第十六話 かわいいは理屈を超える
神託掲示板の神殿不要論スレッドは、今日も議論は続いていた。
その中心にいるのは二人。
◇アヤティヌスと闇の魔王☆
互いに一歩も譲らない状態が続く。
アルカディアの神学研究院では、闇の魔王は机に向かっていた。
大量の資料と統計、予算書、地方神殿の報告書。
そして魔道端末。
『地方神殿の人員不足』
『寄付金の地域格差』
『老朽化した施設』
『改善が必要なのは明白です』
送信し、数秒後に返信を確認する。
『同意はする』
闇の魔王の眉が動く。
『だが神殿不要論の根拠にはならない』
『別問題だな』
「またそれ……」
闇の魔王はため息を吐いた。
何度も同じ場所へ戻される。
『なら聞きます、改善案はありますか?』
『現状維持だけですか?』
『理想論だけでは何も変わりません』
送信する。
しかしその夜は返信は帰って来なかった。
翌日、神殿掃除の休憩中に綾人は欠伸をしていた。
「お前顔終わってるぞ」
ルークが言う。
「終わってない」
「終わってる」
ルークは鏡を差し出し、綾人はそれを見る。
「……」
少し終わっていた。
というか目の下が普通に黒い。
「寝ろ」
昼、神殿の廊下で汗水を垂らしながら綾人は掃除をしていた。
「お疲れ様です」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには聖女セレスティアが立っていた。
今日も意味が分からないくらい綺麗だった。
「お疲れ様です」
綾人は姿勢を正す。
ふざけた性格を自覚しているが、何故か聖女の前ではちゃんとしたくなる。
「最近忙しいですか?」
「え?」
「少し顔色悪いですよ?」
「そうですか?」
「そうです」
セレスティアは少し近付いてくる。
そして同時に綾人の心臓が跳ねる。
「動かないでくださいね」
「はい?」
そして柔らかい指先が頬へ触れた。
「やっぱり」
「クマ出来てます」
綾人停止。
「最近ちゃんと寝てます?」
「ね、寝てます」
「嘘ですね」
「なぜでしょう……か」
「顔見れば分かります」
距離が近い。
とにかく近いので一旦綾人の脳は死んだ。
「体調には気を付けてくださいね?」
優しく笑い、そのまま去っていく。
そんな聖女の背中を見つめたまま、綾人は動けなかった。
夜になり、綾人は自室のベッドへ寝転がっていた。
そしてぼんやりと天井を見る。
「……」
静かだった。
闇の魔王☆との議論、神殿不要論、そして掲示板。
全部頭の中にあるのに。
「ほんとにかわいいな」
最初に出た言葉はそれだった。
「……」
綾人は目を閉じ、今日の聖女の顔を思い出す。
そしてあの指先の感触。
「天使だなあれは」
もう一度呟く。
本当に意味が分からないが、昔の自分ならこんなことはなかった。
6chや神託掲示板で論破し勝利する。
正論をかまし、理屈でねじ伏せる。
それが全てだった。
感情なんて邪魔であり、議論に不要だから切り捨ててきた。
ずっとずっとそうだった。
なのに。
「なんだこれ……」
綾人は起き上がる。
理屈で説明出来ず、論理でも整理出来ない。
でも聖女の笑顔を思い出すだけで少し嬉しく、なんでも頑張れるような気がした。
「……」
そこでふと気付く。
ルークもエドガーもそうだった。
神官達も孤児院の子供達も、みんな理屈だけで動いていない。
好きだから、助けたいから、守りたいから。
そんな理由で動いていた。
「人間ってそういうもんなのか」
だから神殿不要論も正論だけでは終わらない。
人間がいて、そこに感情があるからだ。
「……」
綾人は小さく笑う。
そしてようやく理解した。
今までの自分は人を見ておらず、論点や理屈ばかりを見ていた。
でも人を見ていなかった。
聖女に会って初めて気付いた。
「俺も変わったのか」
少しだけ昔の自分より前へ進んだ気がした。
神託掲示板の神殿不要論スレッド。
闇の魔王☆
『改善案はありますか?』
『理想論だけでは何も変わりません』
『反論は以上ですか?』
綾人は画面を見る。
理屈と理屈と理屈が並べられている。
ただ、間違ってはいないがそれだけだ。
綾人は少し笑った。
「なるほどな」
だからお前はまだ見えてない。
今までのアヤティヌスなら論理、知識で返した。
だが人を、そして感情を知った今の綾人は違う。
そしてかわいいは理屈を超えると知った。
綾人は迷わずに指を動かし、返信を求める闇の魔王☆にこう言う。
『ところで』
『お前、女だろ』
感想お待ちしております!




