第七話 憧れの人
神殿で働き始めて一週間、綾人はようやく仕事に慣れ始めていた。
「終わったぁ……」
滴る汗を拭い、廊下の壁へ背中を預ける。
掃除、雑用、荷物運び。
思ったより重労働で体にこたえる。
「情けないなぁ」
隣で笑う声。
緑髪の同じ清掃員の青年、名前はルーク。
年齢も近く、最近少しずつ話すようになった相手だ。
「うるせぇ」
「まだ午前中だぞ?」
「広すぎるんだよ」
「それはそう」
ルークも苦笑した。
そして二人の視線が自然と中庭へ向く。
そこには孤児院の子供達だ。
そしてその中心には。
「あー」
綾人が呟く。
「今日もいるな」
「いるな」
ルークも頷いた。
子供達に囲まれている聖女だった。
髪を引っ張られ、腕に抱きつかれているがそれでも怒る様子はなく、むしろ楽しそうに笑っていた。
「すげぇよな」
ルークが言う。
「何が?」
「聖女様」
綾人は黙る。
確かに凄く、忙しいはずなのだ。
朝から礼拝、会議、治療院から孤児院、神殿中を飛び回っている。
なのに疲れた顔を一度も見たことがない。
「人気あるのも分かるわ」
「だよなぁ」
ルークは腕を組む。
「優しいし美人だし」
「偉いのに偉そうじゃないし」
「完璧じゃん」
「完璧だな」
綾人も思わず頷く。
正直神殿へ来る前は偉い人間なんて好きじゃなかったが聖女だけは違った。
子供にも神官にも信徒にも清掃員にも態度が変わらない。
あれは凄いと思う。
「お前も好きだろ?」
ルークがニヤニヤしながら綾人を肘でつつく。
「は?」
「聖女様」
「いや別に」
「顔真っ赤じゃん」
「うるせぇ」
綾人は顔を背けた。
ルークの笑う顔を見て腹が立つ。
「でもまぁ」
ルークは中庭を見ながら言った。
「俺らみたいなのとは住む世界違うよな」
「……」
綾人は何も言わなかった。
その通りだった。
聖女は国中の人間から尊敬される存在であり、対して自分は一端の神殿清掃員。
比較するのも馬鹿らしいが、それと同時に若干だが少しだけ寂しくなった。
「何してるんですか?」
突然声がした。
二人とも飛び上がる。
「うおっ!?」
「ひぃっ!?」
振り返るとそこには聖女がいた。
「せ、聖女様!?」
ルークが慌てて立ち上がる。
綾人も慌てて姿勢を正した。
いつからいたのか全然気付かなかった。
聖女は腕を組みながら首を傾げる。
「もしかして」
少しだけ悪戯っぽく笑う。
「サボりですか?」
「ち、違います!」
ルークが即答した。
「今日はもう終わったので!」
「本当です!」
「なるほど」
聖女はくすりと笑う。
「なら大丈夫ですね」
その笑顔だけで心臓に悪く、急いで綾人は視線を逸らした。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
ルークが元気よく返事すると、聖女は二人の隣へ立った。
そして一緒に中庭を眺める。
「元気ですね」
子供達を見ながら言う。
「ですね」
綾人も答える。
「毎日遊びに来るんですか?」
「時間がある時だけです」
聖女は笑った。
「本当はもっと来たいんですけど」
「仕事が多くて」
「あー……」
綾人は思わず納得する。
確かに忙しそうだ。
「でも」
聖女は子供達を見る。
「この時間は好きなんです」
優しい目だった。
心の底からそう思っているのが伝わってくるその目に、綾人は少しだけ見惚れた。
「綾人さん?」
「え?」
「どうかしましたか?」
「い、いや」
慌てて首を振る。
すごく危ない、とても見過ぎた。
「ふふっ」
聖女が少し笑う。
正直恥ずかしい。
「では私はそろそろ行きますね」
聖女は立ち上がった。
「お仕事頑張ってください」
「はい!聖女様も!」
ルークがテキパキと答える。
正直その性格が羨ましかったりもした。
綾人は去っていく聖女のその背中を見送る。
しばらくして。
「……」
「……」
二人とも無言だった。
そしてルークがぽつりと呟く。
「やばくない?」
「やばいな」
「めっちゃ近かったよな」
「近かった」
「いい匂いした」
「まぁするんだろうけども」
ルークは吹き出した。
「お前絶対見惚れてたろ」
「うるせぇ」
「見惚れてたな?」
「うるせぇ」
綾人は顔を逸らすが否定はできなかった。
ルークはケラケラ笑う。
そして綾人は中庭へ視線を戻し、聖女の姿がないことを確認する。
だが胸の奥は少しだけ温かかった。
「やっぱすげぇ人だな」
自然と呟く。
見た目や立場だけじゃない。
人気者にはそれ相応の理由があるとそう思った。
そしてもっと話してみたいとも思った。
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