくれって言ってんだからもういいんじゃね?」
「そうだけど……あぁ、もう! なんかモヤモヤするわね……」
それは俺もだ。なんかこの依頼、おかしいぞ。
この村の現状を国は把握してるはずだ。それなのに何故こんな依頼を……
「……んっ?」
「えっ、なによ……」
「そもそも王様は俺らに討伐依頼を出したのか?」
「えっ? それってどういう意味?」
「いやな、王様から言われたのはこの村を“救ってくれ”なんだよ。討伐しろとは言ってないなって」
「まさか……だからアナタに依頼したってこと?」
そのまさかだな。王様は、俺がフェンリルまで従えてるのを見て『猿獅子とも話がつく』と思ったんだろ。
「つまりこの依頼は『猿獅子を懐柔し平和的に解決しろ』ってことだな」
リディアは呆れたように口をあんぐりと開ける。
「ハァ!? そんなことどうやってやるのよ!?」
「知るかよ! 俺が聞きてぇよ!」
これは王様にしてやられたな……
こんなの、どうやって解決しろってんだよ。
「討伐じゃないって村長さんに言いにいきましょ。
もしかしたら、協力してくれるかも」
「えっ? なに、まだ続ける気なの?」
「まだって……何も始まってないでしょ!」
もうやだよー。怖いし面倒くさいしもう帰りたいんだけど。
俺は渋々村長の元へと向かっていった。
「あれ? 人が……消えてる?」
「本当だ。誰も外にいないじゃん」
「なんで……はっ! まさか……」
えっ、なになに怖いんだけど! まさか……ってなんだよ! なにか始まるのか!?
その時──茂みがガサリと揺れた。
現れたのは、シロより一回り大きな獣だった。
一見すると猿だ。四肢を器用に使って地面を駆け、こちらを窺う瞳には人間のような知性すら宿っている。
だが、次の瞬間。
スッ──と後ろ足だけで立ち上がった。
「……猿?」
いや、違う。
首元にはまだ短いながらも黄金色の鬣が揺れ、陽光を受けた毛並みは猿のそれではなく獣の艶を帯びている。
そして何より、ゆらりと左右に揺れる長い尻尾。
その先端だけが、獅子のようにふさりと膨らんでいた。
小さい。
だが、その場に立つだけで妙な威圧感があった。
「ウソだろ……あれが猿獅子?」
「そうみたい。私も文献でしか見たことないけど、特徴は本の通りだ……」
「ど、どうする?」
「とにかく一旦物陰まで下がりましょ! 村の人たちがいないのも、この時間に来るって知ってたのよ!」
俺たちは猿獅子の注意を引かないように、ゆっくりと後退りする。
『グルルルルッ……!』
「ちょっ、おいシロ落ち着けって! 今は隠れるぞ! な?」
『グルルルルッ! ワンッ! ワンッ!』
ちょっ、バカ! 吠えんなよ! 威嚇してどうする!?
「おい、シロ! やめろって……」
その時、背後から村長の声が聞こえる。猿獅子に気取られないよう小声で叫んでいた。
「おいっ! お前たち! 何をしてる!?」
「あっ、村長! なんで来るって教えてくれなかったんですか!」
「いいからその犬を黙らせるんだ! いいな?
猿獅子様には絶対に手を出しちゃならんぞ?」
そう言われても……ウチのシロさんがやる気出しちゃってるんですけど。
猿獅子は、シロを見るなり歯を剥いた。
手を地面につき、毛を逆立てる。あっ、これ怒ってるわ。
『グルルルルッ……!』
『シャーッ!』
ちょっとシロさん? なんでコイツ止まらないんだよ……。猿獅子……猿と、犬……。
「あっ、そういうことか」
俺が納得した時には、もうすでにシロの威嚇は最高潮に達していた。犬猿の仲って、本当にそうなんだ。
『アォォォォォォォンッ!』
うぉい! なんで遠吠えなの!? そんなことしたら、母ちゃん来ちゃうじゃん! また怒られちゃうよ!
『ギャッ! ギャッ! ギャッ!』
えっ、なにそれ? 猿獅子まで叫び出したんだけど。
『キィィィーーッ!!』
高く鋭い警戒音のような叫び声をあげる。
これは……もしかして親を呼んでる?
「あぁ……! お前たち、どうしてくれるんだ!」
村長が怯えるように震えた声を出す。
「えっ、そんなにマズイんですか?」
「……親が来るぞ」
えっ、親来るの? シロも多分呼んじゃってるけど、これってマズくない?
ていうか、お前ら。子どもの喧嘩に親を呼ぶなよ。
村中に響き渡るシロと猿獅子の威嚇。周りの家からガチャリと鍵をかける音が聞こえてきた。
「儂も家に避難する。お前さんたちはこの責任を取ってここにいろ。ええか? 逃げるなよ?
そして、猿獅子様には手を出すな! ええな?」
「えっ、それ難しくないです?」
「元はといえばアンタらが来んかったらこんなことにはなってねぇだろ! ええな! 穏便にやり過ごすんだぞ!」
村長はそそくさと家に入っていった。
そして──
ズシン……。
ズシン……。
村の外から地鳴りが聞こえてきた。
あーあ、来ちゃったよ……
次話へ続く




