第六話 聖女様
村を追い出されて三日。
そんなダメ人間、草間綾人は神殿の前に立っていた。
「でっけぇな……」
思わず呟く。
白い大理石、巨大な尖塔、行き交う神官達。
前世で見たどんな建物よりも立派で、正直少しビビっているが背に腹は代えられない。
金がなければ住む場所もなく、食う物もない。
否応なしに働くしかなかった。
「神殿清掃員募集」
綾人は掲示板を見上げる。
募集要項は至って単純だった。
掃除、雑用、荷物運び、給金あり、そして住み込み可能の記載。
「最高じゃん」
履歴書もいらないし面接も簡単だった。
異世界最高である。
そして何よりもうレスバなんて馬鹿なことはせずに、しっかりと真面目に生きる。
そう決めたのだ。
「よし」
綾人は神殿へ入り、その後は早かった。
仕事内容の説明や部屋の案内、掃除道具の受け取り。
そして気付けば働いていた。
「広すぎるだろ……」
廊下を拭くがこれがめちゃくちゃ長い。
とにかく長く、拭いても拭いても一向に終わらない。
「これ絶対終わんねぇ」
「いや終わるぞ」
近くの神官が即答した。
「終わるんですかこれ…」
「終わらせるんだ」
怖かった。
神殿は思ったより体育会系らしい。
そして綾人は大きくため息をついた後、黙って雑巾を動かした。
数時間後、昼休憩。
食堂で飯を食っている最中、周囲から神官達の会話が聞こえてきた。
「最近また掲示板が荒れてますね」
「断罪の天秤のスレか?」
「あれですよ」
「今朝も三百件以上伸びてました」
綾人の箸が止まる。
掲示板や断罪の天秤といった聞き慣れた単語だった。
「また誰か負けたのか」
「らしいですね」
「可哀想に」
「相手が悪い」
神官達は笑っていた。
綾人は視線を落とす。
断罪の天秤。
あの怪物に結局勝てなかったことを思い出す。
何度挑んでも何度勉強しても、その頂きには一歩も届かなかった。
「……」
だが不思議と悔しさはない。
圧倒的な力の差に屈した訳では無いが、それ以上に断罪の天秤に思うところがあるのだ。
「戻るか」
綾人は立ち上がる。
もう終わった話だ、今は働く、それだけだと綾人は自分に言い聞かせる。
そして午後、廊下を掃除している時だった。
ざわつきが起きた。
横で立ち話をしている神官達が道を開き、信徒達が頭を下げる。
「ん?」
綾人も振り返る。
そして息が止まった。
銀色の髪に透き通るような白い肌と青い瞳、柔らかな微笑み。
綺麗だった。
今まで見たどんな人よりも圧倒的に。
「聖女様だ」
誰かが呟くと同時に、綾人は動けなくなる。
聖女はこの国の象徴であり神殿の顔であり——
そんな説明はどうでもよく、ただただ綺麗だった。
そして彼女は綾人の近くで足を止める。
「新しい清掃員さんですね」
優しい声だった。
「え?」
「神殿へようこそ」
聖女は優しく微笑む。
本当に自然な笑顔であり、営業スマイルとかそういうものじゃない。
綾人は何も言えなくなる。
「お仕事大変だと思いますが」
「無理しないでくださいね」
「……あ」
綾人は情けない声を出し、聖女は小さく笑う。
「頑張ってください」
それだけ言って去っていき、数秒後に綾人は固まったまま呟く。
「……やばいな」
心臓がうるさい。
意味が分からないくらい頭が回らない。
ただ一つだけ分かる。
「好きかもしれん」
一目惚れだった。
そしてこの時の綾人はまだ知らない。
自分が恋をした相手が神託掲示板で何度も自分を打ち負かした最大のライバル。
断罪の天秤 本人であることを。
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