第八話 話題作り
とある日の昼休憩、綾人は食堂でパンを齧っていた。
向かいにはルークがいる。
「なぁ」
「ん?」
「お前最近聖女様ばっか見てるよな」
綾人の動きが止まった。
「見てねぇよ」
「見てる」
「見てない」
「見てる」
「うるせぇ」
ルークはニヤニヤしていた。
めちゃくちゃ殴りたい。
「まぁ気持ちは分かるけどな」
「何が」
「聖女様だぞ?」
ルークは肩をすくめる。
「俺だって好きだし」
「そうかよ」
「神殿の男は大体好きだろ」
それはそうかもしれないと納得し、綾人も否定できなかった。
顔が良い、優しい、偉ぶらない、欠点が見当たらない。
「でもなぁ」
ルークがパンを齧る。
「聖女様ってめちゃくちゃ頭良いらしいぞ」
「そうなのか?」
「知らなかったのかよ」
ルークは呆れた顔をした。
「神学も歴史も政治も詳しいらしい」
「神官達でも敵わないとか」
「へぇ」
綾人は少し驚いた。
「だから神官達も相談に来るんだよ」
「なるほど」
確かにそれなら納得できる。
「まぁ俺らじゃ話合わないだろうな」
ルークが笑う。
「天気の話くらいしかできねぇ」
「それはお前だろ」
「お前もだろ」
綾人は黙った。
聖女ともっと話したい。
だが話題がないのだ。
掃除の話をするのか、雑巾の絞り方について語るのか。
まぁ絶対違うことは分かる。
「……」
綾人は少し考える。
ふと思いついた単語、掲示板。
しかし綾人はすぐに頭を横に振り忘れ去る。
「どうした?」
「いや別に」
その日の仕事終わり、綾人は神殿の書庫へ来ていた。
ルークもいる。
「マジで来たのか」
「付き合えって言ったのお前だろ」
「冗談だったんだけど」
「帰るか?」
「帰らない」
ルークは椅子へ座り、そして本を開く。
「で?」
「何読めばいいんだ?」
「知らん」
「知らんのかよ」
綾人は適当に本を探した。
神殿史や神学入門、地方統治論と難しそうな本ばかりだ。
「眠くなってきた」
「まだ五分しかたってないぞ」
「もう眠い」
ルークはダメな方の才能があったが、綾人は無視して本を開く。
めちゃくちゃ難しい。
「何書いてんだこれ……」
意味が分からないが少しだけ面白い。
幸い自称要領のいい綾人は字をすぐに覚えたため、書物の閲覧は可能であったが、全く知らないことばかりだった。
「へぇ」
ページをめくる。
「ほぉ」
さらにめくり、気付けば集中していた。
「頑張っていますね」
突然声がした。
ルークと綾人の肩が跳ねる。
「うおっ!?」
振り返るとそこには聖女がいた。
「せ、聖女様」
「こんばんは」
柔らかく微笑む。
心臓に悪い。
ルークも慌てて立ち上がった。
「こ、こんばんは!」
「お勉強ですか?」
聖女が本を見る。
綾人は何故か恥ずかしくなり、本を隠そうか一瞬迷った。
「まぁ……」
「素敵ですね」
「え?」
「勉強は大変ですけど世界が広がりますから」
聖女は本当に嬉しそうに言った。
綾人は少し見惚れる。
すると。
「実はこいつ」
ルークが言った。
まぁそれそはそれは嫌な予感がしかしなかった。
「聖女様ともっと話したいから勉強始めたんですよ」
「おい」
「ぐえっ」
綾人の肘がルークの脇腹に入り、ルークが悶絶した。
だが遅い。
全部言われたので、これにてめでたく人生終わりだ。
「まぁ」
聖女は目を丸くする。
そしてくすりと笑った。
「それは嬉しいですね」
「……え?」
「私もお話するのは好きですから」
綾人は固まった。
脳が動かないので何も言えない。
「綾人さん」
「は、はい」
「無理はしないでくださいね」
「勉強は続けることが大切ですから」
「……はい」
情けない返事だった。
そして聖女がまた笑ったその時だった。
「ルーク!」
書庫の入口から声が飛ぶ。
神官だった。
「お前いたのか!」
「やべ」
ルークが顔をしかめる。
「手伝い頼む!」
「今行きます!」
ルークは慌てて立ち上がった。
勢いよく投げ捨てられた本は奇跡的に綾人の頭に被さる。
「悪い!」
「頑張れ」
「お前も頑張れ」
何をだ。
そう言う前にルークは消え、書庫は静かになる。
「……」
「……」
二人きりだった。
綾人は居心地が悪くなる。
何か話さなければと思うが何も出てこない。
「最近どうですか?」
先に口を開いたのは聖女だった。
「慣れてきましたか?」
「あ、はい」
「まぁ最初よりは」
綾人は若干引きつった笑顔で返す。
「それなら良かったです」
優しく笑う。
やっぱり近くで見ると余計に綺麗である。
そして仕事のこと、神殿のこと、孤児院のことや他愛もない話を数分話した。
結構楽しかった。
「では私は失礼しますね」
聖女は立ち上がる。
「お勉強頑張ってください」
「はい」
聖女は去っていったが、綾人はしばらく動けなかった。
「……」
「……」
静かだった。
そして。
「楽しそうだな」
別の声がし、綾人は振り返る。
そこにはルークを連れていった神官とは別の神官が立っていた。
背が高く、少しチャラそうなそうな顔と派手な金髪。
見覚えがある。
確かエドガーとかいう神官だったはずだ。
「何がですか」
「聖女様と話せて」
エドガーは本棚にもたれた。
「まぁ」
「気持ちは分かる」
意外な言葉だったが次の言葉で消し飛ぶ。
「勘違いするなよ」
「聖女様は誰にでも優しい、お前だけが特別な訳じゃない」
綾人は黙る。
エドガーは続けた。
「清掃員にも神官に孤児にも扱いは平等だ」
「だからこそ聖女様なんだ」
反論できなかった。
言うこと全部正しい。
「その程度で舞い上がるな」
エドガーは本を棚へ戻す。
「住む世界が違う」
そして派手につけたアクセサリーの音を奏でながら、それだけ言って去っていった。
「……」
書庫に一人残され、綾人は椅子へ座った。
そしてため息を吐く。
「嫌な奴だな……」
だが彼の言っていることは間違ってはいなく、それが余計に腹立たしかった。
聖女は優しい。
それは誰にでも同じであり、自分だけじゃない。
そんなことは最初から分かっているのに胸の奥が少しだけ痛かった。
綾人は開いた本へ視線を落とす。
「……勉強するか」
もっと話したい。
そのためにはまず知らなければならない、とそう思った。
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