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第42話「ヤマイヌ亭」


──王都グランシア、ヤマイヌ亭。


 大通りをリディアに引っ張り回されているうちに、すっかり夕方になっていた。まぁ俺も楽しかったからいいけど。


 久しぶりに時間を忘れて街を歩き回ったな。人は多いけど、東京のそれとは全然違うな。


「ここがヤマイヌ亭か?」


「そうみたいね。なんか、想像と違って──」


「いいな、ここ」


「えぇ、そうね」


 俺は石造りの宿を想像していた。だが目の前にあったのは、大きな木造の建物だった。


 壁には蔦が絡まり、窓辺には色とりどりの花が飾られている。

 扉の上には、尻尾を振るヤマイヌの木彫り看板。


 街の喧騒とは別世界のような、どこか懐かしい空気が流れていた。


「こりゃ夜ご飯も期待できるな!」


「アナタまだ食べる気なの? アタシ屋台の食べ歩きでお腹いっぱいなんだけど」


「……リディア。お前は旅の醍醐味を何も分かってないみたいだな……がっかりだよ」


「なによ、ムカつくわね」


 中に入ると、俺たちに気付いた店主のおばちゃんが元気に声をかけてきた。


「おや、アンタたちがディーノさんの言ってたレグシアからのお客さんかい? いらっしゃい! ゆっくりしていきなよ」


 ……良い。宿屋はやっぱりこうじゃなきゃな。


「はいよ。忘れたら大変だから、これだけ先に渡しとくわね!」


 俺は、おばちゃんから渡された封筒を受け取る。

 中を開けるとそこにはチケットが入っていた。


「これは……闘技大会のチケット? なぁおばちゃん、この“特別席”ってなに?」


「あらま! そこは各国の要人たちが座ってる席じゃないか。アンタたち、若いのに凄いんだねぇ」


 えっ? じゃあ、ここで王様と会うの? お城じゃないの?


「夜ご飯は一時間後くらいでいいかい?」


「あぁ、大丈夫だ。じゃあ一時間後に──」


「ユージ! 部屋見に行きましょ♪」


 えっ、ちょっと待って。まだ話は終わってない……俺はリディアに引っ張られて部屋のある二階に上がっていく。


「ふふっ、どうぞごゆっくり」


 部屋に入ると、広くもなく狭くもないちょうどいいサイズの空間に、大きなベッドが一つ。


──バフッ!


「めちゃくちゃふかふかだ! この宿やるわね」


 リディアはすぐさまベッドに飛び込んだ。そんなにふかふかなのか。

 俺のベッドは……っと、あれ? ベッドなくない?


「えっ、まさかベッドってこれだけ?」


「なによ、こんなに大きなベッドなのに不満なの?」


「いや、不満もなにも一つってことは一緒に寝るのか?」


「何言ってんのよ! アナタはあそこよ」


 リディアが指差した先には小さめのソファが一つ置かれていた。いやいや、あんなの膝から下全部はみ出んじゃん!


「はぁ!? こんなに大きいんだから一緒に寝ればいいだろ!?」


「嫌よ! どさくさに紛れて触る気でしょ!?」


「しねぇよ! 仲間だろうが! それに……」


「それに、なによ?」


 俺はエイルさん一筋って決めてんだよ──と言いかけて止まる。馬鹿にされる未来が見えたからだ。

 クソッ! 俺は黙ったまま小さいソファに寝転がってみる。


「ふかふかで気持ちいいじゃねぇか、クソッ!」


「シロはこっちで一緒に寝ようね」


『わぅふ!』


 あっ! おいシロ、裏切る気かこのやろう。

 諦めた俺は部屋の窓に近付く。窓を開くとさっきまでいた街の様子がまた違った形で見える。


「……王都ってスゲェなー」


 景色を楽しんでいると、何やら良い香りがふわりとしてきた。


「めちゃくちゃ美味そうな匂いだな」


「んー、本当ね! ねぇ、そろそろ食べにいきましょうよ!」


「あぁ、そうするか!」



◆



 俺たちは夕食が待ちきれずに下に降りることにした。そして、席に着いて待つこと数分。


「はい、お待ちどうさま!」


 おばちゃんが両腕いっぱいに料理を運んできた。


「うわっ……!」


 テーブルいっぱいに並べられた料理を見て、思わず声が漏れる。


 グツグツと音を立てる大鍋のシチュー。

 焼きたての丸パン。

 こんがり焼かれた骨付き肉。

 香草の香るローストチキン。

 彩り豊かな温野菜。


 どれも湯気を立て、部屋中に食欲をそそる香りを漂わせていた。


「えっ……これ全部?」


「もちろんさ。旅人は腹いっぱい食べて、ぐっすり寝る。それが一番だからね」


「……最高だ」


 思わず本音が漏れた。


「ユージ、早く食べましょ!」


 リディアも珍しく目を輝かせている。


「あれ? さっきお腹いっぱいって言ってなかったか?」


「えぇ。でも……これは当たりかも」


 そう言ってリディアは、シチューを一口運ぶ。


「……おいしい」


 その一言だけで十分だった。


「じゃあ俺も──」


 熱々のシチューを口へ運ぶ。


「っ!?」


 柔らかく煮込まれた肉が、噛む前にほろりと崩れた。

 濃厚なのに重くない。

 野菜の甘みがじんわりと広がり、焼きたてのパンとの相性も抜群だった。


「……うっま」


「でしょ?」


 おばちゃんは自慢げに笑う。


「王都へ来たら、また寄りなさいな」


「あぁ、絶対来る」


 俺たちは長旅と街歩きではしゃいだ疲れからか、部屋に戻るとすぐに眠りについた。



◆



──翌朝。


 小さいソファで寝たとは思えないほど気持ちよく目を覚ました俺は、ソファも悪くないなと思いながら背伸びをする。


 しかし、ぐっすりと眠るリディアとシロを見た瞬間に怒りが込み上げてきた。


 ──スパンッ!


「ふぇっ!? ……なに?」


「あっ、ごめん。つい叩いちゃった」


 リディアは寝ぼけ眼をこすりながら俺を睨む。


「……なに? 朝から喧嘩売ってんの?」


「ごめんって! それより、闘技大会見に行こうぜ!」


 朝食を済ませ、会場の場所をおばちゃんに聞いてから宿屋をあとにする。


「じゃあおばちゃん、またね」


「あいよっ! 今夜は腕によりをかけて作るから、頑張ってくるんだよ!」


「うん? あぁ、じゃあいってきます」


 んっ? 頑張る? 闘技大会見に行くだけなんだけど……んっ?




 次話へ続く

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