第49話「救世主」
──王都グランシア、闘技場。
「さっきまでの威勢はどこにいったんですか?」
「グッ! ガハッ……!」
クレイは俺の襟元を掴み、軽々と持ち上げている。くっ、苦しい……
クソッ! どう足掻いても俺なんかが勝てる相手じゃない。
……ガシッ! ……ガシッ!
俺は力なくクレイを蹴る。動く度に締め付けが強くなり、今にも意識が飛びそうだ。
「せっかくメインにしてあげたのに、正直がっかりですね」
クレイが俺を投げ捨てると、倒れていたシロの側まで飛んでいった。
「ガハッ!」
痛え……身体中痛えよ……もう、動けねえ。
『グッ……グルルッ……!』
シロは意識も定かでないまま震える足で起き上がり、クレイを睨みつける。
「はぁ……その子を少しは見習いなさい。貴方のために、死にかけでも起き上がってるじゃないですか」
「シ、シロ……やめろ……」
俺は力の入らない腕で必死に身体を起こし、シロに覆いかぶさるように抱きついた。
「もういい。もういいから、死ぬな」
「おぉっ! なんと美しい! その愛に免じて二人一緒に殺してさしあげますよ!」
クレイは手のひらに火球を作り出し、ゆっくりと近付いてくる。
あっ……これは完全に終わったな。俺はシロを思い切り抱きしめ、目を閉じた。
リディアが俺の名前を叫ぶ声が聞こえる。お前だけでも逃げてくれよな……
その時──
『ガオォォォォォォッ!』
闘技場の外からとんでもない咆哮が上がった。
会場全体が揺れている。ゆっくりと目を開くと地面の石がカタカタと震え出した。
「な、なんだ……?」
視線を空へ向けると、逆光の中に黒いシルエットが浮かび上がる。
そのシルエットは徐々に大きくなり、闘技場に降り立った。
ドォォォォォンッ!!
砂煙の中から姿を現したのは、雪のように白い巨狼。
全身を覆う毛先は蒼く輝き、その黄金の双眸は王者の風格を宿していた。
『アォォォォォォォンッ!』
その遠吠えは闘技場内の空間そのものを揺らし、脇で見ていた選手たちが一斉に腰を抜かした。
観客席で怯えていた観客たちがバタバタと失神している。
「は、ははは……シロ! 母ちゃんが来てくれたぞ!」
『わぅ……クゥゥゥン……』
シロは安心したのか、地面に倒れ込み再び意識を失った。待ってろ、今回復薬を……
「フェンリルの成体……! 私も初めて見ましたよ。これは……格が違う……!」
クレイは笑顔を浮かべているが、その頬には汗が伝っていた。
そして──
『ギャァァァッ! ギャオォォォォォッ!』
逆光で姿は見えない。だが、その上空には二匹のワイバーンが悠然と翼を広げていた。
クレイが一瞬だけ空を見上げた。
「なんと、ワイバーンまでも……これは、なかなかマズイですね」
おぉ、ワイバーンも来てくれたのか。よし、クレイが気を取られてる隙に……
「マ、マジェルカ……」
俺のか細い声に気付いてくれたマジェルカがそっと近付いてくる。
「ユージさん! 大丈夫ですか!?」
「……大丈夫に見える? それよりも、俺の鞄から回復薬を持ってきてくれないか? もう動けなくて……」
「──っ! 了解っす!」
マジェルカがそそくさと会場をあとにする。クレイはその姿を目で追うが、動けない。
それもそのはずだ。ジリジリとシロの母ちゃんが詰め寄っている。
「クッ! これも貴方が呼んだんですか?
フェンリルの成体にワイバーン……さては本気を見せていなかったのですね……!」
何言ってんの? 本気も本気。俺はお前に手も足も出ねぇよ。
「……いいでしょう。ここはいったん引かせてもらいます」
えっ? マ、マジすか?
「私は、魔王軍四天王ロズワール様直属第一部隊長、クレイと申します。
貴方とはまたいつか会えるでしょう。どうぞよろしく」
「は、はぁ……」
「それでは、失礼します」
クレイが翼を丸め、身体を包み込むと、紫色に渦巻きながらその姿は消えてしまった。
なにあれ? 瞬間移動?
っていうか、魔王軍だ四天王だって話が大きくなってない? あの強さで四天王ですらないの?
「これ、人間じゃあ勝てないじゃん」
「ユージさん! 回復薬っす!」
マジェルカが身を潜めながら戻ってきた。
「どうぞ! ……って、あれ? 魔族は?」
「なんか、帰ってっちゃったよ」
「か、帰った!? じゃあ助かったんすか?
や、やったぁぁぁっ!」
マジェルカが思い切り抱きついてきた。痛いから。身体中ボロボロだから。早く回復薬よこせ。
俺は回復薬を受け取ると、シロへ飲ませた。
──パアァァァァッ!
『わぅふ!』
はははっ。いつもの調子に戻ったな。俺はもう一本をぐいっと飲み干し、ようやく息をつく。
「ふぅ。シロ、ありがとな。カッコよかったぞ!」
俺はシロをわしわしと撫でる。
『わぅふ! クゥゥゥン……』
甘えてきやがって! 可愛いなぁ。
シロと戯れていると、母ちゃんがのしのしと近付いてきた。
その目は、我が子を心配してるようにも見えるが、明らかに俺へ向けて怒りが滲んでいる。
「そうだよな……。シロの母ちゃん、子どもを危険な目に合わせちゃってごめんな」
シロの母ちゃんは「分かればいいんだ」と言わんばかりにぷいっとする。
そして、シロとなにやらやり取りをして闘技場をひとっ飛びで出ていった。
上空にいたワイバーンも、もう大丈夫だと判断したのか『グワッ!』と一言だけ残して飛び去っていく。
「ようやく、終わったな……」
俺は疲れて地面に座り込むと、観客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
──ワァァァァァッ!
「ありがとう! ありがとう!」
「救世主様だ!」
「シロちゃーん! こっち見てー!」
物凄い大歓声に包まれながら、シロを撫でる。
「良かったな、シロ! 救世主だってよ!」
「何言ってんすか! 救世主はユージさん、アンタでしょ!」
えっ、俺? この歓声って俺に!?
次話へ続く




