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第五話 敗北者の再出発


 一昨日は負けた。


 昨日また負けた。


 そして今日も負けた。


「……」


 綾人は神託掲示板を閉じた。


 そして閉じてからなんの迷いも無く、三秒後にはまた開いていた。


 もはや病気だった。


 断罪の天秤に敗北したあの日から、綾人の生活は完全に壊れていた。


 朝起きてから掲示板を開き、断罪の天秤を探す。


 そして見つけ次第、そのスレッドの題材で議論を挑んで負ける。


資料を読み込んでは再び敗北し、就寝する。


 そしてまた起きて掲示板を開くの繰り返しだった。


 最初は一度負けただけだと思い、次は勝てると思ったが、次もさらにその次も現実は非情にも綾人に敗北を突きつける。


 本当に勝てない。


 断罪の天秤は強かった。


 税制や宗教、歴史、貴族制度、神殿運営から孤児院、治療院。


 どんな話題でも知っている。


 そんな綾人も努力しなかったわけじゃない。


 村の小さな書庫へ通いって歴史書を読み、神殿の解説本を読んだ。


 街まで赴いて税制の本や孤児院運営の資料まで読んだ。


 断罪の天秤が引用した本を探して読み返したこともある。


 知らない単語は全部調べたし議論前にはメモまで作った。


 前世の自分なら絶対にやらないような努力だった。


 だが勝てない。


 資料を読めば読むほど分かる。


 断罪の天秤は知識量だけじゃないく、そもそも根本的に考え方が違う。


 何手も先を見ている。


「なんなんだよあいつ……」


 綾人は頭を抱えた。


 悔しいが、最近はそれ以上に尊敬の念を抱き始めていた。



 どうやったらそんな頭になって、どうやったらそんな資料を見つけられるんだ。


 そしてどうやったらそんな冷静でいられるんだと、負ける度に感心してしまう。


 それでも勝ちたい。


 その気持ちだけは消えなかった。


 だから今日も挑んでは、今日も負けるような生活が続いていた。



 最初の頃、綾人は村の子供達に妙に人気があった。


 理由は単純で異世界から来た変な価値観や喋り方をする男だったからだ。


「なあ綾人兄ちゃん!」


「ん?」


「ドラゴンと戦ったことある!?」


「もちろんある」


「うおおおおお!!」


 子供達が歓声を上げ、綾人は腰に手を当て少し得意げになる。


「マジで!?」


「あれは余裕だったな」


「すげぇぇぇ!!」


 本当は違う。


 掲示板で『黒炎のドラゴン卍』とかいうコテハンを論破しただけだ。


 だが間違ってはいない……たぶん。


「勇者は!?」


「戦った」


「魔王は!?」


「戦った」


「勝った!?」


「勝った」


 全部掲示板だ。


 だが子供達は大喜びだったし綾人も悪い気はしなかった。


 前世では誰からも相手にされなかったので、少しだけというか結構嬉しかった。


 

 だがそれも長くは続かなかった。


「なあ綾人兄ちゃん」


「ん?」


「魔法見せてよ」


「……」


「剣は?」


「……」


「冒険者じゃないの?」


「……」


「もしかして弱い?」


 綾人は何も言えなかった。


 もちろん魔法は使えないし剣も振れない。


 正体を明かせば冒険者でもないただの引きこもりニートだった。


 子供達も馬鹿じゃない。


 徐々に気付き始め、疑いの目は日に日に鋭さを増すばかりだった。


「なんか綾人兄ちゃんガリガリじゃね?」


「確かに」


「ドラゴン倒す人ってもっと強そうじゃないの?」


「それなー」


 そしていつの間にか子供達は来なくなった。


 最近では広場を歩いていても声を掛けられない。


 少し前なら。


「綾人兄ちゃん!」


 と金魚が餌に群がるように集まってきたはずなのに今は違う。


 代わりに集まるのは掲示板の通知だけだった。


 綾人は気付いていた。


 村人達はもう自分に期待していない。


 まぁ当然だろう、何もしていないのだから。


「綾人」


「……」


「綾人や」


「……」


「おい!」


「うおっ!?」


 顔を上げるとそこには村人のおじさんが立っていた。


 どうやら酷い顔をして村の中心にある噴水に腰を掛けていたらしい。


「またか」


「いやこれは……」


「また掲示板か?」


「はぁ……」


 おじさんは深いため息を吐いた。


 最初は熱心に働いていた。


 畑も手伝ったし荷運びもした。


だが今は違う。


ほぼ一日中貸してくれている部屋に引きこもって掲示板だ。


「仕事は?」


「あとで」


「昨日も聞いたぞ」


「明日やる」


「それ一昨日も聞いたぞ」


「……」


 何も言い返せなかった。


 掲示板の中ならいくらでも言葉が出るのに現実だとすぐにこうだ。


 情けないがそれでも綾人は通知へ目を向けてしまう。


 断罪の天秤だ。


 心臓が跳ねる。


「お前さんなぁ……」


おじさんは頭を抱えた。


「もう限界だ」


「え?」


「出て行け」


綾人は何も言い返せずに固まった。



 夕方、綾人は荷物を抱えて村の外を歩いていた。


 追い出された。


 完全に追い出された。


 追放ってやつだ。


「……」


 冷たい風を感じながら赤い空を見つめてしばらく歩く。


 誰もいない道を、重い荷物を持ちながら黙って。


 そしてふと我に返った。


「何やってんだ俺……」


 そして立ち止まり、前世を思い出した。


レスバで熱くなってイライラして死んだ。


 そして転生したはずなのに、今度はレスバで村を追い出されピンチに陥る。


「馬鹿じゃねぇのか……」


笑うしかなかった。


 世界が変わっただけで綾人という人間は何も変わっていない。


 同じ失敗を繰り返している。


 悔しかった。


 断罪の天秤に負けたこともそうだが、それ以上に何も変われていない自分に憤りを覚えた。


 綾人はやけに夕焼けが綺麗な空を見上げ、しばらく黙る。


そして深く息を吐いた。


「やめるか」


 誰に言う訳でもなく呟く。


「もうレスバはいい」


 勝ちたい気持ちはある。


それは今でもあるし、奴との議論を思い返すだけでも今すぐに再び掲示板を開きたくなる。


 だがその前にちゃんと生きよう。


真面目に働いて寝床を確保しよう。


まずはそれだ。


異世界に来てまで同じ失敗を繰り返すのはもう終わりにしたかった。


「真人間になるか……」


今度こそ本当に綾人は歩き出した。

感想お待ちしております!聖女はもうそろそろ出るよ!

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