第48話「絶体絶命」
──王都グランシア、闘技場。
「先ほどの彼に勝ったお方ですか。せいぜい楽しませてください、ねっ!」
クレイは、ディーノが放った下段蹴りを軽々と片足で受け止めながら、それでも笑っていた。
まるで、戦闘そのものを楽しんでいるようだ。
「……戦闘狂かよ」
「戦闘狂ですか。たしかに、私を楽しませてくれる強い人間に会いたいものですね」
ヤベッ! 聞こえてたのかよ。
「しかし、この男も所詮この程度。やはり噂は噂でしたか……」
クレイは退屈そうにディーノの攻撃をあしらいながら、あくびをしている。噂ってなんだよ。
「ガハッ!」
ディーノはクレイの蹴りを腹にもらい、地面に膝をついた。
「ほんの少し強かったですよ。“彼よりは”ね」
クレイが軽く蹴り上げると、ふっ飛ばされたディーノが俺の目の前に落ちてきた。
「グッ! ……申し訳ありませんユージ様。ダメージどころか、て、手も足も出ません……でした」
「おい! もう喋るな! いいから寝てろって」
「それと……噂の件。私が、ユ、ユージ様の参戦を、だ、大々的に公表……してました」
えっ? なにしてんの?
その噂を聞きつけてアイツが来ちゃったの?
「ほう、貴方が噂の冒険者でしたか」
視線を上げると、いつの間にかクレイは目の前にまできていた。
「ひ、ひぇっ!」
俺は恐怖で腰が抜け尻もちをつく。
「ふむ。なんとも頼りない男ですね……」
クレイはゆっくりと手を振り上げた。
「まぁ、闘いが始まれば本気を出す強者もいますから、貴方もそうなんでしょうかね」
あ、ヤバい。これは、ダメなヤツだ──
クレイが手を振り下ろした時、俺の脳裏には“死”の文字がよぎる。
その時──
『アオォォォォォォォンッ!』
シロの遠吠えに、クレイの手が俺の顔のすぐ目の前で止まる。危なかった……! シロがいなかったら確実に終わってたよ……
「……この子はたしかシロ君でしたか。フェンリルを従えてるのなら、かなり出来るみたいですね」
『グルルルルッ!』
「どうやら、貴方と闘うのなら彼を倒してからみたいですね」
クレイは闘技場の中央へと戻っていく。
「さぁ、上がってきなさい。この国にいる人間を賭けて私と闘いましょう!」
無理だよ……なんで俺なんだよ。今すぐに逃げ出したいが、コイツならこの国ごと焼け野原にできるだろう。
どこに逃げても無駄だな……
俺は、闘技場へと上がっていく。なるべく時間を稼いで誰か助けに来てくれるのを待とう。
「──それでは始めましょうか」
その時。特別席からの声が闘技場に響き渡る。
「ユージ! 何考えてんのよ!?」
リディアが杖を構えて魔力を注ぐ。杖先に集まった光が巨大な火の玉を作り出している。
「リディア! やめろ!」
「……彼の言う通りです。せっかくの楽しみをそんな曲芸で興醒めさせないでいただきたい」
パチンッ──
クレイが指を鳴らすと、杖先に集まった魔力が音もなく霧散した。
「魔族相手に魔法勝負は勇敢ですが、無謀すぎますよ」
「あ……あぁ……」
リディアはその場に力なく座り込む。
そりゃそうだ。これだけ格の違いを見せつけられたんじゃあ。しかも得意の魔法でだ。
でもこうなるといよいよ俺の死が……
『グルルルルッ! ガウッ!』
シロが俺の前に立ちはだかると、ギリギリと歯を鳴らしながら突進していく。
なんで俺なんかのためにそこまでできるんだよ。
リディアだってそうだ。あんなにやめとけって言ってた魔族相手にどうして立ち向かえるんだ?
「クッ……! 子どもとはいえ、さすがはフェンリル……!」
シロの爪が鋭くクレイの服を切り裂いた。クレイは初めて攻撃を受けるのではなく、“避けた”。
『ガウッ!』
地面を蹴ったシロの姿が一瞬で掻き消えた。
「──ッ!」
クレイは初めて笑みを消し、紙一重で身を捻る。
風を切る音だけが闘技場に響き、シロの牙が頬を掠めた。
「ほう……」
着地したシロは間髪入れず地面を蹴る。
右へ。
左へ。
低く潜り込み、そのまま喉元へと飛びかかる。
クレイは一歩、また一歩と後ろへ下がり、その猛攻を避け続けた。
「速い……!」
観客席の誰かが思わず声を漏らした。
今まで一歩も動かなかった魔族が、初めて自ら距離を取っていた。
『ガウッ!』
シロは止まらない。
爪が石畳を砕き、土煙を巻き上げながら何度も襲いかかる。
クレイはその全てを紙一重で躱し続ける。
「なるほど……これがフェンリルですか」
その口元に、再び笑みが浮かんだ。
「ですが、もう見切りました」
シロが一直線に飛び込んだ。その瞬間だった。
クレイの体が半歩だけ横へ流れる。
空を切る牙。
すれ違いざま──
「甘いですよ!」
ブォンッ!
鋭い回し蹴りがシロの脇腹を捉えた。
『キャンッ!?』
鈍い衝撃音とともに、シロの小さな体が宙を舞う。
「シロォォォッ!」
地面を何度も跳ねながら吹き飛ばされ、闘技場の壁へと激突した。
砂煙が静かに舞い上がる。
「お、おい! シロ? おいっ!」
俺はシロに駆け寄り、膝をつく。
ピクピクと痙攣しているがまだ息はある。
「ふふっ、少し楽しめましたよ。それじゃあ、メインディッシュにしましょうか」
俺の背中にじっとりとした汗が流れる。
「あ、アンタの目的はなんなんだよ!」
「……? 言ったでしょう? 強い者と闘いたい」
「たった……それだけのために、シロは……」
俺は立ち上がり、鋭くクレイを睨みつけた。
「絶対に……許さない……!」
次話へ続く




